第2章 狙われた土竜令嬢
女性とはこういうもの、という台詞が出てきますが、あくまでも男尊女卑の社会での般論です。ご了承下さい。
女というものはおしゃべりすることでストレスを発散するのだ。それと美味しい食事とお酒かな。
それなのに当然ながら、仕事上知り得た情報を口外するのはご法度。まあどこの部署でもそれは同じなのだろうが、土竜令嬢に対しては殊更に厳しい規律が課せられている。
何せ酔ってついうっかり、なんてことがないように断酒させられていたのだから。しかもそれは、酒を受け入れられない体質に薬で強制的に変えられたのだ。つまり国に勝手に体質改造をされたのだ。
海の向こうの進歩的な国では、どんな人にも人権というものがあって、本人の意思を無視して薬の投与などしたら重大な犯罪になるという。
それなのに、ここは何もかも遅れている古臭い野蛮な国だ。
酒の楽しみを奪われたこの恨みは、死ぬまで忘れない。いつかきっとあいつらに報復してやると私は思っていた。
そしてついにその時は来たのだ。
これまで私は、様々な方法で取り敢えずストレスを小出しに発散させてきた。
しかし近頃の展開を考えると、どうもそんな目先の鬱憤ばらしでは済まない事態に陥りつつあった。
だから行動を起こす機会をじりじりしながら待っていたのだが、ついに今日その日がやって来たのだ。
まさか、自分の誕生日がその日になるとは思ってもみなかったが、いつその時が来ても実行に移せるようにと、以前から準備を整えていたので問題はない。
「メリメは今日何か予定あるの?」
「嫌なこと聞くわね。先週振られて独り身になったのだから、予定なんかあるわけないじゃないの。何故そんなことを聞くのよ」
メリメはムッとした顔で言った。
「だって、なんの予定もなさそうなわりにはしっかりメイクして、お洒落をしているからよ」
「予定はなかったけれど、新しく予定ができるかも知れないじゃない。
だから、失恋した後もちゃんと綺麗にしておかなければと思ったのよ」
「その前向きなところ、私は大好きよ。見習いたいわ」
「馬鹿にしているの?」
「そんなわけないじゃない。だから、そんなメリメに相談したいことがあるのよ。
私もいい加減こんな地下暮らしからお日様を拝みたくなったから」
私の言葉にメリメが目を見開いた。真剣な私の表情を見て本気度が伝わったようだ。
「それじゃあ、とうとうアルセスと決着をつけるの?」
「ええ」
「でも、今彼は出張に行っているんじゃないの?」
「大丈夫よ。もう戻ってきているみたいだから。さっきそれを確認したわ」
「は?」
「さっきの電話ね、アルセスの私用電話だったの。
これから彼女の好きな『マリーナ=ドラティン菓子店』のチョコレートケーキを持ってお家へ向かうそうよ」
「・・・」
私は単に耳がいい訳じゃない。誰にも秘密にしているが、人の声を聞き分ける特殊能力がある。それ故に知っている人の声ならば間違えることはない。
そう。それが幼馴染で婚約者の声ならなおさらである。
さっきその婚約者の声を聞いて、以前から準備していたことを、私はついに今夜決行することにしたのだ。
✽
王都で一番人気のレストランにメリメとともに入店した私は、値段など気にもせずに好きなメニューを次々に注文した。もちろん、やけ食いする気満々のメリメも。
とても一般の女官の頼めるような値段の品々ではなかったが、彼女達は気にしない。何故なら彼女達は特殊任務に就いているので高給取りだったからだ。
それに酒を飲めるわけでもなかったのだから、高いとは言っても男性と比べれば大したことはないのだ。
「メリメ、今日は奢るわ」
「えっ? どうしたの? 同情?」
「同情というか、申し訳なさというか、お詫び?」
「ん? 意味が分からないんだけど」
「実は、メリメが失恋するのが分かっていて、何もできずにいたから。
本当はもっと早くメリメに教えてあげられれば良かったのだけれど」
「どういうこと?」
メリメが目を釣り上げた。当然だろう。そこで私はメリメの失恋、いやその恋そもそもが罠であり、彼女は知らぬ間に王家の勢力争いに利用されていたのだという事実を語った。
メリメに交際を申し込んできた男の名はカスバートという。
いわゆる高級官吏で超イケメンだという輩だったので、とにかく女性にモテて、絶えず女性に囲まれているような男だった。
だからメリメは彼から誘われても、どうせからかわれているだけだと思って、当初は相手にもしていなかった。
しかしいくら断っても、しつこくみっともなく誘ってくるカスバートの意外な一面に、人情深いメリメはつい絆されてしまった。
つまり彼女はどちらかというと、いわゆるダメンズ好きだったのだ。
ところがだ。
結果的にこのプレイボーイのカスバートは判断を誤った。
メリメは確かにダメンズ好きだったが、ダメンズの言いなりになって、理性を無くして尽くすタイプではなかった。
彼女は駄目男を無事に調教して、全うな人間に改造することに生き甲斐を感じてしまうタイプだったのだ。
それ故にメリメと体の関係を持って、ピロートークで情報を得ようとしていた彼の思惑は破綻した。
男好きと評判だったメリメだったが、どんなに甘く懇願されようと、正式に結婚してからね、と絶対にカスバートとホテルへは行かなかったのだ。しかしとうとうしびれを切らしたカスバートが夕べ、
「僕を愛しているならいいだろう?」
とホテルに誘ったのだが、メリメは結婚届を差し出して、
「貴方も私を愛しているのならまずこれにサインして。そしてこれを役所に提出した後ならいいわよ」
と答えた。するとこれまでの交際相手同様カスバートも、急用ができてすぐにその場からいなくなってしまったというわけだ。
そして今朝メリメが彼の職場へ出向いてみると、他国へ長期出張へ出かけて帰国予定は不明だと伝えられたらしい。
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