2-10 助手
一通りの説明を聞いた紫髪の小鬼は頷く。
「なるほど、事情は理解したよ。しかし・・・記憶喪失で種族不明の男性を助けて、幽霊街道でヒト型になるスライムを拾って、そしてその男性が保護されるのではなく探索者を目指し、今リンガは相棒と呼ばれているとか。いや、目の前に居る以上信じざるを得ない状況ではあるが、下手な三文小説よりも遥かにおかしな事になっているね。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。」
物理的な痛みと話の突拍子の無さに二重の意味で頭を痛そうにしながら、それでもどこか興味を惹かれたようであった。
「うむ、私もその点には同意する。しかし、まずは挨拶を。エンドと名乗っている、ただの男だ。よろしく頼む。ああ、シッコは、さっき名乗っていたかな。」
「そだネー、シッコだよ、改めてよろしくネ」
胸に手を当てて一礼するエンドの姿に感心しながら小鬼も返礼する。
「私は小鬼、イ族のコニイだ。この工房の主をしている、よろしく頼むよ。まあ好きに呼んでくれたまえ。」
「ほう、工房か。」
エンドは室内を見渡す。様々なマギア、パーツなどがあり工房としての機能を有する事は疑いようも無いが、それ以外にも様々な資料や用途の不明な機器類も多く見られた。
「寧ろ、何らかの研究室のように見える。私には使用用途が分からないものも多いが、単なる工房には見えないな。差し詰、貴方はドクターということか。」
エンドの言葉にコニイは少し驚き、そして破顔する。
「はははっ!ああ、そう思って貰えると嬉しいな。博士、研究者、私もそうあれかしと常に思っているよ。中々その日暮らしで上手くいかないがね。」
「では、ドクと呼んでも?私はそれが肉体的なものであれ、知識的なものであれ、意志を掲げるヒトを尊敬しているのだ。」
「いいね!ドクか。ならばそう呼んでくれたまえ。私もかく在るよう努力しよう・・・それでリンガ、この愉快な二人の紹介は済んだわけだが、君は私に何を求めているのかな?」
上機嫌そうな様子のコニイであったが、その瞳は冷静にリンガの目を射る。
「最初から相談したい事があるって言っただろ。まず一つ目、アイボーの種族について知っている事があるか。二つ目、記憶喪失だけどどうしたら思い出すのか。三つ目、ゴミだらけだけど空いている部屋があっただろ?そこにこの二人も住ませてくれないか?」
リンガの質問に間を置かずにコニイも返す。
「一つ目については私も旗を手から出す種族は聞いた事が無いね、そこは知識不足を詫びよう。二つ目については、心因性でないのであれば・・・簡単な医学の心得はあるから診るのは良い、だが問題が無ければ安静にして様子を見るしか無いだろうし一般論しか言えないよ。そして」
コニイが一息置いて続ける。
「三番目については、少し考えないといけないね。勿論、男性の求めには応じたいところはあるし・・・いやこんな機会は二度と、いや冷静になれ、私。失礼、男性がこんな場所にいると知れればいささか問題になりかねないのは分かるだろう?それは、この下町だけじゃなく場合によっては上からも目を付けられかねない。そんなリスクに対し、君たちはどんなメリットを私に提示でき」
「アイボーはマナめっちゃ出せるぞ、ゴーストとかまとめてマナぶち込んで消してたし」
「ようこそ私のラボへ!やっぱりマナが潤沢に有るのはいいね!研究というのはやはりそこが一番のネックだしねぇ!!」
「わお、変わり身がはやいネー」
キリッとした表情で話していたコニイであったがマナの話になると途端にほおを緩め、肯定的になる。そんな様子をシッコが興味深そうに見ていた。
「やはり男性の居る一番のメリットはそこになるだろうね、勿論男性がいるというだけでも良いものなのだが・・・この建屋以外ではなるべく変装をしてもらうしか無いか。それに上層部が男性を集めている理由も分からなくは無いのだけどね。」
「ふむ、それは戦略資源の確保・・・だけでは無いのだろう?」
エンドの質問に、手を軽く叩いて嬉しそうにコニイは言葉を返す。このような質問と考察はコニイの好むものであった。
「そうだ!マナの管理は貨幣経済の維持にも一役買っている。現在はマナを金で買う事が主流になっている、だが余りにもマナに偏りマナと物品が直接交換する事が増えれば金銭の価値が下がり、ひいては流通や経済に大きな影響を与える。さらに、マナが価値を持ちすぎるとそれを得るための刹那的な殺人も増え、治安の維持にも問題となるだろう・・・上層部はマナを人々に売って資金を得ているが、市場の状況を見て仕事を与えたり、生活の補助としてそれらを還元して貨幣を調整・循環させているのだ。男性は家族と共に手厚く保護されているという話が広く知られているため、自然と集まる。とすれば管理外の市中の野良の男性は目障りなんだと思う・・・だが、下街では上層部を介さないマナの金銭化は常態化しているし、派手にやらなければ問題にはなるまい。」
エンドは頷きながら、目の前の小鬼が多くの知識を持っていることを認識する。圧倒的な暴力装置は極めて強力無比だが、知識もまた力で有り、身体能力の低い自分にとっても重要だと感じていた。
「なるほど。ではドク、よろしく頼む。私は知識のおぼつかない存在であるが、手隙の際にでも色々と教えてくれると助かる。マギアについても、中々面白そうだ。」
エンドの言葉にコニイは真に嬉しそうな表情を浮かべる。
「ああ、いいとも!中々その日暮らししか出来ない者たちには理解して貰えないのだ!知識は与えよう、その対価になるべく私を手伝うように・・・そうだな、助手となってもらおうか!」
「うむ、私は探索者として活動をしたいと考えているが、時間の許す限りドクの望み通りに動こう。」
エンドの差し出した右手をコニイは衝動のまま勢いよく握る。そして男性と手を握り合っていることに気がつき、しずしずと手を離すと、そっとその匂いを嗅いだ。




