2-6 慣習
「はっ!」
目を覚ましたランファは身体がマットレスの様な柔らかなもので包まれているのを感じる。視界に入るのは清潔ではあるが無機質な天井、そして何があったのかを思い出して身体を起こそうと右手を地面につき、そのまま手が柔らかな、そして感じたことのない感触に包まれる。
状態を起こした体勢から右手を見ると、青く透明なマットのようなものに包まれている。そしてそこからヒトの顔が形作られ挨拶の声を上げる。
「あ、おはヨー」
「なっ!?何ですかこれは!?」
シッコが床に寝かせるのは忍びないとマット代わりになっているのであるが、側から見れば微笑ましくもある光景であるが事情を知らない当事者からすればそれは衝撃的であり、一種のホラー的な体験と言えた。
「ランファ!大丈夫だよ。君は気絶していたんだ、覚えてる?」
「・・・ええ、なんとも素晴らし、いえ慣れな経験でご迷惑をお掛けしました。何分くらい経ちました?」
「5分も経ってないから大丈夫だよ。それに謝るのはこっちだし」
リンガの指が刺す方向には冷たい床の上に正座するエンドの姿があった。
「この度は私の不注意によりご迷惑をおかけしたこと、陳謝致します。」
頭を深く下げ謝罪するエンドの姿にランファの方がむしろ慌ててしまう。
「顔を上げてください!ミスターは私の男性である事を証明して欲しいという要求に応えただけ。あとは幸福、いえ不運なアクシデントがあっただけです。」
「謝罪を受け入れて感謝する。それで、男性としての証明は十分かな?」
「ではもう少・・・いえ大丈夫です。では幾つか質問をしますのでお答え下さい。」
その質問は領都へ来た理由や経緯、種族についてなど一般的なものであったが、エンドが記憶喪失でリンガに助けられた旨を告げ、これまでの経緯を告げるとランファのペンは早々に止まり、難しい表情となる。
「・・・領都以外に寄らなかったリンガの判断は正しいですね。記憶のない男性なんて存在すればどの街も手放さないでしょう。領都では法に則り権利を侵害する事はありません。記憶が無いというのは大変でしょうが、これからは適切に保護をさせて頂きますのでご安心を。」
「あー、そのランファ。ボクのアイボーは保護を求めていないんだ。」
「・・・何故です?理解が出来ないのですが。意に反した男性の拘束は法に触れますが。」
剣呑な気配をリンガに向けるランファにエンドが割って入る。
「レディ、それは私の我儘だ。リンガはむしろ強く保護を勧めてきた。ただ、私が愚かにも自由を求めて探索者になろうとしているだけなのだ。」
「本気、のようですね。リンガ、申し訳ありませんでした。しかし、私も男性が来た事を報告しないといけません。」
「ふむ、それは『ルールに確実に定められている』のかな?記憶喪失で身分証も無いとはいえ、ただ他の地からやってきて探索者になろうとするヒトがいるだけだ。勿論大きな問題があったり助けを求める者がいれば職務上報告する義務がレディにはあるのだろうが、私は助けも求めていないし何かをこの国に求めていない。そんな何か私を縛る規則はあるのだろうか?」
ランファは考え込むと、少し時間が欲しいと言い室内の棚から分厚い書類を取り出すと凄まじい勢いで目を通していく。
「・・・確かにその様な記載はありません。性別で扱いを変えるような規則も。基本的に男性は庇護されるものであるので明文化されていないようです、慣習的な部分的が強いのでしょうが。また、報告を求めるほどの異常かと問われた場合も絶対では無いでしょう。この領都で仕事を探したいという国外のヒトも確かに居ます。」
「うむ。調べてくれてありがとう。では問題無いのかな?」
「いえ、個人の記録の作成と出入りの状況については書面で残す必要があります。身体の特徴や種族について書かねばならないのですが。」
エンドはその言葉に手を顎に当てむむっと唸る。その部分が最も難しい所であった。




