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1-3 旗

男の手にはいつの間にか長さ3m程の旗が握られていた。鈍色の柄、夜よりも暗い布地を暗い金色が縁取っている。旗の上部には垂れ込める暗い金色の雲の装飾が施され、その下には何故かシャベル、そしてそれに腰掛けるような小さな妖精のシルエットの意匠が見られた。


旗の先端には30cm程の槍のような穂先がついており、暗い金色の金属が鈍く光る。


獣の牙は旗の柄で防がれてはいたが、それでも男は力負けして後ろへたたらを踏む。しかし獣の方も想定外の旗の柄の硬さに牙を痛めたのか、悲鳴を上げて距離をとった。


男はとっさに手元を見るが、旗には何一つ傷は無い。かなりの強度があることは分かったが、一方で不思議と殆ど重さを感じなかった。これは取り回しはいいものの、重量が無い分振り回してもあまり威力は無いと思われた。


頭を振っていた獣が苛立ったように何度も吠え、真っすぐに飛び掛かってくる。


三度目の激突。布を巻いただけの男の足が地面を擦り二筋の跡を残す。


「アギャッ」


どこか間抜けな声を出す獣の口を、地面刺さった石突と斜めに構えられた旗の先端が受け止め、そして刺し貫いていた。


獣が突き刺さったままもがくが、軽い獣の体重では逃れることもできずに旗の先端に刺さったままその足は空中を掻き続け、そして動かなくなった。


「・・・」


男は言葉にもならずに一息つき、旗を乱暴に振って獣の死体を外すと自らの手を見る。


旗は右手にくっついており、指を外しても掌にまるで吸い付いているかのようであった。どうしたものかと思っていると旗は短くなり、やがて手の中に溶けるように消えた。そして、再度旗を出したいと男が念じると、特に抵抗もなく旗の先端が右手から生えてくるのであった。


だが、終わりではない。男は再び旗を構えると周囲を見回す。先ほどの獣と戦っている間にも何かが近づいていることを感じていたが、すでに同種の獣の群れに囲まれている。


7匹、いや8匹の獣が旗を警戒するようにゆっくりと男へ向け距離を詰めてきていた。


もれなく先ほどの獣のように痩せこけているが、それでも男はかなりの危機感を感じざるを得ない。一匹ずつであればまだ何とかなったかもしれないが、身体能力では獣に完全に負けているうえに、囲まれている。そして追い打ちをかけるようにもう一つ、遠くから近づいてくる何かの気配があった。


近づいてきた一匹に男は咄嗟に旗を突き出すが、空しくも体制を低くした獣の背を掠り、獣の牙が迫る。旗の軽さからかすぐに引き戻して水平にし柄で牙を防ぐが、勢いに押されて倒れこんでしまう。


押し倒されるような形となり暴れる獣の前足で浅い裂傷が男の胴に走るが、背が地面に着いた状態で右足をねじ込み何とか獣の腹を蹴り飛ばす。急いで上体を起こすが、もう別の獣が迫ってきていた。再び最期が近づいてくるのをひしひしと感じながら、だがそれでも笑いながら、最期まで抗おうと覚悟した―――その時。


「ギャンッ!!」


眼前ではない獣の叫びが響く。


「グギャッ!」「ギャア・・・」「ギッ!」


次々と獣の頭が割れ、首が飛び、どす黒い血が地面を濡らす。何が起きているのかわからなかったが、それでも同族の叫び声に振り返り隙を見せた獣の脇腹に男は旗の穂先を突き入れる・・・だが浅かった。

一瞬痛みに驚いたように跳ねる獣であったが、傷つけられたことで癇に障ったようであり唸り、男へ飛び掛かってくる。旗を短めに持ち直し、最初の獣の時と同様に飛び掛かってくる口腔内を狙い、角度を調整し、衝撃を地面に接した石突で受け止め、そして串刺しにすることに成功する。刺さったところが急所であったのか今度の獣はすぐに動かなくなった。


息つく暇なく、最初に蹴り飛ばした獣がすでに体勢を立て直し迫るのを感じ、旗の先端に死体をぶら下げたまま何とか柄を割り込ませその体当たりを防ぐ。だが、偏ったバランスに堪えきれずに尻もちをついてしまう。そのまま押し切るように迫る獣の顔が、その涎が、男の顔面に飛ぶほどの距離まで迫り今にも顔を食いちぎらんとした時。


「動くなッ!」


高い声が大きく響き、体が一瞬硬直する。そしてその刹那の間に男に迫る獣は首を折られて地面に叩きつけられていた。


眼前の景色は少し奇妙で、陽炎か蜃気楼のように歪んでいたが、それが徐々に人の形の像を結んでゆき、そして現れたのは―――小さな影。


身長は1mと少しか、ベリーショートの黄色味がかった明るい金髪。あどけない顔は少年のようで、長い睫毛が可愛らしく翡翠色の瞳が美しい。身に着けている衣服は少なく、緑色のチューブトップと丈のとても短いパンツ。手には赤褐色の大鉈が握られており、滴る黒い血が獣を屠ったことを示していた。額には小さな角が生え、表情は険しく睨んできているが・・・男にはその小鬼のような姿が美しく感じられた。


「おい!バカ!こんなにマナを垂れ流しにしていったい何考えているんだ!死にたいのか!」


険しい表情の小鬼が詰め寄り、迫るが、それはすぐに驚愕のものに代えられた。


「は?・・・え、お、男!?何でこんなところに!そ、それになんて格好をしているんだよ!!」


怒りの表情からとたんに驚愕、困惑、そして頬を赤らめた姿を男は茫然と見ていたが、その言葉に目線を下げると、獣とのいざこざにより腰や足に巻き付けた布切れは解け、ほぼ全裸に近い状態となっていた。


「おっと、こいつは失礼。何分服が無くてね・・・いや面目ない。」


「いいから隠せぇー!」


そのままの状態で頭を掻いて謝罪する男に小鬼が叫ぶ。仕方なく手元にある旗で下半身への小鬼の視線を遮るのであった。



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