1-18 生態
スライムがどのように移動するかエンドは興味をもって観察する。
跳ねて進んだりすることもなく、案外スムーズに水溜まりのような接地面を維持しつつ進んでいるが、しかしながら土などであまり汚れることもなく、這ったような跡が多少は残るものの不思議なことに通った痕跡もそこまで目立つようなものではなかった。
エンドはシッコにそのことを尋ねた所、前髪を模した部分が触腕のようになって差し出されたので握ってみる。それは粘ついていたりすることなく、加えて存外に硬かった。しかし次の瞬間には柔らかい感触となり、さらにはエンドの手を包み込むように液状になる。そして多少のマナをちゃっかりとエンドから持っていくと触腕を元に戻し体を揺らして笑顔を形作った。
「おお!見た目からするともっと水のような存在かと思ったが、硬くなったり柔らかくなったり案外と自在なものだ。」
「・・・エンド、一応スライムも魔獣だからね。マナさえあればオーラが使えるからエンドよりもきっと力は強いから気を付けなよ。」
「ふむ、承知した。しかし、魔獣はオスもメスもオーラが使えるのか。シッコの場合は性別はわからないが・・・」
悩むエンドに対し、リンガは不思議そうな表情を浮かべる。
「ん?魔獣ってそういうものでしょ、オスもマナを作らないし普通の動物とは違うよ。あと、スライムに性別があるって聞いたことが無いけど・・・おいお前、男とか女とかないよな?」
「お前じゃなくテ、シッコ!ワタシタチはそういうのないヨ・・・あ、みんな分かれて増えていくからヒトだと女になるのかナ?エット、ヒトって女が分かれて増えていくんだよネ?」
エンドはなるほど、と面白く感じた。このスライムはたどたどしい口調ではあるが、そのスペックは極めて高く、ヒトさへ越えていると考えている。それは姿を真似るだけでなく、疑似的な発声器官まで即座に作り、ヒトに似せた知的な行動を行っている。ただし、それはヒトではなくスライムとしてヒトの群れに混じろうとするものであり、その言葉もまたスライムの視点から発せられるものであって、故にその内容は興味深いものであった。
そしてシッコの疑問についてエンドは説明を行おうとしたが、ふと自分もシッコとそう変わりが無いことに気が付き止めた。自身の常識というものが正しくないことを短い時間ではあるが十分に把握しており、間違った説明をしてしまう恐れがあった。
リンガもスライム相手に常識を求めることの方がおかしいと、諦めたように説明を行う。
「スライムみたいに分かれて増えるものばかりじゃないんだよ。魔獣も他の動物も分裂じゃなくてメスが子供を産むし、普通はオスがいないといけないんだ。」
「ヘー、男ってマナ作るだけだと思ってたヨ?でも、どうして男が欲しいノ?どうやって増えるノ?」
「そ、それは・・・」
無邪気に聞いてくるシッコに、リンガは顔を赤らめながらエンドの方をチラチラと見ながら言いよどんでしまう。その様子を見たエンドはどことなく擽られる様な、愉悦に近い感情を覚え、自分も記憶が無いから確認したいなと聞こえる声で呟く。
「な、なんでボクはこんなところで性教育なんてやらなきゃいけないんだよ!こんなの絶対おかしいだろ!」
「おしえテー」
「常識的な話であれば、私にも教えてほしい。」
「うう・・・あーもうわかったよ!」
リンガはシッコに花を見たことがあるかを聞き、シッコがそれに頷くとおしべとめしべ、花粉などの話を始める。エンドもその話を聞きつつも、この世界は一定以上の水準の文明があることを再確認する。このような説明をさも当たり前のようにできるということはそれ相応の知識の基盤があることに他ならなかった。
「なるほどナー、そうやって増えるのがおおいんだネ!」
「うんまぁ・・・ヒトは少し違うけどね。ヒトは子供を作る前にプロマっていう木の実を食べないといけないんだ。」
「へ~そーなのカ」
「ぬっ!?」
予想外の言葉にまたもエンドの常識が揺らいだが、そんな様子に気が付かずに少しやけくそ気味になったリンガの早口の説明は続く。
「育てるのが難しくて、結構マナが無いと枯れちゃうらしいんだけどね。その、花粉みたいなのをつける前にプロマを食べるんだ。あとかなりマナがないと子供は作れない・・・って言われてるよ。」
「・・・リンガ、そのプロマという実はどうやって手に入れているんだ?」
「大体は大きな街で栽培されていてそこから町とか村に配られているらしいしボクの故郷では長が育ててたけど・・・エンド、どうしたの?」
「いや、大丈夫だ。」
戦略物資、いや、それ以上の重要性、恐ろしいものが管理されているとエンドは内心驚愕していた。プロマを管理する者には逆らい難く、マナの件も含めれば上位層に明らかに有利な社会だ。勿論野放図にするよりも上手に管理した方がよい代物ではあるが―――ヒトはそこまで賢くないと、リンガの話を聞きながらもエンドはどこか心の内で確信しており、この世界の危うさを感じるのであった。




