第4章 友人の誤解
第4章 友人の誤解
その後わたし達三人はまるで自棄食いのように食べまくった。
バルドは私達と同じ情報省の情報伝達部の職員だったが、彼は伝書鳩課なので、アルコールは禁止されていない。男は女と違って酒を飲んでも理性が働いて、口が軽くならないとでもいうのだろうか。
それでは酒飲んで暴言を吐きながら妻子を殴っている男は、理性があるのにクズ発言をして、その挙句に暴力振るっているわけね。
話は逸れたけれど、私とメリメはバルドに酒を勧めた。自分達が飲めないからって、人の楽しみを奪うほど心は狭くない。それにバルドの酒は楽しい酒だから、嫌じゃない。
だけど、そんな非人間的な真似はできないとバルドからは断わられた。
本当に彼は律儀で優しい。
同じ幼なじみなら、アルセスではなくてバルドが婚約者だったら良かったと思う。
まあ、実際にそうなったとしても、やっぱり辛い思いをすることには変わらなかっただろうけど。
何せバルドはメリメ一筋だから。メリメだってバルドのことが好きなはずなのに、何故他に彼氏を作ろうとするのか、未だによくわからない。
大きなお節介だが、今日はそれも聞いてみようと思っている。
もう色々と面倒で、この国を捨てて国外逃亡するつもりなので、未練を残したくないのだ。
「ねぇ、本当にこんな高いもの注文して良かったの?」
『ヘロヘロ鳥の肝の金箔ソースがけ』を目の前にして、メリメがビビリながら聞いてきたので、私はもちろんよと頷いた。
「いいのよ。自分自身へのご褒美でもあるのだから。この一年私は本当に凄く頑張ったのだから。
ただし、正直に私の質問に答えないとメリメには分けてあげないわよ」
と言った。すると彼女は何でも答えると即答した。そりゃあそうでしょう。
何せ国鳥のヘロヘロ鳥の肝を使ったこの料理、王族や高位貴族、はたまた大商人でもなけりゃ、そう簡単には口にできないメニューなのだから。
「ねぇ、まどろっこしいのはそろそろ面倒だから直球で聞くけれど、何故心の中に想う人がいるのに、次々と彼氏を作っては振られるという馬鹿なことをしているの?
貴女はまだ処女で、恋多き女なんて嘘っぱちなくせに」
「なっ、なっ、なんてこと言うのよ、バルドの前で。名門伯爵令嬢が口にすることじゃないわ!」
メリメは真っ赤になった。おいおい、貴女は恋多き女じゃなかったの? そんなウブな本性を露わにしてどうするの。
バルドは驚いた顔でメリメを見ていた。
「こんな下ネタにもなっていないことで慌てるなんて駄目ね。アルセスに演技を教わったら?」
「えっ? 演技って、アルセスの浮気って演技なの?」
「そうよ。だって、彼、特務部のトップ諜報部員で、女落しのプロって呼ばれているらしいわよ」
「諜報部員?」
二人が驚嘆したわ。恐らく違う意味だと思うけれど。
「アルセスって普段はムスッと無表情なくせに、学生時代の芝居ではどんな役でも堂々と演じていたじゃないの。
モテモテプレイボーイからキラキラ王子様、勇ましい冒険者まで。
大体仕事で忙しいはずなのに、同時に複数の女性と付き合うなんて、あの真面目男が平気でやれるわけがないわよ」
「でもアリッサ、そもそもアルセスが諜報部員だなんて、そんな話をどこで聞いたの? バルド?」
「特務部近くのトイレで、女子諜報部員達が小声で噂話をしていたのを聞いたの。私の耳ってとってもいいから」
「そうだったのか。どこでアリッサがそれを知ったのか、俺もずっと疑問に思っていたんだ。つい俺が酔って喋ってしまったんじゃなのいかって、恐ろしくて確かめられなかったんだよ」
「なんだ。私ずっと隠していたのよ。アルセスの電話のこと。アリッサが傷付くんじゃないかって。
あれ? それじゃ私用としていたけれど、公用としていた方が良かったのかしら」
「いや、公用はまずいでしょ。スパイ行為がばれるわ」
「あっ、そうね。でも、そろそろ決着つけるって言っていたから、てっきり婚約破棄するのかと思っていたけど、違ったのね。浮気じゃないことが分かっていたのだから」
「あら、婚約破棄はするわよ。仕事だからって許せるわけじゃないもの。
むしろ、仕事では愛を囁けるのに、プライベートでは婚約者に一度も好きと言わないなんて許せないわ。
いくら政略結婚とはいえ、いえ、政略結婚だからこそ嘘でも好きだとか愛しているとか、可愛いとか言うべきじゃない?」
「確かにそうかも知れないけど。ほら、男の子って、好きな女の子の前だと正直になれないっていうじゃない。アルセスも多分それじゃないの?」
私とアルセスとメリメとバルドの四人は幼なじみである。それ故にメリメもアルセスのことをよく知っている。
「確かに十五、六の思春期の少年ならまだわかるわよ。だけど、彼はもう二十一で立派に成人して働いているのよ。照れで済ませられる年齢じゃないわ。
本当に私達はペアが逆になれば良かったわよね。
メリメは男性からの愛の告白なんて、嬉しいとも何とも思ってないのだから、きっとアルセスとでも上手くやれたわよ。
だけど私はバルドみたいに、素直に気持ちを伝えてくれる人の方が良かったわ」
「私とバルドはペアなんかじゃないわ。だってバルドは…」
「ああ、ペアじゃなかったわね。メリメはバルドのことなんてなんとも思ってなかったものね」
私はメリメの言葉を遮って先にこう言ってやった。するとメリメは目を大きく見開いて、私を睨み付けた。
「酷いわ、アリッサ。私の気持ちなんて何も知らないくせに。貴女達二人が密かに思い合ってるのを、私がどんな思いで見ていたと思うの?
アルセスがいつまでもアリッサに素っ気ないのも、自分が愛されていないと気付いているからじゃないの?」
「はあ? 俺とアリッサが想い合っているってどういう意味だよ。俺は子供の頃からずっと、お前のことが好きだって言い続けてきたじゃないか!」
普段穏やかなバルドも、さすがにとんでもないことを言われて声を荒げた。
「友達として好きってことでしょ」
「私もバルドに友達として大切にしてもらってきたけど、一度も彼から好きだなんて言われたことはないわね。
バルドが好きだと言ったのはメリメだけだと思うわよ。それにメリメが一番かわいいとも常日頃言っていたじゃないの」
「ええっ?
だけど、学園の入学式の日に、バルドはアリッサを抱き締めていたじゃない!」
入学式? ああ、あれを見られたのか。諸悪の根源はやっぱり全てアルセスだったんだわ。
「あの日ね、私、アルセスから男に媚びる厭らしい女だって罵られたの。同じクラスになった男の子と友達になったと言っただけなのに。
それまでも色々と意地悪なことばかり言われてきたので、もう我慢ができなくなって泣いていたら、たまたまバルドが通りかかって慰めてくれたのよ。
その時、バルドが婚約者だったら良かったのにと言ったのを、もしかして聞かれたのかしら? それで勘違いさせていたのならごめんね。
でも私は、メリメのことがずっと羨ましかったわ。いつもあんなにストレートに気持ちを伝えてもらえて。
私も一度でいいから誰かに愛を囁かれたいと思っていたのだと思うわ。家族からも婚約者からも言われたことがなかったから。
だからバルドに優しくされてあんなことを言ったのだと思うの」
私はメリメが好きだったけれど、嫉妬もしていた。家族に愛され、バルドに素直に愛の言葉をもらえる彼女に。
それなのにそれを当たり前のように捉え、バルドの思いを平気でスルーしているその無神経さが許せないとも思っていた。
しかし、だからといって二人の仲を割こうとか邪魔をしようとか思ったことはない。
むしろ想い合っているのはわかっていたので何とかしたいとは思っていたのだ。
それなのにまさか、自分が誤解を与えていたとは思いもしなかった。
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