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時をかけるオレ ~タイムリープで家族を、そして世界を救うかもしれないオレの物語~  作者: 法王院 優希
第1章 タイムリープ後の世界(西暦1990年、並行世界B)
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第1章2話 不思議な日常2

 

「今日未明、A国で有名な科学者が射殺されました。これで連続科学者殺害事件は世界各国で123件目になります。いまだ犯人は捕まっておらず、国際警察は犯人の行方を追っています」



 翌朝、テレビから流れたニュースはどこか物騒な雰囲気を漂わせていた。世界中の科学者が次々と狙われ、すでに100件以上もの事件が起きているという。その数字に、思わず眉をひそめる。けれど、俺の記憶では、子供の頃にこんな事件がニュースを賑わせた覚えはなかった。もしかすると、当時は意識していなかっただけかもしれないし、ここが元の世界とは違うからかもしれない。



 西暦1990年は色々な事があった年のはずだ。バブル経済の崩壊、冷戦の終結、東西D国の統一などが起きたような記憶がある。前の人生での話で、この世界で起きるかどうかはわからないけど。



 10歳の俺にできることはほとんどない。子供の状態で何をしたところで未来を大きく変えることはできないだろう。しばらくは小学生らしく振る舞い、情報を集める事にした。最初の悲劇が起きてしまうのは、まだ先のはずだ。




 考えようとしても、まだ頭が追いつかない。とにかく、今日から小学校に通わなくてはならないのだ。腹を決めよう。



 ランドセルを背負うという行為は、子供に戻った今の身体にはそれなりに自然なのに、懐かしさと同時に得体の知れない違和感を感じる。元の世界では町田の小学校に通っていたはずだが、今の俺は横浜の小学校へ行くことになっている。パラレルワールドだからだろうか——過去の世界のはずなのに、細部がいろいろ食い違っている。



「さあ、行くわよ」



 赤い着物を着た姉さんが、俺の左手を取って弾むような足取りになる。まるで初詣に行くかのような艶やかな服装で、子供の小学校へ同行するのはどう考えても目立ちすぎる。周りの視線が気になって仕方ないが、姉さん自身は全く気にしていない様子だった。むしろうきうきと楽しんでいるように見える。



「さあ、行きましょう」



 今度は白いワンピースを着た真姫が、俺の右手を握る。実質『両手に花』の状態とはいえ、俺は恥ずかしさでいっぱいだった。ほかの児童に見られたら、一体どんな噂になるのか。そんなことを気にしているのはどうやら俺だけらしく、姉さんも真姫も自然体そのものだ。もしかすると、これが彼女たちのいつも通りなのかもしれない。



 ふと視線を下に落とすと、姉さんの腰には刀が差してあった。もちろん鞘に収まっているが、どう見ても小学校に持ち込む代物じゃない。思わず言葉が出る。



「それって、刀……」



 姉さんは唇の端を上げて、嬉しそうに答えた。



「ふふふ、これは『全斬丸ぜんきりまる』という名前なのよ。私の愛刀。いいでしょう?」



「いや、銃刀法違反じゃ……」



「これはレプリカよ。いいわね?」



 ぐいっと顔を近づけられて、半ば強制的に黙らされる。レプリカと言われればそれまでだが、姉さんの笑顔はどこか危うい雰囲気を伴っている。しかも真姫も、まったく驚いた様子がない。どうやら、これすら彼女たちにとっては普通のことであるらしい。



 胸の中のモヤモヤを拭えないまま、俺は見慣れない小学校の門をくぐった。校舎の造りは、前の人生で通っていた小学校とは全然違う。そもそも横浜に引っ越すのはもっと後のはずなのに、いつの間にかここで生活している。この世界では当たり前のことなのだろうか。そう思うと、不思議な感覚がさらに強まっていく。



 教室に入ると、姉さんが「ここよ」と言いながら席を示してくれた。真ん中あたりの一番後ろ。俺が腰を下ろすと、すぐ右側には真姫が、左側には姉さんが当たり前のように机を寄せて座ってくる。いや、そもそも姉さんって俺より2歳年上のはず。なのに、なぜ同じクラスで授業を受けるのか。クラスメイトたちもまるで疑問に思っていないらしい。



「やあ、優君。おはよう、元気かな?」



 白いタキシード風の服を着た美少年が気さくに話しかけてくる。黒髪をオールバックにしていて、見た目も態度も大げさな感じがする。舞台俳優の子供か何かなのかもしれない。



 俺にはまったく記憶がない。すぐ隣で大袈裟な手ぶりをしながら、



「君と僕はー、無二の親友、じゃないか! 何でもー、言ってくれよっ!」



 と、妙にハイテンションな声をあげる。どう返事をすればいいのか困っていると、真姫が小声で耳打ちしてくれた。



「その子は花山院光輝かざんいんこうき。一応、優様の友達で……残念ながら、私の従兄です」



 遺憾ながらと言わないまでも、ため息まじりのニュアンスが伝わってくる。なるほど、彼女からすれば扱いづらい親戚なのだろう。俺は曖昧に笑い返すしかない。



 視線を横にやれば、姉さんが普通に俺の隣に座っている。やがてホームルームの時間になり、筋肉質で角刈りの男性教師が教室へ入ってきた。ジャージ姿の体育会系っぽい人で、見た目どおり気合い十分という感じだ。



「おはよう! みんな元気にホームルーム始めるぞ!」



 声も態度も体育の先生そのもの。こういう担任を見ると、部活を頑張っていた中学時代を思い出す。ああ、懐かしい……と思ったが、次の瞬間、担任が姉さんに気づいて声をかけた。



「絵里香様、今日はこちらで授業を?」



「ええ、そのつもりよ」



 先生が普通に「様」付けで姉を呼んだことに、強烈な違和感を覚える。まるで姫君か何かのようだ。小学校に普通に通う生徒という感じではないのに、周囲はまったく驚かない。この世界では、姉さんがそう呼ばれるのが当然ということなのだろうか。



「よっし! 今日は絵里香様に恥ずかしいところを見せないよう、きちんと頑張ろうな!」



 担任の号令に、「はい!」という声がクラスのあちこちから上がる。……誰か、この異常な状況を突っ込んでくれ。刀を差した姉が小学校に当たり前のように登校しているのに、先生まで協力的。元の世界では考えられない光景だ。



 姉さんは勝ち誇った顔をして、こちらを見る。微妙に腹立たしいが、クラスメイトは誰も気にしていない。おかしな学校だと思いつつも、ここで生きていくしかないのだろう。



 


---




 授業が始まっても、姉さんと真姫は俺にべったり張り付いてくる。机をくっつけて身体を寄せてきたり、プリントをわざわざ俺の上に重ねたり、教科書そっちのけで腕を取ろうとしたり……明らかに勉強する気がない。担任も触らぬ神に祟りなしという感じで、見て見ぬふりをしている節がある。どうなってんだ、このクラスは。



 給食の時間になっても姉さんと真姫の攻勢は続いた。「あーん」などという幼稚園レベルの給食対応を代わる代わるされて、俺は自分で食べるタイミングがつかめない。正直、周囲が見ていて恥ずかしいが、ほかの生徒は微笑ましそうにこちらを眺めている。何か温度差がすごい。姉さんがいなくなった隙を見計らって、俺は真姫に素朴な疑問をぶつけた。



「なあ、姉さんって一体何者なんだ?」



 昼休み、給食を食べ終わりかけたころに、真姫が一瞬きょとんとした顔をする。だが、すぐに得意げな笑みを浮かべた。



「優様は記憶を失っているのですよね。そうですね、一言で言えば……女神ですね」



「女神って、宗教か何か?」



「いえいえ、そういうことではありません。わかりやすく言えば、日本でいちばん有名な天才発明家にして資産家というところでしょうか。大学院の博士号を特例で取り、取った特許は数えきれません。その影響力は財界や政界にも及ぶほどで……しかも武術も嗜み、美貌まで神々しい。私は晩餐会でお会いしたとき、一目惚れしてしまいました。そして、我が二条財閥と協力関係にあります」



 なるほど、姉が特別扱いされるわけだ。二条家という世界的財閥と組んでいるから、教師も逆らいづらいのかもしれない。



「ってことは、真姫が俺の婚約者になるってのも、姉さんの思惑が絡んでるのか?」



 少し意地悪な気もしたが、思わず聞いてしまう。真姫はどこか決意を秘めた目で答えた。



「初めはそうでした。憧れの絵里香様に『弟の婚約者になってほしい』と声をかけられ、お父様も賛成なさったのです。私たち上流階級では、家のためなら親子ほど年の離れた相手と結婚するのも珍しくありません。それに比べれば、絵里香様の弟で同年代の方と結婚できるのは幸せなことです」



 思ったよりずっとしっかりした答えが返ってきて、少し圧倒される。小学生のはずなのに覚悟が決まっているというか、英才教育の凄みを見せつけられた気がする。



「それに、優様ご自身にも期待しています。頼りないところはありますが、育てがいがあります。私が立派な男に成長させてさしあげます」



 真姫が上目遣いで手を握ってくる。少しドキッとしてしまった。



「……光輝君も、やっぱりそういう感じ?」



 話題を変えるように、今度はさっきの派手な美少年のほうを見やると、彼は胸を張って答えた。



「僕はー、絵里香様にー、一目惚れなんだー! 将来結婚したい、とー思ってる。でもー、君はー僕の親友候補だからー、そこはー安心してくれたまえよー!」



 オーバーリアクションすぎる。だが、この二人だけは明らかにクラスメイトとは違う雰囲気を放っている。まるで俺の取り巻きになるべく転校してきたような雰囲気だ。



「二人とも、俺のためにわざわざここに転校してきたのか?」



「当然です」



「当然さー!」



 息の合った返答に苦笑いする。まあ、姉さんを筆頭に、俺の周りは濃いキャラだらけだ。



 下校時も、姉さんと真姫は当たり前のように両手を繋いでくる。「じゃあねー」とクラスメイトが手を振ると、姉さんと真姫はニコニコ返事を返す。俺は「ちょっと離してくれよ」と言いたいが、姉さんの機嫌を損ねそうで気がひける。真姫も真剣そのもので、俺から距離を取るつもりはないらしい。



 家に着いてもそれは続いた。姉さんと真姫は自然に俺の部屋へ入り込み、両親も「ゆっくりしてね」などと言って歓迎する始末。プライバシーなんてあったものじゃない。だけど、ここがもう元の世界とは違う以上、多少の非常識も受け入れなきゃならないのだろうか……そんな複雑な思いに囚われる。






---





 夜になり、ベッドに寝転がっていると、姉さんが当たり前のように部屋へ入ってきた。白い浴衣姿で、俺の枕元に腰を下ろし、何気なく膝枕をしてくれる。その瞬間、嫌だと思うより先に、安堵の気持ちが込み上げてきた。まるで母親に甘えていた幼少期を思い出すかのような不思議な安心感だ。



「ねえ、教えて。あなたがいた世界では、いったい何があったの?」



 部屋の灯りを落とした薄暗がりの中、姉さんがぽつりと尋ねる。隠し事をしても仕方ないだろうと判断して、俺はほとんど全てを話すことにした。妹が事故で亡くなったこと。高校時代に母を病気で失ったこと。社会人になってから父も死に、最後はアロマウイルスで自分自身が命を落としたということ。ただ、愛と加奈子の存在だけは言えなかった——もし真姫に知られたら大変なことになりそうだからだ。



「私がいない世界……そんなものがあったのね。あなたは本当に、つらい人生を生きてきたのね」



 姉さんは俺の髪を優しく撫でる。その手のひらが温かくて、どこか懐かしい。いつの間にか失っていた誰かのぬくもりを取り戻したような気がして、胸が少し苦しくなる。



 姉さんは微笑み、低い声で囁いた。



「でも、大丈夫。あなたには私がいる。私はこの世界の神みたいなものだから、大抵のことは何とかしてあげる。だから、もう何も心配しないで眠りなさい」



 彼女が神と言うのは決して誇張ではなく、この世界ではそれに近いほどの影響力を持っているのだろう。



「……うん、ありがとう。姉さん」



 そう答えると、瞼が重くなってきた。姉さんの膝の上から伝わる柔らかいぬくもりが、意識をゆっくりと闇の奥へ運んでいく。この世界は滅茶苦茶に見えるのに、姉さんがいると、不思議と「大丈夫かもしれない」と思えてしまうから怖い。わずかながら安心と混乱が入り交じりつつ、俺は眠気に身を任せた。




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