1-14 雨
少し進んだところで、リンガが空を見上げ眉をひそませる。
「む?そうしたんだリンガ?」
「あっちに厚くて黒い雲が見える、多分雨が降ると思う。急いでツェルトを張らないと・・・あ!でもエンドが大きすぎて入る場所が無いか」
「雨?確かに歩きにくくはなりそうだが、そこまでの問題が?」
エンドには自分用の雨具が無く、リンガの雨具であるマントも借りてしまっている状態ではあり、雨宿りができるのであればそれが一番いいとは思う。ただ、開けた平原でそのような場所は見当たらないし、濡れても低体温症になるほどの気温で無かった。
「大問題!」
リンガは何が問題かを分かっていなさそうなエンドの様子に手早く説明する。
マナは水にある程度溶けやすい性質を持っていて、それは雨も同じとなる。ある程度はその場所のマナも取り込み、幽霊草のようなマナの量が元々少ない動植物には水分に加えてマナも補充できる慈雨となる。
一方で、マナをある程度多く持たないと生きていけない存在にとっては雨に濡れることはマナを奪われてしまうことになる。特にこれがマナの多い場所であれば雨の中のマナも相応に多いため大きな問題にはならないのだが、今の場所のようにマナが少ない地では少し濡れる程度であればまだいいものの、打たれ続けるとかなりのマナを失うことになってしまう。
そのため、マナの少ない場所を移動する際には事前に準備が不可欠であり、基本的にはテントやツェルトで待機して止むのを待ち、それが難しい場合や雨天で行動する場合に備えて雨具を用意しているとのことであった。
「なるほど、マナを奪われることが一番の問題か・・・ならば良いことを思いついた。」
「え?な、何か嫌な予感がするけど・・・」
程なくして雨が降り出す。豪雨とまではいかないが、それなりの強さの雨が降りしきる。
その中で動く一つの影があった。
「はっはっは、初めての雨だが中々に気持ちがいいものだ!」
エンドは身に着けているものの大半を脱ぎ、マントをすっぽりと被ったリンガを背負い上機嫌で雨の中を足早に歩いていた。
「う~、こ、これ恥ずかしいな。」
「なに、問題ない。誰もいないし、太陽だって雲のカーテンで覗けもしないさ。」
「そ、そうだけどさ・・・エンドは重くない?あと雨も大丈夫?」
「うむ、問題ない。そこまで力が無いこの体だが、それでも案外丈夫なようだ。それに少しばかりマナが抜けていくが大した量ではないしむしろコリが取れていく気がするよ。」
「ならいいけどさぁ・・・」
エンドの背にしがみつくリンガはどこか釈然としない表情であった。エンドの案とは、リンガのマナが雨で奪われるのが問題ならばリンガを雨でなるべく濡れないようにして、その上で多少濡れても問題ないようにエンドと密着し常にマナを供給し続ける、といった力押しの方法であった。エンドのマナについてはゴーストを相手取っても問題ないほどのマナを持っており、男性であれば失ってもすぐに作られるために雨に濡れること自体は大きな問題とはならなかったし、いつ止むか分からない雨の中でマナの薄い場所に留まり続けることは望ましくは無い。エンドの負担が大きくリンガは反対の意を示したが、どちらにせよエンドの巨体を覆うだけの雨具などなく、自分だけツェルトで休むのも忍びないという思いから無理をしない範囲でという条件を付けしぶしぶ了承したのであった。
「だが、リンガの方こそむくつけしい男に抱えられるのは不快だったかな?」
エンドの言葉にリンガは顔を赤らめながら首を振る。
「あーと、あのね?男って少ないから、一般的にこういうのは女性にとっては悪くない状況ってされるよ。」
「おお、それは安心した。」
「いや、そこは危機感を持ちなよ。他のヒトにやったら、気があるって誤解されるよ?」
「なに、キミにそう思ってもらえるならば光栄だ。」
「だから記憶ないからって無防備すぎ!ホントに襲われるよ!?」
「はっはっは、女性に求められるのであれば嬉しい限りさ。」
「・・・あー、もう。でもこんな状況誰に話しても信じないんだろうなぁ。エンドが男なのに筋肉があるし、体も大きくなきゃこんなことできない。」
「ああ、名も知らぬ自分の種族に感謝することとしよう。だが、この時間も名残惜しいがそろそろ終わりかもしれないな。」
「あっ!」
進む方向の空は、僅かに明るくなってきていた。
「よかった。通り雨だったね。」
「私としてはもう少しこのままでもよかったのだがね。」
「バカ・・キミってやつはまったく」
程なくして雨はやみ、進む影は再び二つとなった。




