第3章 腹を探り合う二人の王子
幼なじみのことを心配するのなら、早々にカスバートの目的について教えてやるべきだったろう。
彼が情報部の諜報員で、メリメから『土竜部屋』の内情を聞き出すために近付いて来たのだということを。
エリートのご令嬢が集められていた『土竜部屋』の中において唯一コネで官職に就き、しかも男好きと噂のあるメリメ。
彼女なら、簡単に自分に堕ちて、上手く誘導すれば職場の秘密や自分たちの知りたい情報を教えてくれるだろう。カスバートはそう考えていたのだろう。
ところが思いの外彼女は真面目で口が固かったのだ。完全な人選ミス。
その上酔わせて喋らそうとしても、メリメは酒も飲まないというか飲めないしね。
それさえ知らない第一王子とカスバートはその時点でツンでるわ。
『土竜部屋』の人間を騙して情報を得ようだなんて愚の骨頂だわ。
副責任者でありながら実質トップの第二王子は、彼らみたいに甘くないわよ。
そもそも第一王子のアルディール殿下は、自分が私を今の部署に引き抜いたと思っているみたいだけど、彼が動かなかったとしても、きっと第二王子のエディン殿下から辞令が下りていたと思うわ。
ただし諜報部員としてね。私としてはそんなものには死んでもなりたくなかったから、その点だけは第一王子に感謝しなきゃだわ。
それにしても仮にも情報省のトップに立つ人間が、部下を使ってわざわざ支配下に置く部署の情報を探るだなんて、ホントに情けないことをするわよね。
だから仮のトップだなんて揶揄されるのよ、第一王子。
しかもそれが内部の腐敗を暴くという大義名分があるならいざ知らず、単なる権力争いのためだけに、超エリート諜報部員を私的に使うだなんて。
そもそもライバルの第二王子はそんなことは百も承知で、カスバートを泳がせて逆にあちら側の情報を入手していたというのに。
どうやって?
もちろんメリメからよ。というより、メリメのおしゃべりを聞く私からと言った方が正解かしら。
メリメは付き合っている彼について、毎回事細かく私に報告してくるのだ。
そしてその彼女の癖をどこで誰が知ったのか、それが第二王子の知るところになり、私に勅命が下ったのだ。
しかし、それを知っていながら私が何故彼女を放置していたのか。
それは、メリメが最悪のパターン、つまりメリメがカスバートにやり捨てられるような事態には絶対にならない、ってことを知っていたからだ。
なにせ彼女には強力なボディーガードが付いていて、彼女が暴力を振るわれたり無理やり襲われるという心配がなかったからだ。
そもそも私が真実を伝えてもメリメは信用しなかっただろう。これまで同様に。
私はこの国のあり方にもう辟易していた。あんな奴らに命令されて、意に沿わないことをやらされることにもう我慢できなくなっている。
私は情報部の所属だが、仕事はスパイなどではなくただの電話交換手なのだ。
それなのに脅しで業務外のことをさせるなんて、規約違反以外の何物でもない。
しかも友人を裏切る行為を強制するなんて倫理的にも問題だろう。
これからもメリメは政争の具として狙われるかもしれない。だから私がただ辞めたのでは、私の代わりに誰かがメリメに近付けと命じられるだけだろう。
だからメリメを守るためにも、今後私の身代わりを出さないためにも、メリメ自身が変わらないと駄目なのだ。
そろそろ彼女にはこんな自虐的行為は終わりにしてもらわなければ、と私は思っている。
そのために今日私は、このレストランにもう一人呼んでいたのだった。
✼
「鳩ぽっぽ!なんであんたがここにきたのよ!
男に利用されて捨てられた私を笑いに来たの?」
メリメは私達のブースに現れた幼なじみに向けて吠えた。
「そんなわけないじゃないか!
そもそもお前は振られたわけじゃないだろう」
「はあ?」
「バルドの言う通りよ。
結局メリメの口が重くてあの男は欲しい情報が得られなかったから、敗北して別れを切り出したのだから。
彼、諜報部員としては駄目ね。まあ人を見る目がないのは、メリメも同じだけど」
私が冷静に事実を述べただけだが、メリメは目をつり上げた。
「自分のことを棚にあげて、よく言うわ。自分だって婚約者に何度も浮気されているくせに。
まあ、私みたいに捨てられてはいないけど。
ん? 諜報部員?」
「反応が鈍いわよ。あの男はただの事務方じゃなくて諜報部員だったのよ。そして貴女から『土竜部屋』の情報をか聞き出そうとして近付いた、第一王子の犬よ」
「はあ? なんで第一王子? 責任者として内部調査でもしようとしていたの?」
「内部調査というより、ライバルの第二王子の動きを知りたかったんじゃないの?
『土竜部屋』って第二王子の影響力が大きいから」
「エーッ、そんな私的な勢力争いのために私を利用したってわけ?
馬鹿にしているわ」
「貴女がこれまで、恋多き女なんて噂されるような真似をしてきたから悪いのよ。
それに言っておくけれど、私はメリメとは違って、男に利用されたり遊ばれたり浮気されたことはないわよ。
だって私とアセルスは親が決めた政略的な関係で、メリメみたいに自分で相手を選んだ訳じゃないもの」
「そりゃあそうかも知れないけど、美人のくせに何度も浮気をされるなんて、私と同じく貴女に女としての魅力がないからじゃないの?」
「よせよ、メリメ。アリッサを傷付けるなよ。大切な友達だろう?」
「ううっ……」
「いいのよ、バルド。メリメがいくら吠えたって、どうせ負け犬の遠吠えだもの。そんなことで今さら私は傷付かないわ。ただ色々ともうウンザリしていて限界だけど」
「それでようやく、結論が出て今日俺を呼んだのだろう?」
「うん。そう。でも運が良かったわ、バルドの都合がつく日で」
「元から空けてあったよ。今日は君の誕生日じゃないか。そっちから連絡来なかったら誘うと思っていたよ」
私とバルドの会話にメリメが驚いた顔をした。
「鳩ぽっぽ、アリッサと約束していたの?
というか、えっ! 今日アリッサの誕生日だったの?」
「ああ」
「二人きりならあんなに注文しないわよ」
「今日がアリッサの誕生日だってすっかり忘れてた。プレゼントは買ってあったけど、失恋してそのショックでつい……」
さっきまでの勢いがなくなり、メリメはショボンとした。そして、
「今年こそは誕生日当日にプレゼントを渡そうと思っていたのに」
小さくブツブツ呟くメリメの声を拾って、私の心は少し温かくなった。
「気にしなくてもいいわよ。いつものことじゃない。学生時代は丁度試験の真っ最中で、当日に一度も祝ってもらったことなんて無かったし、卒業後は会う機会もあまりなかったしね。
でも、後で必ずプレゼントはくれたじゃない。婚約者や家族と違って。嬉しかったよ」
「えっ? アリッサって、誕生日当日に誰からも祝ってもらえていなかったの?」
メリメが喫驚した。そりゃ驚くよね。今まで誰にもそんな話をしたことがなかったものね。だって惨めじゃない。もうどうでもいいけどね。
「ええ。メイヤード侯爵ご夫妻は必ず贈り物を届けて下さったけれど、当日に面と向かって祝ってくれたのはバルドだけだよ。決まってクッキーを手渡しながらね。
でも誤解しないでよ。あくまでも幼なじみとして祝ってくれたのよ。成績優秀なバルドはメリメと違って、テスト期間中だって余裕があったからね」
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