2-3 相棒
「リンガ、それでこの後はどのように動くのかな?」
「うん、この街は四方に通行用の門があってそこで審査を受けてから領都に入ることになる。でもこの審査が厄介で、ボクだけなら探索者のカードがあるし何度も出入りしてるからなんの問題も無いけど・・・初めて入ろうとすると結構しっかり情報を聞かれることになる。この国に住んでいて身分を示すものが無いと結構時間がかかるんだ、ボクも最初の時はそうだったしね。」
そう話すとリンガは一息入れる。
「さて、これまでなるべく隠れてここまで来たけど、ここはこっそり通ることはできない。というか、別にもう隠れる必要もないね。まず、エンドは男性ということで少し騒ぎにはなるし、色々聞かれることもあるとは思うけどここは領都、小さな町じゃないし監禁されたりすることなく保護してくれる筈。シッコも・・・多分、会話はできるしここでは門前払いにはならないと思う。色々な種族がいるから『ヒト』っていうのが『意思の疎通ができ、社会生活を送ることができる存在』ってなっているしね。ただし、一番近い東口じゃなく少し歩くけど北口から入ろうと思う。さっき確認してきたけど北口の門番は顔見知りなんだ。真面目な奴だから悪いことにはならない筈さ。」
エンドは以前リンガから聞いた話を思い出す。男性は都の上層で保護され、マナを提供することで安全で豊かな生活ができる。それは厳しいこの世界の中で見ればとても素晴らしいことだと。
「・・・リンガ、一つ頼みがある。」
「え!急に何!?」
エンドは真剣な声音で、正面からリンガを見据え頭を下げた。
「私も探索者になりたい。助けてもらった上で厚顔甚だしいが、今後も共に行動させてはくれないだろうか?」
「・・・はあ!?正気!?わざわざ危険な事をしなくても街でゆっくり過ごしながら、記憶も思い出していけばいい!わざわざ男が危ない事をする必要がどこにあるんだよ!」
驚きと共に声を荒げるリンガに、エンドは親指を自分の胸に向ける。
「ここにあるのさ。安定した安全が保障された安心できる生活、確かに素晴らしいだろう。それを望まないなんて何とも、愚かだ―――分かっている。マナを供給する役割も大事なのだろうし社会の役に立つのも、分かる。だがね、はは、子供らしくて何だが・・・格好悪いではないか?そんな窮屈で言い方は悪いが飼い殺しにされる様な日々は。」
「・・・ボクが断ったら、どうする?」
「残念だが、一人でも行こうと思う。行けるところまでは。」
エンドは無意識のうちに右手から旗を生やし、そして風もないのにたなびくその先、空をを見つめていた。
「・・・で?キミに何ができる?常識もなく、ファング相手に力負けする男がさ。」
「ふむ、私にできるのはマナの供給と、キミの名付けてくれた『オーバーロード』での自衛、あとは力は弱いが、行動する分の体力は問題なさそうだ。あとは私の特性で索敵はできるだろう。」
「・・・問題はとっても多いけどね。男で目立つし、記憶は無くて常識もないし、なんかすぐ脱ごうとするし、普通なら、さ―――」
はぁ、とリンガはあきらめたような、あきれた表情で大きなため息をつく。
「普通なら、断るけどね。でもボクも―――『探索者』だ。危険で、ろくでもない仕事だけど、最初は選択肢が無くて始めた仕事だけどさ・・・これが案外嫌いじゃない。」
顔を上げたリンガは、複雑そうな表情をしつつも、口角は上がっていた。
「いいよ、一緒に行こうか!ただの男だったら流石に断っていたけど、キミは違う。一緒に居れば色々な景色を見れそうだ。」
幽霊平原を突っ切った時のように、とリンガは微笑む。
「ありがとう。では、これからよろしく頼む、『相棒』!」
エンドの差し出した手を少しの間見つめ、リンガは強くその手を握った。
「うん、よろしくね『アイボー』。」
「・・・エー、ワタシはどーすればいーのかナ?」
蚊帳の外に置かれていたシッコが頭部から触手を伸ばし注意を惹くように左右に振りながら抗議の声を上げる。
「あ、ごめん!う、うーん、領都の中にもスライムはいるからそっちに混ざるか、他に仕事を見つけるかしか無いかな・・・知り合いを当たってみるけどいい仕事あるかな?あとは、どうしようもなければ探索者になるしかないけど。」
難しげな表情のリンガの回答にシッコは思考する。とはいえ、元々単細胞のスライムが『考える』ということ自体があり得ないことではあった。そして、それは集合体となったからこそ可能なことであった。
マナは十分に蓄えられており、集合状態を解除しそれぞれバラバラの状態になることもできる。しかし、それは『ワタシはワタシタチで、ワタシタチはワタシだけど、別れてしまったらワタシはいなくなる』と、思う。シッコには自我が生まれており、そして失うことは思考の及ばぬ根源的な恐怖を孕んでいた。
そして、人の多い街の中での生活、それをいままでしてきた筈のリンガは困窮までしている様子は無かったものの、実力ある強い存在なのにかかわらず十分にマナが得られていない様子だった。
そしてエンドを思う。マナをたくさんくれて、それを気にもしていない都合の良い存在、そして守るべき場所。その混ざった想いは一種の執着にも似ていた。
「ワタシもご主人について行くヨ!コンゴトモヨロシク!」
シッコが答えを出すまでの時間はそこまでかからなかった。頭の触手をさらに伸ばすと、握り合う二人の手を包むように被せるのであった。




