2-16 掃除
騒々しい夜も過ぎ、カーテンの隙間から少しずつ光が差し込み朝が来る。エンドは工房の一角に毛布を借りて寝ており、いつもの様な浅い微睡の中、早朝から街に行き交う様々なヒトの動きを感じ取っていた。
明るさが増し、誰かが動き出す気配を感じ身体を起こす。傍には液体の様になっていたシッコもいたが、動きを感じたのかヒトの形をとりエンドに追従する。
なお、スライムには睡眠と呼ばれる行為は必要では無い。しかし、活動を抑えマナを含めた様々な消費を抑える状態になる事ができる。これは本来は冬や過酷な状況をやり過ごすために本能的に行われるものであるが、シッコは能動的に夜を過ごす為の手段として使っていた。
資材や作業台がかなりの面積を占めてはいるが、それでもキッチンやリビングといった場所も一応はあった。
「おはようアイボー、シッコ、よく眠れた?」
「うむ、おはよう。床が固かったが、野宿よりは勿論快適だ。」
「ボクの部屋にならベッドはあるけどさ、流石に同じ部屋で寝るのは、まだ早いしね。」
「ふむ、私としては構わないが、プライバシーというものも有るだろう。」
「でもサ、外だといつも近くに寝ているじゃン?何が違うのサ?」
「そりゃ屋外の野営と一緒じゃ無いよ!外は警戒して無いと危ないじゃ無いか。」
3人で話をしていると、その音を聞きつけたのか眠そうな顔をしたコニイが自室から出てくる。
「ふわぁ、おはよう。朝から元気だね・・・っア痛ァ!」
「コニイ!しっかり服着ろ!アイボーもいるんだぞ!」
「へあ?・・・ああああ!こ、これは失礼した!!」
眠そうであったコニイだが、自身が下着姿のままエンドの目前にいる事に気が付き慌てて部屋まで走ると大きな音を立ててドアが閉まった。
「ふむ、そう焦らなくとも良いのだがな。私としては眼福だ。」
「リンガよりは少しはオッパイあったしネーぶぇッ」
「うるさい!アイボーもそんなにまじましと見るな!」
リンガのチョップでシッコの頭が大きく変形し濁った音を立てるが何事もない様にまた復活する。
服を着て部屋から出てきたコニイはまだ若干上気した顔で椅子に掛けてあった白衣を羽織る。
「いや、失礼した。朝は苦手でね、男性がいる事を寝ぼけて忘れていた様だ。詫びとしてコーヒーを淹れさせてもらおう。リンガ、君はパンでも出してくれ。」
「りょーかい。」
程なくしてテーブルに人数分のコーヒーとハムを挟んだパン、そして果物が切られ、ささやかな朝の食卓となった。
「ボクは今日は探索者組合への報告と、色々と買い物かな。アイボーの服を早く用意しないとまた昨日みたいに裸で過ごされて困るし。それにまともな格好じゃないと外で悪い意味で目立つよ。」
「私としては助手君が服を着ていなくても良いのだが、あ、冗談だからリンガ殴らないでくれたまえ!
ま、まあ私は部屋の片付けをしつつアイリス君の修理を少しずつ進めていこう。」
「そうか。ドク、よろしく頼む。必要なものと不要なものの指示を貰えは後は私だけでも片付けられる筈だからな。」
朝食後にリンガは身支度を済ませ、バカな行動をしないようエンドとコニイに念を押した後家を出ていく。
それを見送り、アイリスへ朝の挨拶がてらマナ補給を行う。その際にコアの修復は殆ど進んでいないという報告を聞き、焦ることはないとコニイが諭した。
その後、日当たりの悪そうな一角にドアがあり、ずっと物置代わりに使っているこの部屋を掃除してエンドの住む場所にするとコニイが説明する。
「午前中は来客の予定は無いから私もなるべく手伝おう。鍵のある部屋ではないが、そこは勘弁してほしいな・・・うわ、ゲホッ!」
ドアを開けると薄暗い部屋から埃が舞いコニイが咳き込む。
「むむ、かなりの埃だな。最後に掃除したのはどれくらい前なのかなドク?」
「ゲホッ、い、いやぁ大分前だね。覚えていないけど。」
中々手間がかかりそうだと顔を見合わせる二人だが、シッコがぬるりとその部屋に入って行く。コニイが声を掛けるが、問題無いので待っていて欲しいと声が返ってくる。
シッコは体の形を自由自在に変えて家具や狭い隙間を通り抜けるとその跡からは埃が消えていた。少しの間待っているとシッコが戻ってくるが、その身体は透明度が少し下がり、濁ってしまっていた。
「ただいマー・・・オヴェッ!」
「ぎゃあ!」
シッコの体の濁りが頭部に集まると、くぐもった空気音と共に球状押し固められた埃などのゴミの塊が吐き出され、コニイに飛んでいく。面食らったコニイであったが驚きの声をあげつつもその塊をキャッチした。
「ダメだヨーしっかり掃除しないとネー、ご主人が病気になったらどーするのサ」
体内のゴミを吐き出して元の透明度を取り戻したシッコは触手でコニイを指刺す。
「す、済まないね。今後はなるべく気をつけるよ、なるべくね・・・」
「それ、多分やらないやつかナー」
部屋の中を見たエンドは乱雑に物は置いてあるものの、それでも先程よりも遥かに綺麗になった様子を見て驚き、賞賛する。
「素晴らしいな。シッコ、良い仕事だ。しかし君は大丈夫かな?大分埃があったが」
「へへへ、大丈夫だヨ!スライムは息を吸わないしネー、それにワタシタチはこうやって色んなものを食べて生きているしネー」
シッコはスライムであるが故にマナには括るものの、味覚は無いので食事にあまり興味は無いと話し、このくらい造作もないと笑う。
「そうか。しかし礼を言おう。君にとっては簡単でも、私だけでは大変だっただろう。」
「いいってことヨ、いつもマナくれるしネ!ご主人のマナって、なんというか濃くて、でもスッキリしていて美味しいんだヨ」
「ふむ、私にその味の違いは分からないが、君が喜んでくれるなら幸いだ。」
埃の塊をゴミ箱に入れてきたコニイが戻ってきて興味深そうに話す。
「いやはや、スライムの生態と言うものも中々面白いものだね。そして私からも感謝させてもらおう。
・・・さて、それでは片付けを始めようか。」
コニイを先頭に、三人は薄暗い部屋へと足を進めた。




