第5章 届かない思い
私は間もなくこの地を離れる。だから素直に自分の思いを告げ、二人の幸せを見届けたいと思った。心残りはそれだけだったから。
「ごめん。ごめんなさい。友達なのにアリッサの気持ちにも気付かずに。
でもアルセスが貴女のこと好きなことは見え見えだったでしょ?
だからたとえ捻くれたことを言われても、貴女はそれに慣れていて、そんなに気にしていないと思っていたの。
そりゃあ小さな頃はいつも泣き顔でアルセスの後を追いかけていて、可哀想だと思っていたわ。
でも学園に入ってからアリッサは明るくなって、アルセスに臆することもなく話すようになっていたから」
「ええ、あいつの嫌味も意地悪も気にしなくなったわ。入学式の日からもうアルセスのことなんかどうでも良くなったから。
嫌われたってかまわない。もう好きになってもらわなくてもいいと思うようになったのよ」
「アルセスを嫌いになったの?」
「嫌いというよりどうでもよくなったってこと。好きの反対は無関心っていうけれど、あれ本当ね。
愛されることを諦めたの。そうしたらとっても心が軽くなったわ。
だから学園時代は自分のしたいこと、好きなことをしようって決めたの。社会人になればそうはいかないと思ったから」
私は初めて自分の心情を友人達に吐露した。
愛されたいと願い、必死にそれを求めても、結局誰からも愛されなかった。それを人に知られるは惨め過ぎてできなかった。
さっきの誕生日のことのように。特に愛に恵まれていた幼なじみには。
しかし、別れの前に伝えてみようと思った。そうすれば、彼らの記憶に少しでも私が残るかも知れないと。
「ずっと嫌なことを言われ続けて平気なわけがないよね。私もアルセスと同じくらい無神経だった。
本当にごめんなさい。
でも、アルセスを庇うわけじゃないけど、学園時代に貴女が平穏無事に過ごせたのは彼のおかげなのは本当なのよ。
貴女は今ではすっかり逞しくなったけど、以前は儚く頼りなさげだったから、無理やりに貴女を自分のものにしようと狙っていた連中がごまんといたのよ。
そいつらを地位と実力と腕力で追い払って、二度と貴女に手を出せないようにしていたのがアルセスだったのよ。
だから私も羨ましかったの。アルセスからもバルドからも大切に守られている貴女が」
どうやらメリメはアルセスに同類相憐れんでいるようだ。
「バルドもごめんなさい。伯爵家のバルドが男爵家の私なんかを、本気で好きだなんて言ってくれているとは思わなかったの。
だから好きというのは兄達と同じような身内的なものだと思っていたの」
メリメは泣きながら私達に謝罪した。
「難しいものなんだな。愛を告白するのもしないのも」
「まったくね。
でも、どちらにせよバルドは悪くないよ。四人の中で唯一まともでいい奴よ。メリメ、これからはバルドに面倒かけてはだめよ。
貴女は私を羨ましがっているみたいだけれど、貴女が駄目男と付き合う度に、バルドは陰からずっと貴女を見守ってきたのだから。貴女の純潔を守るために!」
「おい!」「えーっ!」
私の言葉に二人は顔を青くしたり赤くしたりしている。本当にいい年をして純情なんだから。
それにしても、アルセスが私を気にかけていたのか。それは知らなかった。
「アルセスはアリッサを守るために頑張っていただけだ。彼は何も悪くないんだ」
そう兄マーリロが言っていたと人伝に聞いたが、あれって本当だったのだろうか。
まあ、それがメリメの言ったように心底心配してくれていたのか、自分の所有物を守りたいだけの独占欲だったのかは分からないけど、今さらだわね。
初めて会った時、パーティー会場で迷子になって泣いていた私の手を引いて、家族の元に連れて行ってくれた。
「見つかって良かったね」
そう言って笑ったアルセスの笑顔に一目惚れした。彼のことが大好きで、婚約が決まった時は嬉しくて仕方なかった。
けれど、婚約者になった途端アルセスは笑わなくなった。いつも気難しい顔をするようになった。
「どうしてそんな顔をするの?
私が悪いことをしたのなら謝るし、直すから言って」
私は何度もお願いしたけれど、彼は何も答えてくれなかった。
「お前がつまらないから笑わないに決まっているじゃないか!
もし、アルセス様に婚約破棄でもされたら、修道院へ入れるぞ」
「品行方正なアルセス様はお淑やかで控えめな女性が好きなのよ。
だから、お前のような派手で媚びを売るような嫌らしい娘は好みじゃないのでしょう」
両親から辛辣な言葉を投げられ、私の心は抉られた。
アルセスがたまにでもいいから優しい言葉をかけてくれて、少しでも私のためだけに微笑んでくれていたら、私は救われたのかもしれないのに。
しかし今はもう、婚約者や家族の愛はいらない。二人の友情だけで十分だわ。
『ヘロヘロ鳥の肝の金箔ソースがけ』は絶品だった。うん。これなら超お高いお値段なのも納得できるわ。
そう思いながら料理を食べていると、メリメがこう言った。
「この料理私が支払うわ。二人への誤解のお詫びに。それに誕生日のお祝いに」
「いいわよ。貴方達に奢るのもこれが最後だから」
私の言葉にメリメは喫驚した。
「ねぇ、そろそろ決着をつけると言ったけど、それはアルセスと別れるっていう意味よね? 私達とまで別れるわけじゃないわよね」
「もちろん二人は生涯の友よ。でも、私はこの国を離れるつもりだから、滅多に会えなくなるとは思う」
「いくらアルセスと顔を合わせたくないからって、別にこの国を出る必要はないんじゃないの?」
「ところが必要大有りなのよ。
アルセスと婚約破棄すると、すぐさま第一王子から結婚を申し込まれる手筈になっているみたいなの。
だから、その前に逃げないとまずいのよ」
「第一王子のアルディール殿下って結婚されているわよね? 隣国の王女のシスティーヌ様と」
「ええ。でも結婚して三年経つのに未だにお子様がおできにならないから、私を新たに妻にしたいのですって
「妻ですって!
確かに今でも王室典範では側妃を認められてはいるけど、今ではこの国でも一夫一婦制だし、世界的に見ても側妃を持っている王族なんて皆無よ。
いくら懐古主義者だとはいえ、それはないんじゃない?」
「ああ。だけどあの方は本気でやる気なんだ」
とバルドも言った。
そう、実は半年前に第一王子のアルディール殿下が私に邪な思いを寄せていると、私に教えくれたのはバルドだったのだ。
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