序章 終わった者
かなり久々の投稿となります。10年位前に投稿し好評を頂けた「伝説のシャベル」(https://ncode.syosetu.com/n5217cf/)と世界観を共有した作品となります。(前作を読まなくともお楽しみいただけます)
いつから此処にいるのか。
いや、いつまで此処にいるのか。
何も見えず、何も聞こえず、動くこともできず、苦痛と思考だけが廻り続ける。
すでに記憶は朧気であり、苦痛と退屈に精神は擦り切れ、それでも未だ壊れぬ心と体を呪う。
その呪い、怒りでさえ時を経るごとに薄れ、佳純、もはや意味もない自問自答を朧げに繰り返すだけであった。
『哀れだな』
言葉とは裏腹に感情のない声が低く響いた気がした。これもまた繰り返される幻覚か幻聴の類なのか。
『運悪く狭間に落ち、落ちきることもできんとはな』
『・・・うわァー、こりゃひどいネー、なんかぐちゃぐちゃしてて気持ち悪いナァ!』
今度は甲高い声が響いた気がした。幻聴では自身の姿はひどいもののようだが、見ることはできないし、そもそも自分の姿さえもはや記憶は曖昧だ。
『コレ、どーするのサ?」
『そうだな、放っておいてもいいが・・・落ちた者の誼だ。終わらせてやるか』
―――終わる?ああ、もしもようやく終わることができるのであればなんと嬉しいことか!・・・どうせ、これも幻聴の類だろうが。
・・・いや、違う。これは現実だ。何も見えず、聞こえない筈だが、それでも強い存在感が近づいてくるのが間違いなくわかる。ようやく解放される!嗚呼、だが。
『ほう?』
この低いつぶやきには、今までとは違い僅かに喜悦があった気がした。
『ン?どーしたのサ?』
『こいつは終わることを間違いなく望んでいる。だが強い後悔があるようだ』
『ンー?死にたくないってことカナ?』
『違うな。生きたいということではない、未練だ』
低く響く声が琴線に触れる。
ああ、そうだ。何も思い出せないが、ただ自分が碌でもない存在であったことだけは知っている。死ぬことはいい、終われることには感謝しかない。ただ、ああ!そうだ―――何かを為したかった。いや、為せなくともせめて何かを掲げて正しく終わりたかった。最早、遅いのは分かっている。そうか、これが未練というものか。
「フン、すでに終わった者が浅ましくも・・・だが、いいだろう」
「エ?助けるのかナ?コレ?」
「ちょうどいい場所があるから放りこむだけだ。あとは知らん」
「ア~、あそこネ。えーっと確かあっちの方だネ!ポイってやろうヨ!」
「ああ・・・逝け」
―――突如として自分が砕かれ、そして乱暴に捏ねられていく異様な感覚。声にならない声で絶叫する。
だが、その声が真に声となる。聞こえる、そして見える、確かに見える!光景が・・・嗚呼!何という、暗い黄金色の空。力強い影、ああ、声が出るのに言葉にならない。そして耳に聞こえるのは確かに声!重く冷たい声が容赦なく遠のいていく。
―――見えぬまま見ろ、聞こえぬまま聞け。
狭間に光も音もない、ただ力があるだけだ。それは貴様が望む光景、禄でもない糞未満の虚像の風景だ。
―――『終わった者』。貴様は燃え尽きた塵、残った滓。度し難き屑。抜け殻の貴様は覚えていることさえできまい・・・だが、せいぜいあがいて見せろ。
『終焉の世界で』
凄まじい光の奔流と衝撃、何かに吸い込まれて落ちるような錯覚と共に、全てが暗転した。