2-19 シスター
リンガの先導でエンドは下街を歩いて回りながらその説明を受ける。
夜でも騒がしかったが、昼間も人混みが多い。だが夕方が最も混み合うとリンガは話す。下街で暮らすヒトビトの仕事は多岐に渡るが、最も多いのは農夫であり、軍から割り当てられた土地を耕し、大都市の食糧を賄っている。マナが豊富な土地である方が勿論農作物の生産には向いており、マナの少ない村落が維持されない一因にもなっている。
また、放牧も行われており、エンドの知識では豚に似た、草食性の魔獣を家畜化している。野生の魔獣が襲ってくることもあり被害はゼロでは無いものの、軍が警邏しており概ね警戒網に引っかかって駆除されるし、定期的に周囲の魔獣の討伐もおこなわれている。
しかしながら、大都市に住むすべての人々の腹を賄えるものではなく、一部はマナが豊富な辺境から仕入れているものもあり、商人のキャラバンや探索者の副業として物流も存在する。
大都市だけあって様々な工芸品や家具類、服飾、マギアといった様々なものが生産されており食糧の代わりに地方へと運ばれている。
手に職がある者が何とか暮らしていけるのが下街であり、一方で軍関連の施設や上流階級、そして男性及びその家族が暮らしているのが街の中央の区画を占める上街となる。
下街とは壁で隔てられており、下街のヒトは用がない限り上街へと入ることはできない。また、軍人の住む場所は下街と上街の境界線に多く割り当てられており、不測の事態にはすぐに対応出来るようになっている・・・当然軍人は憧れの職業となるが、その試験は厳しく、倍率はかなり高いものとなっている。
「リンガ、あれは何かな?」
子供が出入りする古びた建屋をエンドが指差す。
「ああ、あれは教会だね。地域の子どもに簡単な勉強を教えたり冠婚葬祭、といっても殆ど葬式だけど、そんな役割を果たしているよ。この国だと軍が強いからそこまで大きくはないけどかなによってはかなり強い力を持つらしいね。」
頷きながらエンドが話を聞いていると、黒衣を纏った浅黒い肌で耳の長い女性が建屋から出て来る。その両目は固く閉じられており、その額には大きな紡錘型の宝玉がその目の代わりのようにエンド達の視線と交わり、駆け寄ってくる。
「あら、この感じはリンガさんですね?いつも喜捨をありがとうございます。」
「あーユラ、気にしないでくれ。」
「ほう、リンガは信仰心に案外篤いのかな?」
エンドが意外そうに言うと、すぐにリンガは否定する。
「別にそうじゃ無いよ!ただ余った魔獣の肉とか小銭を渡しているだけさ!」
「リンガさんは教会の孤児を気にかけて下さっているのですよ。シスターの前で信仰の否定をされるのは少し悲しいのですが・・・」
困ったような表情をした女性はエンドの前に立つと胸に手を当て綺麗な礼をする。
「初めまして、私はこの分教会を預かっておりますユラと申します。」
「丁寧な挨拶、痛み入る。私はエンドと言う。よろしく頼む。」
ユラと名乗ったシスターはエンドの声と顔に注意を向け、見上げるような仕草をした後に少し首を傾げる。
「ふふ、かなり大柄で、変わった気配の方ですね。リンガさんのご友人ですか?」
「ああ、私の相棒だ。リンガは口調は荒いがとても誠実で心根の良い女性だ。」
「あら、リンガさんが良い方なのは私も同意しますよ。」
「ふ、二人共やめてくれ!わざわざボクの前で恥ずかしくなることを言うなよ!ったく、もう行くよ!」
エンドの手を引きその場から去ろうとするリンガであったが、ユラが穏やかな声で引き止める。
「もし急ぎで無ければ教会で祈りを捧げて行きませんか?お連れの方もよろしければどうぞ。」
「・・・教会か。私はこの辺りの出身では無いのでその手の話に疎くてな。」
「あらあら、それでしたら簡単にご説明差し上げますがいかがでしょうか?ご予定があるようですしお時間はかけませんよ?」
「ふむ、悪く無いかもしれんな。」
「はぁ!?相棒そういうのに興味あるの!?」
「興味以前に知らないのだ。無知が罪とまで言うつもりは無いが、この国の一般的な宗教について信仰するかは置いておくとしてまず知る事は悪く無いと思うのだ。」
エンドの言葉に何か言おうとしたリンガであったが、その真摯な瞳に諦めたようにため息をつく。
「はぁ〜、黒教はどこでも信仰されてるし、知っておくくらいならいいけどさ。ま、ボクの故郷だとそこまで熱心な感じじゃ無かったし、そんなに興味無いけど。」
二人のやりとりを聞いて嬉しそうにユラは小さく笑みを浮かべて教会へと誘うのであった。




