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時をかけるオレ ~タイムリープで家族を、そして世界を救うかもしれないオレの物語~  作者: 法王院 優希
第1章 タイムリープ後の世界(西暦1990年、並行世界B)
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第1章5話 弟はおしまい?




「優君、朝よー。起きなさい」



 耳に馴染んだエリーの声が、薄暗い意識の中に響く。姉さんの疑似AI──正式には姉の絵里香の人格を模したAIは、今日も相変わらず元気だ。俺は布団の中で軽く身じろぎした。身体が妙にだるい。深い眠りから強引に引き戻されたような、そんな倦怠感がある。



 何かがおかしい。



 そう思った瞬間、俺は手で頭を掻いた。そこで引っかかったのは、いつもよりも長い髪の毛。まさか寝ている間に伸びるわけがないが、気のせいではないかもしれない。寝ぼけ眼をこすりながらベッドから起き上がると、何やら体のバランスがおかしかった。頭や四肢だけでなく、腰回りにまで違和感がある。



 けれど、そんな微睡みも一気に吹き飛ぶ出来事が俺を待ち受けていた。



 トイレに向かい、朝のルーティンをこなそうとしたそのときだ。



 ジャー。



 いやに生暖かい液体が太腿にかかり、床へと広がっていく。寝ぼけた拍子に狙いを外した? その可能性を考えて、慌てて自分の股間を確認した。そこで気づく。そこにはあるべきものが、無い。



「ない!」



 思わず口に出たその言葉に、朝の静けさが嫌に重たくなる。いや、待て。まさかの勘違いかもしれないと、何度も下着をずらして確認する。でも、どう見ても、触っても、男であるはずのアレが姿を消しているのだ。



「嘘だろ……」



 こういう設定の漫画ならまだしも、現実で性別が一晩で変わるなんてありえない。少なくとも俺はそう思っていた。でも、この家には例外が一人だけいる。



「姉さん! 俺の体に何をした!?」



 叫び声をあげながら、俺は姉の部屋に怒鳴り込んだ。ドアを開け放つと、髪はボサボサ、浴衣姿のままの姉さんが、寝起きの顔でこちらを見返す。



「朝っぱらから、どうしたの? 股間を丸出しにして」



「俺の股間にあるべきものがない! 姉さんの仕業だろ? さっさと戻してくれ!」



 必死に訴える俺を見て、姉さんはあくびを噛み殺したような顔をする。まるで大したことではないかのように。



「ごめんね。お姉ちゃん、優君を妹として可愛がりたくなっちゃったの。しばらくは妹でいてね。……一カ月くらい可愛がったら、元に戻してあげるから安心して」



 衝撃的な告白に、言葉が出ない。



「期間限定で女の子になるのも、悪くないと思うわよ」



 姉さんの淡々とした言葉に、俺は追い詰められた気分になる。姉さんに逆らって、機嫌を損ねるわけにはいかない。仕方なくその場を去ろうとしたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。



 玄関へ向かうと、そこには水色の服を身にまとった真姫が待っていた。その優雅な立ち姿は、明るい朝日に照らされて一段と引き立っている。頭にはいつも通り銀色のティアラを載せている。



「優様、おはようございます」



 綺麗な挨拶とともに、真姫は軽く一礼する。けれど、俺はまだパジャマ姿に加えて、状況を飲み込めないまま。女性の体になってしまった動揺も収まらず、心臓の鼓動がやけにうるさい。



 だが、真姫は予想を裏切るどころか、もはや想像の斜め下を行く行動をとってくる。



「ちょっと失礼しますね……やっぱり、ありませんね」



 いきなり俺の股間を触り始める真姫。普通の淑女なら絶対にやらないだろう行為に、思わず腰が引ける。



「真姫、やめてくれ!」



 声を上げても、まるで聞こえていないかのように、彼女は今度は俺のズボンと下着をまとめて引き下ろした。その場で脱がされるなんて屈辱もいいところだ。



「優様、素敵です。絵里香様の言う通り、ちゃんと女の子になってますよ。絵里香様は、やっぱりすごいです!」



 瞳をきらきらさせながら、真姫は感動している。人の股間を見て感動するというのもどうかと思うが、それ以上に彼女は、姉さんに心底魅了されているように見えた。



 元々どこかおかしいと感じていた真姫だが、この行動で確信に変わる。常識が通じない。そんな思いを抱きながら、俺は体を見られた羞恥で顔を真っ赤にするしかなかった。



「優様、女の子が男物の下着なんてつけていてはいけません。私が、淑女というものを教えて差し上げます」



 真姫は得意げな顔で微笑む。俺の知っている淑女は、人の下着を玄関で脱がせたりはしない。それに、そもそも俺は女の子になったばかりで、そんなルールを押しつけられるのも納得いかない。



 だが、俺の心のツッコミなど、やはり真姫にはまったく届かない。彼女のマイペースぶりは留まるところを知らない。結局、俺はすっかりペースを乱されたまま、真姫に手を引かれて二条の屋敷へ連行されることになる。



 着いた先の二条の屋敷は、まさに豪邸だった。広々とした廊下には価値のわからない美術品が飾られ、どの部屋もホテルのスイートのように華美な装飾が施されている。もともと生半可な金持ちではないとは聞いていたが、改めてその豪勢さに圧倒された。



 そこに、いつの間にか姉さんまでやってきていた。姉さんは黒い浴衣姿で、朝の寝起きのままのようなボサボサの髪だけれど、妙に色気を感じさせる。それにしても、こんな場所で何を始めるのかと思えば、姉さんと真姫が声を合わせてこう言ったのだ。



「優君(優様)を着せ替えましょう!」



 そして始まったのは、俺にとってまさに悪夢の着せ替えショー。男物どころか、家の服すら一切使わせてもらえず、高級そうなドレスやらフリル満載の衣装が次々と試着させられていく。姉さんと真姫は楽しそうだが、俺からすればほとんど拷問に近い。



 しかも、「ちょっとここを締めて……」「もう少し胸を強調できるわね」など、いちいちボディタッチが多い。俺が元は男だという前提を忘れているのか、わざとなのか。まるで人形扱いだ。



 そのうえ、やたらと写真に収めたがる。姉さんと真姫のカメラがカシャカシャと鳴る。俺の体がすっかり女の子仕様になっていることが彼女らには面白いのだろう。そうして撮られた写真は満足げに「いいわね」「さすがにかわいい」と褒めそやされ、なんだか気分は複雑だ。



 男の時よりも、はるかに俺を愛でている気がする2人。そんな様子を見ているうちに、俺はやっぱり反発心を抱いてしまう。いくら姉さんでも限度というものがある。



「これ以上、変な服を着せないでくれ! 俺は男なんだ!」



 そう叫んで脱走を図ろうとするが、姉さんと真姫にあっさり捕まってしまう。女の子になって体も軽く、筋力も落ちているのがわかる。男の時だって2人には力で敵わなかったというのに、今はもうまるで歯が立たない。



 姉さんは小さく微笑んで、俺の髪に飾りをつけながら言う。



「優君、こんなに似合うんだから。大丈夫よ、少し女の子の生活を楽しんでみるといいわ」



 真姫も頷きながら、自分のコレクションのリボンやアクセサリーまで持ち出してくる。こうして俺は完全に彼女たちの着せ替え人形と化した。果たして明日、俺は学校へ行けるのか? いや、その前に外へ出られるのか?



 そうして一通りの着せ替えが済む頃には、すっかり日も暮れていた。明日の朝には学校があるはずだが、姉さんと真姫はまだまだ飽き足りないようだった。だが、その日はさすがに切り上げられ、俺は真姫の部屋のベッドに寝かしつけられたのだ。




---




「優ちゃん、起きて! 学校に行くわよ」




 いつものエリーの目覚まし。



 朗らかな声が部屋に響く。俺はここが誰の家かも一瞬忘れそうだったが、両隣の暖かい感触を思い出して、一気に現実に引き戻される。姉さんは浴衣姿のまま、真姫は白いネグリジェ。2人とも気持ち良さそうに眠っている。



「今、優ちゃんって言っただろ?」



「だって、今は女の子じゃない」



 エリーは悪びれもせず言い放つ。俺は女の子扱いを当然のように受け入れられているらしい。気づけば、俺自身もいつの間にかネグリジェ姿だ。姉さんか真姫か、どちらに着せられたのかは不明だが、眠っている間に人の服を勝手に変えるなんて。どこまでマイペースなのか。



 とにかく着替えたいのだが、ここは二条家の屋敷だ。自分の家ではないし、どこに何があるのかもわからない。仕方なく真姫が起きるのを待つしかない。といっても、のんびり寝ている彼女を無理に叩き起こす勇気はないし、姉さんにも逆らえない。



 結局、あれこれ考えているうちに朝食の時間になり、真姫と姉さんは気だるそうに起きてきた。メイドたちが慌ただしく動く中、俺はまたしても女の子向けの服装を用意され、無理やり着せられてしまう。もはや抗議する気力も薄れつつあるが、せめて学校では目立ちたくない。



 だが、その願いは早々に打ち砕かれる。二条家のリムジンで登校することになり、到着したときはまさにお姫様のご入場さながらの大騒ぎ。車を降りると、真姫は赤い高そうな服を着て、俺と手を繋いでいる。反対側の手は、黒い着物姿の姉さんがしっかりと握って離さない。



「優様、学校楽しみですね?」



 真姫がにこやかにそう言うけれど、俺には楽しみな要素が見当たらない。だが立場上、ただ頷くしかない。豪華なリムジンから降り立っただけでも注目を集めるのに、俺の格好は純白のドレスにティアラ、白い手袋まで付けさせられている。クラスメイトから見ればただのコスプレか、はたまた何かの仮装行列かと思われているのだろう。



 教室に入ると、皆が目を見張り、口々に噂を始めた。



「誰、あの娘? すごく綺麗、お姫様みたい……」



「真姫様の親戚じゃない? それにしても、素敵」



「あの可愛い子、マジヤバイって」



 囁き声が合わさり、教室全体がざわついている。俺はなるべく目立ちたくないが、無理なようだ。



 そこに、クラスメイトの光輝が大げさに登場した。



「おー、素敵なレディ。この僕と結婚してはくれないだろう、か!」



 急なプロポーズに面食らう。振り付けがついたような大袈裟な言葉に、周囲もどよめく。



(君は友達の俺にプロポーズしているわけだけど、本当にそれでいいのか?) 



 俺は男でありながら、男にプロポーズされるという奇妙な経験をしてしまった。正直、気分が良くない。


 


 真姫が間に入って得意そうに言い放つ。



「光輝控えなさい。この方は、絵里香様の力によって女の子になった優様です」



 どうして誇らしげなのか、まったく理解できないが、真姫が少し胸を張ったのだけはわかる。そんな中、光輝は「優君? 本当に優君なのかい?」と目をまん丸にして俺を見る。俺が頷くと、教室がどよめいた。昨日まで男だったクラスメイトが、急にお姫様みたいな姿になっているのだ。戸惑うのも当然だろう。



「おーう、天は絵里香様という女神だけでなく、優君という女神までつかわされたのか! ヘブン!!」



 光輝は天を仰ぎ見て、一人で勝手に盛り上がっている。



 教師が入ってきても、事態は変わらない。今日もジャージ姿の担任は、真姫から「絵里香様の力で女の子になった優様です」と聞くと、あっさり受け入れてしまった。「お姫様みたいでかわいいぞ、佐倉」などと言われても、まったく嬉しくない。



 授業自体は、性別が変わっても特に問題はなかった。座ってノートを取る程度なら男も女も一緒だ。だが、問題は体育である。男子がサッカー、女子が鉄棒というメニューだ。俺は当然サッカーのほうに行きたい。だが、真姫と姉さんに腕を掴まれ、女子側に強制参加させられる。



 しかも、この時代の女子の体操着はブルマだ。確かにもう下着も女物をつけているとはいえ、あれはほぼ下着じゃないか。恥ずかしくてたまらない。



「女の子なんだから、これに着替えるのは当たり前です」



「……まあ、そうかもしれないが」



 抵抗したい気持ちはあるけれど、姉さんと真姫の力に勝てるわけがない。結局、俺はブルマをはき、鉄棒のところへ連行される。逆上がりなんてできないのに、何度もチャレンジさせられ、ついには腕と腹筋が悲鳴を上げる。しかもそんな情けない姿を、姉さんや真姫、挙げ句の果てには光輝まで、カメラに収めようとしている。わけのわからない連帯感で写真を撮る彼らにはもはや呆れを通り越して、感心すらしてしまいそうだ。



 



---


 



 そんな生活が続いて、1カ月の期限が迫ったある日。


 


 俺は朝から体がだるく、下腹部に鈍い痛みを感じる。男に戻る前兆かと思って二条家のベッドで休んでいると、真姫がやってきて言うのだ。



「ちょっと、失礼しますね」



 またしても下着を下ろされ、触られる屈辱を感じながらも、体調が悪いとそんな抵抗力すら湧かない。



「これは……生理ですね。1カ月に1回、女性にはあるんです」



 真姫の言葉に、一瞬頭が真っ白になる。生理? そんなもの、一度も経験したことがないに決まっている。それだけに、この体が本当に女性になっている証拠を突きつけられた気がして、暗澹たる気持ちになった。



「痛たた……」



 腹痛や頭痛、倦怠感で俺はベッドに横になる。男のときには絶対になかったこの苦しみ。生理の大変さを、今身をもって実感してしまっている。真姫は手際よくナプキンを用意してくれ、姉さんも「もう少し横になってなさい」と言って優しく看病してくれた。



 それはそれでありがたいが、こんなのを毎月経験しているなんて、世の女性はすごい。そんな思いが沸き上がってくる。



「おめでとうございます、優様。これで子供を産むことができますよ」



 真姫が本気で喜んでいる様子に、俺は頭を抱えたまま否定する気力も出ない。こんなの、まったくもっておめでたくない。一生経験したくなかったのに。



 三日ほど寝込み、ようやく痛みが引いてきた時には、精神的にもへとへとになっていた。そんな俺を見かねたのか、姉さんがそっと背中をさすりながら言う。



「そろそろ元に戻してあげるわ。一か月よくがんばったわね」



その一言に、心底ほっとする。何をどうしたのか詳しくわからないが、姉さんに渡された薬を飲むと体の感覚が変わり、しばらく後に鏡を見れば元の男の姿に戻っていた。嘘みたいにあっさりだ。



「ああ……助かった……」



 胸をなで下ろす俺を見て、姉さんは楽しそうに笑う。真姫も少し寂しげに見えたが、それでもきちんと労いの言葉をかけてくれた。



「優様、本当にお疲れさまでした。また何かありましたら、いつでも私がサポートいたします」



 二度とごめんだと思いながらも、彼女の優しさを思うと邪険にはできない。こういう優しいところも愛そっくりだ。親子なんだから、似ていても当然なのかもしれないが。



 そして俺ははっきりと悟った。姉さんには逆らえない。結局、この世界で俺の運命を握っているのは、あの人なのだ。いつまた気まぐれで自分の体を変えられるかわかったものじゃない。そんな不安を抱えつつも、とりあえずは日常が戻ってくることに安堵していた。



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