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第1章 土竜部屋の土竜令嬢

完全な異世界で特定の国をイメージしていませんが、文化水準はホームズさんの世界感です。

街中は馬車が走っているが、遠出にはする時は汽車も利用する、みたいな。

まだまだ男尊女卑な社会ではあるが、貴族令嬢でも職業婦人になれる社会設定です。


四万ちょいの文字数で20章で完結します。

読んで頂けるとうれしいです。

ただし、メンタル弱者なので、キツイ、苦手だという感想を持たれた方は、書き込まず、すぐに閉じて頂けると助かります。

第1章 土竜部屋の土竜令嬢


「君を心から愛しているよ。今すぐ会いたいけれど、仕事が遅れそうなんだ」

 

「えっ?そうなの? 何時くらいになりそうなの?」

 

「夜八時は過ぎてしまうと思う。ごめんね。

 でも、約束していた君の好きな『マリーナ=ドラティン菓子店』のチョコレートケーキは予約してあるから、ちゃんと持って行くよ」

 

「嬉しいわ。待っているわ。愛しい人」

 

 低音イケボ。耳にゾクゾク響いてきて、女性の胸をざわつかせるわ。後三時間も待たせるなんて酷い人ね。

 それにしても、ずいぶんと甘ったらしい声で喋っているわね。わざとらしく媚びた声を同性が聞くと嫌悪感を抱くものだけれど、異性にはこういうのが心地良く聞こえるんだろうな。

 そして結局これができないから、私は相手にされないんだろうな、婚約者に。

 

『ツーツーツー』


 ✽

 

『マリーナ=ドラティン菓子店』のチョコレートケーキ・・・

 我が国において最高級のケーキの代名詞。

 

 私は八歳の時に同い年の彼と婚約した。親の決めた婚約で、彼は不本意だったらしく私にはとても素っ気なかった。

 しかしその婚約者は私の初恋の相手だった。だからたとえ相手にしてもらえなくても、彼のことが大好きだった。


 実の両親とは違い、婚約者の家族はとても優しくて、私を実の娘のように可愛がってくれた。

 そして彼の母親の侯爵夫人からは、色々な贈り物をしてもらった。私にとって侯爵家は、自分の家に家にいる時よりもホッとできる場所だった。


 十二歳の私の誕生日、おめでとうの一言もない婚約者に悲しくなって、初めて恐る恐る文句を言った。すると彼から、

 

「君にピッタリの贈り物を見つけた。『マリーナ=ドラティン菓子店』のチョコレートケーキだ。

 だけどそれはとても貴重で高価なものだ。

 それを買うためにお金を貯めないといけない。だから貯まるまでは、君に贈り物はできないが文句言うんじゃないぞ!」

 

 と言われた。いくら高級とはいえ、そんなにべらぼうに高いケーキがあるわけないのに。

 そもそも私は、『マリーナ=ドラティン菓子店』のチョコレートケーキが欲しいなんて一言も言ったことはなかった。

 いや。確かに食べたいと思ってはいたけれど、それを婚約者に強請らなくても、大人になったら働いて自分で買えるのにと思っていた。

 

 でもあの宣言通り、それ以後も、彼は本当に何も贈り物をしてくれなかった。

 私は何も高価な物が欲しかったのではなく、彼の心のこもった()()が欲しかっただけなのに。


 私は必ず手作りの品を婚約者に贈っていた。独り善がりと言われないように、何度も練習して上手にできた刺繍入りのハンカチや小物などを。

 自分の思いが強過ぎるという自覚はあった。だから、彼の手作りの品が欲しいだなんて重たいことはいわない。

 だけどせめて、彼の得意な詩や簡単なイラストでももらえたら、きっと私はそれらを家宝にして、大切にしていたと思う。

 それが無理ならせめて道端の花でももらえたら、それで栞を作って肌身離さず持つことができたのに。


 あっ、また昔の根暗だった頃の思考に戻っていたわ。いけない、いけない。

 あのケチ臭い男のことなんて、とうの昔にどうでもよくなって、せっかく今の今までそんなことは忘れていたのに。

 

 でもそういえば、当然といえば当然だが、結局私は十八歳の自分の誕生日に、『マリーナ=ドラティン菓子店』のチョコレートケーキを贈られることはなかったな。

 まあ、万が一たとえ彼がそれを覚えていたとしても、私の居場所を知らなかったのだから、贈ることはできなかったとは思うけれど。

 

 ✽

 

 通話が終わると、私は受話器を元の位置に戻した。

 そしてノートに使用した職員の職員番号と相手の電話番号を記入した。

 

「アリッサ、今の電話ずいぶんと短かったわね。どっちの電話?」

 

「私用」

 

 同僚のメリメに簡潔にそう答えると、私はかかってきた時間と通話時間に続けて『私用』という文字をさらにノートに記入した。

 

「やっぱりこの時間だと私用の電話が多いわよね」

 

 とメリメが呟く。

 そう。今は終業時間の三十分前。仕事帰りの連絡を取り合う人達の私用電話が八割を占める。

 

 どこそこの飲み屋で集まろうとか、どこそこのレストランやホテルで待ち合わせをしようとか、どこそこの店の何とかいう商品を買って帰ってきてという依頼とか……

 

 一年前にこの国でも、とうとう電信電話という最新式の伝達ツールが採用された。

 

 他国で発明されてから五年も経ってようやくだ。この国は伝統を重んじて変化を嫌う傾向がある。だから新しいことをなかなか受け入れられない。

 いつだって、諸外国との関係で差し障りが出てきてようやく、嫌嫌ながら新しいものを受け入れるということを繰り返している、本当に情けない国なのである。

 

 電話のことも我が国の上層部は、諸外国との連絡は伝書鳩で十分だと高を括っていたのだ。しかし、とある緊急国際会議において、我が国だけ大幅に遅刻して大恥をかいたことがあった。

 そりゃあそうだ。

 瞬時に相手に繋がる電話と違って、伝書鳩じゃ数日かかるのだから。

 

 我が国の大臣が会議場に辿り着いた時、既に会議が終わってぞろぞろと各国の大臣達が退出し始めた所だったというのだから、なんともみっともない話だ。

 

 その後も大口プロジェクトの競争入札に間に合わなかったりして、国益にまで影響が出てきて、様々な業者が我が国を見限って出て行く者が増えてきた。

 そんな状態になってようやく電話を導入したのだから、全くもって情けない。

  

 決定後はそりゃあもう突貫工事で国中に電信柱と電話ボックスが設置され、役所と貴族の家は強制的に電話を設置させられた。商売人は大喜びで積極的に自ら電話を設置した。

 そして現在に至るというわけだ。

 このようにやろうと思えばすぐにやれたのだから、国が傾く前にさっさとやれば良かったのだ。

 とは言え、電話を取り入れたものの王家や国の上層部は機密漏洩を恐れて、王城で使用される通話の内容を全て記録することにした。

 そのために新たに設置されたのが、私が今いる地下電話交換室というわけだ。

 

 通称『土竜(もぐら)部屋』。

 

 そして電話交換手をしている私達は『土竜(もぐら)令嬢』と呼ばれている。

 全員が貴族令嬢で、難関の官吏試験に合格している上級官吏だ。約一名を除いてだが。

 私達の身分は秘匿され、こちらの声にはエコーがかかっていて、家族にだって正体が分からないようになっている。



 私の名はアリッサ。フロッグ伯爵家の一応令嬢だ。

 何故一応というのかといえば、学園を卒業したその日から伯爵家には戻っていないからだ。

 そして両親や兄とも、この三年まともに会っていないし口もきいていない。

 

 私は難関の官吏試験に合格して、最初は議会の速記係をしていた。

 しかし約一年前に情報省に引き抜かれたのだ。

 そう、職員全員の能力確認のためだと騙されてテストをされた結果、この忌々しい省に異動させられてしまったのだ。私は速記能力だけでなく、耳まで非常に良かったことが判明したからだ。

 まあ、ただ耳がいいだけではなくて、私には一度聞いた声の持ち主を聞き分けられる能力がある。

 しかし悪用されたくないので、秘密にしているけれど。

 だって、知られたら絶対に第二王子に諜報部員にさせられてしまうものね。

 今だって似たようなことを無理やりさせられているくらいだし。本当にふざけんな!だわ。

 

 わたしはここでの仕事をすぐに覚え、上司のご希望通り滞りなくこなし、リーダー的役割をさせられている。

 しかし、私はこの職場に就いて、まあ、色々と精神がやられている。

 正直すぐに辞めたかったが、これだから女は使えないと悪評が立ったら同僚に迷惑がかかる。だから我慢した。最低でも一年はここで我慢しようと。

 そしてその最低ラインの一年が過ぎたので、それ以降私は辞表を出すタイミングを見計らっていたのだが……


読んで下さってありがとうございました。


何度見直しても誤字脱字が出ます。ご容赦下さい。いつも報告して下さる皆様には深く感謝しています。

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