2-9 家主
リンガが鍵を取り出し入り口のドアを開ける。その背を追いエンドが戸を潜ると、そこは様々な実験器具や機械の部品が乱雑に並び、書籍が棚にぎっしりと詰まった圧迫感のある空間であった。
「おーい!帰ったよ!」
「・・・おや、リンガ。早い帰りだね、それとお客様かな?」
白衣を着て、右の額から角を生やした濃い紫色の髪と目を持つ小鬼がリンガの呼びかけに奥から歩いてくる。
「ああ、『幽霊街道』を通ってきたからね、かなり早く着いたよ。」
「・・・へえ、それは驚きだ。それは,、お連れのヒトが関係しているのかな?」
「相変わらず察しがいいね。その通りだし、相談したい事もある。・・・アイボー、もう布は取っても良いよ。あ!でも服までは脱がなくていいから!」
リンガの注意に一瞬エンドの動きが止まったが、直ぐに動き出すと羽織っていた布を取り、シッコがぬるりと体から離れて横に並びヒトの形を取った。
紫髪の小鬼は一瞬目を見開いたが、興味深そうにその姿を見て、そして困惑したような表情を浮かべる。
「リンガ、まさか彼は男性かい?」
「ああ、そうだ・・・」
「自首しよう、リンガ。今ならまだ軽い罪で済むかもしれない。いくら我々小鬼の性欲が強いとはいえ、まさか男性を攫って来るなんて!」
「いや、ちょっと待っ・・・」
「なんという事だ・・・君がこんな事をするとは、いや、これは寧ろチャンスなのか!?男性がこんな近くに、そして無防備に!いや、犯罪の片棒を担ぐわけに、あだっ!!」
リンガが紫髪の小鬼の頭に拳骨を入れ、頭を抱えて悶絶する。
「落ち着けっての!攫って来たわけじゃ無いから!事情があるって言ってるだろ!」
「あいたたた、私の脳細胞にダメージが残ったらどうするのかね!?・・・しかし、私も混乱していたことは謝ろう。それで、男性の君、リンガの言う事は本当なのかね?」
「うむ、私が頼んで共に行動させてもらっていることに間違い無い・・・しかし、済まないが早急に確認させて貰いたいことがある。」
「な、なにかね?」
エンドの真剣な表情に二人の顔には息を呑む。
「小鬼の性欲が強いと言っていたが本当かな?」
「そこかバカー!」
「・・・」
エンドはリンガに小突かれ、グハッと息を吐きながら身体をくの字に曲げる。それをもう一人の小鬼は呆気に取られたように見ていたが、戸惑いながらも解説を始める。
「・・・えー、小鬼が種族的にそのような傾向があるのは間違いない事ではあるよ。しかし、案外このような特性は馬鹿にできない。現在数が多い種族は小鬼ほどでは無いがそう言う傾向が強いし、マナが少ない場所でも活動でき環境適応性が高いと言う点でも共通している。小鬼族は小柄で、姿もカモフラージュでき、身体能力も比較的優れているという点で取り分け数が多いね。ああ、しかしそもそも性的な話題を男性の前で話す事がよく無かったかもしれないね。」
「がっ、がほっ、ふぅ・・・な、成程。そう言う意味なのか。いや、気遣いは感謝するが気にしなくても良い。ただ私が性的な事に興味を持っただけだ。」
呼吸を整えたエンドが事もなく話すと小鬼の方が衝撃を受け戸惑いの表情を浮かべる。
「な、何とオープンな男性なんだ!いや、リンガ本当にどこから拾って来たのかね!?あと男性の横にいるの、アレはスライムだろう!?いや、スライムが融合する事である程度の知性を得ると言うのは聞いた事があるが、ヒトの形をしているのは初めて見るよ!」
「こんにちワー、シッコっていうんだよ。コンゴトモヨロシク!」
「キェェェェェェアァァァァァァ、喋ったあああ!!」
シッコを指差した小鬼はスライムがヒトの言葉を話したことに驚嘆する。
「・・・あー、もうめちゃくちゃだよ。」
「うむ、大変そうだな。」
「半分以上アイボーのせいだからね!?ったく、おちつけっての!」
リンガはため息をつき、興奮する小鬼の頭に拳骨を再び入れる。
頭を抑えて悶絶する小鬼に落ち着くように言い聞かせると、これまでの経緯を簡単にまとめて説明するのであった。




