2-7 フラグマン
「ふむ、困ったな。私は記憶が無くて種族が分からないしシッコはスライムだ。特性としてはシッコは見たままだが、私の場合は広範囲に存在するものの気配を目に頼らず感じ取れることと・・・手から旗が生える事くらいだが。」
エンドが話しながら手から旗を出し入れする。ランファは「ええ?何でしょうかその特性・・・」と小声で呟きつつも、棚から別の書類の束を取り出して目を通す。
「やはり、そんな特性のある種族は聞いた事も無いですし、こちらの記録でも類似する種族は分かりませんね。広範囲の気配を感じ取れるというのはどれほどのものなのでしょうか?」
「そうだな、この横の部屋にI人、門の周囲に2人、私から見て右手の奥、部屋のドアからだと少し回り込む形となるが待機所があるのかな?7人いるようだ。もっと範囲を広げることもできるが。」
「・・・いえ、結構です。種族名については、これまで該当する種族が居ない場合は自己申告して頂き記録に残すことになっています。別の国からこれまで記録にない種族の方がいらっしゃる事も稀にありますので。」
「む、しかし明らかに同じ種族の者が別の種族名を名乗る事は無いのかな?」
「実質的には同じでも国や地域で少し違う事もあります。基本的には1番最初に記録された種族名としますが、より一般的な名が分かった際はそちらに変更しますね。」
「そうか、では私が自身の種族名を仮につけたとしても同族に修正してもらえるのか。」
ランファはエンドが心配していたのは、いずれ同じ種族が来た時に迷惑をかけてしまう事だと理解した。
「そうですね。シッコさんも、流石にスライムというのは魔獣の名前のままですし、別がいいでしょう。例えば・・・ジェリーとかでしょうか。」
「なんかカワイイしそれでいーヨー」
「即決ですね。では、そのように記録させて頂きます。」
腕を組んで様子を見ていたリンガが何かに気がついたように声をかける。
「案外シッコの事はあっさりと受け入れたんだ、もっと驚くかと思っていたけど。」
「ああ、それは少し前にスラッガーと称される方々がいらっしゃいまして、ナメクジ系の種族で色は透き通っていないのですが個人差が大きく色取り取りでした。見た目だけでしたらシッコさんに似ていましたので、スライムであることに驚きはありますが、中に入れてはいけないという規則もありませんし。」
へー、そうなのか。と相槌を打つリンガを見て、エンドはこの世界の種族が多種にわたることに改めて驚いた。
「ではミスターはどうされますか?」
ランファの問いに、エンドは顎に手を当てて考えを巡らせる。
「むむ、種族名として、別に『族』をつけないということは無いという考えでいいのかな?」
「ええ、最後に族とつける種族の方が多いのは確かですが、語感などもあってそうでない種族名も多いですよ。」
「ふむ、ありがとう。」
エンドは自身の特徴について考えるが、それはすぐに結論が出る。大きい体格と体力、気配の察知、そして旗。どう考えても特徴的なところは最後であった。そしてそれは同族がいれば唯一無二の特徴ともなる。
「では、『フラグマン』で頼む。旗を生やすことのできる種族はそうそういなさそうだ。ならばこのように名付けておけば、同族なら気がつくだろう。」
「・・・承知しました。ではそのように記録させていただきます。」
「そういえば、三つ目族はどのような特性を持つのか差し支えなければ教えてもらえるかな?」
「ええ、よく知られていますし問題ありません。私達は同族間で任意にテレパシーで連絡を取ることができます。距離はそう長くないのですが・・・ですから何か私がこの部屋から助けを求めればすぐに同輩が来てくれます。集団行動が得意なので軍に多くいますし、小鬼族と同じようにマナが少なくてもある程度活動出来るのでかなり数は多い種族になると思います。」
「なるほど。」
その後は順調に手続きは進み、記録上は3人が今宵領都に入る事となった。
「ではミスターとシッコさんは最初の様な姿になって下さい。都の中でも無用な騒動が起こらない様にご注意を、特にミスター、市中の保護下にない男性は貴重です。くれぐれもご注意を。」
「うむ、レディ・ランファ。規則の中で、限界まで便宜を図ってもらえた事、深く感謝する。また時間がある時に礼がしたい、勿論仕事外の時間で。」
胸に手を当て礼をするエンドに僅かな間驚き、頬を赤らめたランファであったが、柔らかな笑みを浮かべる。
「・・・大変魅力的で嬉しいお誘いですが、その様に誤解を生むような事はお控え下さい、襲われてしまいますよ。私は仕事をしただけに過ぎません。女性は貴方が思っている以上に危険なのですよ。リンガ、しっかりとサポートしてあげて下さい。」
「うん、よ〜く、分かっているよ。ボクからも感謝するよ。」
やれやれといった顔で、それでも楽しげにリンガが笑う。シッコがエンドに取り付き、布をかぶって大柄な女性のような姿に変わる。狭い部屋を出て、今度こそ都の入り口へと繋がる戸をランファが開く。
「では皆さま、ようこそ。東の領都『エルマリア』へ、何かあれば最寄りの駐在所へご相談下さい。」
「ああ、ありがとう。」
「うむ、感謝する。」
「またネー」
戸を潜り、目の前に広がる景色。それは殆どが暗くなった太陽の下でも色とりどりの明かりと喧騒を見せる騒がしい街の姿があった。
3人を見送りながら、ランファは内心で思う。少し格好をつけすぎた、プライベートで会う誘いくらいは約束を取り付ければよかった、と。ため息をつき、悶々とした気持ちを抱えた今夜は長くなりそうであった。




