第20章 侯爵夫人の誤算(おまけの話)
この話で完結となります!
アルセスの母方の伯父はダイヤモンドの鉱山を所有している。そして十年ほど前、その鉱山で貴重なピンクダイヤモンドが採掘された。
母親と一緒にそれを見に行ったアルセスは、その数十個のピンクダイヤモンドのうち、ファンシーライトカラーの小粒の石に魅入られた。
自分の大好きな婚約者の髪の色にそっくりだったからだ。
この石で指輪を作って、アリッサに贈りたい。
だから伯父と交渉した。今はお金がないので買い取れないが、自分が大人になるまで売らないで取っておいて欲しいと。
しかし伯父はこう言った。
「こんな希少価値の宝石を寝かしたままにするなんて勿体ないことはできない。欲しがる者がいたらそちらに売るつもりだよ。
どうしても君が自分の力で手に入れたいのなら、まず親に購入してもらって、それを大人になったら売ってもらえばいいだろう」
と。
するとこの兄にしてこの妹有り。アルセスの母も息子だからといって彼を甘やかしたりしなかった。
母親は自分名義の資産でアルセスのために、そのピンクダイヤモンドの原石を購入してくれた。
ただし利子分はしっかり先に貰うわとばかりに、アルセスのお小遣いから、毎月利子分を差し引いていた。
おかげでアルセスは高位貴族の令息でありながらも、無駄遣いなどしない真っ当な金銭感覚な若者に育った。
というより子供のうちから自分の才能を見抜き、それを宣伝し、売り込んで収入を得るといった逞しい人間に成長した。
ご婦人達から依頼を受けて肖像画を描いたり、恋する若者のために詩を作ったり、音楽会や朗読会で美声を轟かせたり、楽器演奏をしたりして利益を得ていた。
彼の才能はそれぞれのプロから誘いを受けるほどだった。
しかしアルセスにその気はなかった。それらの芸術行為は全て、母親からピンクダイヤモンドの原石を売ってもらい、それを指輪に加工するための資金稼ぎだったのだから。
アルセスは才色兼備で芸術的才能にも恵まれた、侯爵夫人の自慢の息子だった。
ただ誤算だったのは、いつもお金に余裕のなかったアルセスがアリッサに一切の贈り物をしていなかったことに気付かなかったことだ。そして忙しすぎて婚約者との時間をほとんど取れていなかったことも。
二人は三年間同じクラスだったので、デートができていなくても、学園内では仲睦まじくしているのだとばかり思っていたのだ。
お茶会の時、アリッサがアルセスの不満を言うことはなかったからだ。
息子ばかり三人で女の子がいなかった母親は、愛らしくておとなしくて頭のいいアリッサを気に入っていたので、とても可愛がっていた。
頻繁に彼女をお茶に呼んでは美味しいお菓子などを振る舞い、事あるごとに贈り物をしていた。
しかし気を利かせて息子からの贈り物よ、とでも言っておけば良かったのに、将来の義母としての株を上げておこうと、そんなことは一切言わなかった。
息子は多芸であったので、例え金銭的な余裕がなくても、詩や歌や絵などを作って贈り物代わりにしているのだろうと思っていたのだ。
ところが息子とアリッサは婚約解消してしまった。息子は任務で女性の住まいにいたことが証明されたので、息子の有責による婚約破棄にはならなかったのだが。
この婚約解消の内幕を知らない夫人は、これを阻止しようと弁護人に依頼しようとしたのだが、その人物から、
「これまで誕生日に贈り物どころかおめでとうの一言もなく、無視され、蔑ろにされてきたアリッサ嬢が、これ以上ご子息と婚約を続けたいと思うわけがないでしょう?
もしご夫人が同じことをされても、ご主人と結婚されましたか?」
と言われてしまい何も言えなくなった。そして自分の配慮の無さに酷く後悔したのだった。
息子はあんなに婚約者を愛していて、彼女のために努力し頑張っていたのに、何故彼のフォローをしてやらなかったのかと。
息子のアルセスはとにかく優秀で大概のことを軽々とこなしていた。
しかしその反面真面目過ぎて不器用な面もあったのに、ついそれを忘れていたのだった。
そしてそれから一年後。
予定は大幅に狂ったが、結局息子が元婚約者と元鞘に収まったと知った時、夫人はホッと胸をなでおろし、心から喜んだのだった。
【 あとがき 】
アルセスとアリッサは再会したその日に、二人だけで婚約を結び直した。
そしてその一月後、メリメとバルドの結婚式に間に合うようにと迎えにきてくれたアルセスと共に、アリッサは母国へ戻った。
その際に多くの男性陣が駅で涙を零しながら手を振っていたことに、彼女は全く気付いていなかった。
そんな無自覚な婚約者を見ながら、やはり自分が彼女を守らないといけないと、決意を新たにしたアルセスだった。
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