1-9 種族
今後は週2くらいの更新になります。
周囲の気配を探りつつも井戸から水をいくつかの桶にくみ置くが、途中その冷たさに惹かれてのどを潤す。もちろん煮沸させた方がいいのだろうが、手間や時間を考えれば得てしてそのような理想通りにはいかないものだとエンドは思う。
まだリンガの気配は屋内にある。朝は比較的涼しいが寒いわけではない。体に巻いている布や腰巻を脱いで頭から水を被る。井戸水の冷たさもあり少々肌寒く感じるものの、それが気持ちよくもあった。
「おーい、またせたね・・・ってエンドなにやってんだよ外で!」
ドアを開け、荷物を背負いつつ出てきたリンガが赤面して大きな声を上げた。手で自らの目のあたりを隠しているが、指の隙間から緑色の瞳が明らかにエンドをのぞいていた。
「ん?体の汚れを落としているだけだが・・・ああ、これは失礼。そうか、女性には不快かな。」
「ふ、不快じゃなくて・・・いやバカかなキミは!普通に外で脱ぐな!というか、むしろキミが襲われるぞ!」
「むう?」
リンガの話では、女性が強く男性が少ない世界では立場の弱い男性の方がいわゆる性的被害にあうことがほとんどの様であった。ひどい事例では集落一つがグルとなり男性を拉致監禁して種馬兼マナ補給源にしていたこともあり、しかも、この事例は結構な頻度で起こっているらしい。
エンドは不思議と人の前で裸体をさらすことに抵抗をあまり感じていない。もちろん常識的に局部を隠すことはあたりまえということは知識としてはあり、理解もするが、これが種の特性なのか記憶が無いためなのか・・・今後は気を付ける必要がありそうだと思う。
「うーむ、女性に必要とされるのは悪くなうが、マナのために監禁されるのは御免被るな。しかし自分の種族も分からない私は少なくとも種馬にはならないか?いや同族がいれば分からないが・・・」
「お、男が自分で種馬とか言うなよ!バカ!それに何わけわからないこと言ってるんだよ?」
「ん?普通種族が違えば子供ができないのではないか?いや、混血とかはあるのかもしれないが。」
「はぁ!?・・・記憶が無いからって本当に訳わからない事を言う。そこらの動物や魔獣とは違うんだし別の種族でも子供はできるし、出来た子供は母親の方の種族になるのが当たり前じゃないか。」
「おい、遺伝子・・・」
「なんだよ?そのイデンシっていうのはよ?」
「いや、ふと口から出たのだがよく思い出せん・・・きっとそう重要なことでもないのだろう。すまないな、私は常識的な記憶もかなり落としているらしい、今後も変なことを言うかもしれないが都度教えてくれると助かる。
「ああもう、仕方ない。わかったよ。」
「感謝する。この廃集落にも昔は多種多様な種族が住んでいたのかな?」
「・・・そりゃわからないけど、多分違う。」
リンガ曰く、男性は女性に比べて種族としての特徴は出にくいが、それでもそれぞれの種族で大まかな体格や住みやすい環境は決まっている。さらに、体格や特性、単純に慣れ親しみやすさも加味すると、都市部ではともかく小規模な集落では同種で暮らしていることが多いらしい。とはいえ、別に忌避しているわけではないので多少は別の種族がすんでいることもあるし、人数が減ってきた集落では種族を問わずに迎え入れたり、先ほどの事例のような事件を起こすこともままあるので絶対ではないとのことだった。
「記憶が無いキミは大きな子供みたいなものだと思うことにするよ・・・」
「迷惑をかけるな。母上」
「母とかいうな。いーよ、別に。」
リンガの言葉は多少乱雑ではあったが、それが悪意ではないことがエンドには分かるため、感謝の意を伝えると小さく悪態をつきながらも落ち着きを取り戻したようだった。布切れで体の水気を乱雑に拭い素早く腰巻を着る。それを確認したのかリンガも水を汲んでいる桶に近づくと、布を浸し、そして服を脱ごうとする。
「リンガ、女性が男性の目で着替えるのは大丈夫なのだろうか?」
「体を洗うのにいちいち体を隠していたら探索者なんてやってられないよ。それとも何かな?エンドはボクの体に興味でもあるの?」
「うむ、個人的にはあるな」
「は?いや、マジで?」
「うむ、眼福だ」
「あ?ええ・・・ええと・・・こ、こっち見るな!バカ!あっち行ってろ!」
なかなかコミュニケーションというのは難しいと思いながらエンドは頭を掻きつつその場を追い出されるのであった。




