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7/24

父上が帰ってこない 5

少し短いですが、キリがよかったので。


宜しくお願い致しますm(_ _)m




 なんだ?

体中がジンジンする。

いや、カッ、カッ、と沸騰する。

熱い!熱い!?


 喉に何か詰まってるようだ。

苦しい!ゴホゴホッと激しく咳込む。

大分、楽になった。……あぁ、そうだ!

 私はあの茶葉を噛んで意識をなくしたのではなかったか!?



 何とか頑張って重い瞼を開けると、父上のお顔が視界にとびこんできた!



 私は無我夢中で、父上にしがみついて泣き叫んだ。倒れた時の事を思い出していた。

 目の前が真っ暗になって怖かった。意識を失う瞬間、なぜか思ったのだ。「また失うのか」と。誰を、何を失うのかなど分からない。けれど怖くて堪らなくなった。



 父上、父上と呼びながら硬い胸に頬を押し付ける。抱き締めてくれる力強い腕に、無条件にこの腕の中にいれば大丈夫だと心から思えた。次の瞬間。


「もう大丈夫だ。父がついている」


 ……ちちうぇ…父上!

 私の父上!!

 眼がカッと開き腹の底から沸き上がる強い歓喜に胸が打ち震える。



 その時、母上の声が聞こえてパッと顔をあげる。すると目の前に涙を流しながら微笑み、私に両手を差し伸べる母上がいた。

 何を思う間もなく母上の腕の中に、ぎゅぅっと抱き締められていた。



 あぁ……

 ははうぇ…母上だ。

 この温もりに溺れたかった。

 この匂いを嗅ぎたかった。

 私には触れる事の出来ないものだと諦めていた。


「あぁ、わたくしの坊や!無事で良かった!」



 その言葉を聞いてハッと我に返り、私は()()()()を思い出した。そして自分の考え無しな行動で周囲の皆をどれだけ心配させたのかに気付いた。



 今度は、情けなさと羞恥心で顔が上げられず相変わらず涙も止まらず、堪らなくなった私は母上の肩に額をぐりぐりと擦り付ける。

 私は一体何をしているのだ!


 危うく自分と自分に仕える者達を殺す所だった!

 父上と母上にも物凄く心配を掛けたに違いない。

 父上はあんなにも憔悴していたというのに。

 私は本当に至らない。



 ちゃんと謝りたいと思うのだが、どうにもこうにも涙がとまらず、まともな言葉など出てこない。

「ははうぇぇ~~…ぅえっ、ぅぇっ」と繰り返すしか出来ない。



 しかも、安心したせいか泣き喚き過ぎたせいか、おねむに襲われていた。

 頑張って声を出そうとし、瞼を開け母上を見ようとするが、抵抗空しく今日も負けてしまう。時間も場所も選ばない、もうお眠には溜め息も出てこない。

 結局寝るのか。

 心苦しさに、また泣きそうだ。



「……はは…ぅ……ち……ぅぇ……」







 ここはどこだ?

 真っ暗過ぎて目を開けても閉じても、暗闇の度合いは変わらない。

 自分の手すら見えない闇の中、それでも目を凝らしていると仄かに光るぼんやりとした何かが見えてきた。



 思わず近付いて行くと、ぼんやりしていた輪郭りんかくが段々とはっきりしてきた。

 かすかに声が聞こえる。

 なんとなく懐かしいような悲しいような……

 これは誰の声だったか。



 思い出せそうで思い出せない。もどかしくなるが、何やら背中が引っ張られるような感じがして後ろを振り向くと、目が覚めた。





「……ぅえ?」


「若様!気がつかれましたか」


 カスぺルがほっとしたような顔で私を見つめ、声をかけてくる。ブルーノも駆け寄ってきてカスぺルの横に並んだ。



「お体は大丈夫ですか?どこか苦しい所や痛い所はありませんか?」



 また涙が零れそうになるが、ぐっと堪える。

 きちんと、けじめはつけなければ。まずはカスぺルとブルーノだ。



「だいじょぶ、げんき。

 かしゅぺりゅ、ぶりゅーにょ、ごめんちゃい」



 まだ少し重くだるい体を起こし、ベッドの上にちゃんと座り頭を下げる。



「若様!」


「若様!?」


「ちゃんと、みんなに、いわなくちゃ、りゃめっだった。わたしが、じぶんかっちぇ、ぅっ、だかりゃ、しんぱいかけた。

 だかりゃ、ごめんちゃい」



 暖かい手に優しく肩をつかまれる。顔を上げると、ベッド脇にしゃがんで私を見るブルーノと、同じくしゃがんだカスぺルがいた。

 ブルーノがゆっくりと、穏やかな口調で話し出しす。


「若様が怖い思いをしないように、痛い思いをしないように、そして若様の命を守る為に私達はいます。

 若様は自分勝手なんかじゃありませんよ。

 でも、もう少し若様が若様を大事にしてあげてください」


「わたしが、わたしをだいじ、にしゅる?」


「そうですよ。若様は私達にいつも優しくして下さいます。若様自身にも優しくして欲しいのです」


「あまっちゃれ、じゃない?」


「甘ったれではありませんよ。何でも言って、いつでも頼って下さい。

 それが若様を守る事になり又、私達が守られる事にもなります」


「……わかった。がんばりゅ!」



 カスぺルは私の手を持ち優しく撫でる。


「ふふっ。頑張らなくても良いのです。

 まだ、こんなにお小さいのです。

 若様のやりたい事をお手伝いさせて下さい」


「かしゅぺりゅに、しかりゃりぇたりゃ、ぶりゅーにょ、にょ、うしりょに、かくりぇてもいぃにょ?」


「はははっ!もちろんですとも。いつでも背中に隠してあげますよ!」


「若様……ブルーノまで、まったく!」


「にゃかにゃおり?」



 カスぺルとブルーノが大きく笑う。その笑顔を見てやっと安心した。



「はい。仲直りです」


「さ、若様はまだお休みしなければ。果実水は飲めますか?」


「にょど、かわいた」



 カスぺルから受け取った果実水のカップを両手で持ち、ごくごくと飲み干す。

 思ったよりも乾いていたようだ。もう一杯注いでもらい、今度はゆっくりと飲む。

 果実水が体中に流れていくのを感じ、気分がすっとする。

 そこで気になっていた事を尋ねる。



「……あにょね、かーりゅとりゅしあんは?」


 不安そうにする私に、ブルーノがにこっと笑って頭を撫でながら教えてくれた。



「大丈夫ですよ。2人共今は控え室で休んでいます。時間になったら、私達と交代します。

 次に目が覚めたら、カールとルシアンがいますからね」


「よかった!かーりゅとりゅしあん、わたしのしぇいで、ちちうぇに、おこりゃりぇて、いにゃく、なっちゃったにょかと、おもったにょ」


「ご安心ください。旦那様は若様のお話も聞かずに、そのような事などなさいませんよ」


「私達はこれからも変わらず若様のお側におります。ご心配されずとも大丈夫ですよ」


「ありがと。かしゅぺりゅ、ぶりゅーにょ」


 へらっと笑うと、ぐぅぅ~とお腹がなった。

恥ずかしい。



「本当にお体は大丈夫なようですね。何かお腹に優しい物をお持ちしましょう」


「あにょね、えりゅまーの、あまいのがたべたいにょ」



 カスパルが笑いながら言うので、ねだってみた。もう夜だから駄目かもしれない。



「ふふっ。では、エルマー料理長に聞いてみましょう。すぐにご用意致しますので横になられてお待ち下さい」


「ん」



 ブルーノがこちらを見てにこっとすると、扉の前に戻って行った。

 ベッドに横になると、カスぺルが薄い掛け布団をふんわりと掛けてくれた後、顔の横にそっとライオンを置いて、静かに寝室を出て行く。



 ほぅっと、静かに息を吐いて枕に頭を沈めるさらっとした気持ち良い肌触りに安心する。

 サイドテーブルに置かれたランプが柔らかくベッドを照らす。もう、すっかり夜だ。

 



 ランプには『女神の石』が嵌まっている。

 これは初代王妃殿下、女神の娘が最初に採掘した、力、動力が溜められている不思議な石だ。

 この石を使って様々な道具が造り出され、広く国民の生活を支えている。



 この石は小さな物でもランプ位なら2~3年は力を保ち続ける。

 詳細はよく知らないが、力を流したり遮断したりする事で、灯りを付けたり消したりボタン一つで操作出来る。


 この石が使われるようになるまで、暗い場所で光を得る手段は灯火ともしびしかなかった。危険な感じだ。


 石の力が失くなると勿論、道具は動かなくなる。石は半透明に輝いていて、力が失くなると乳白色になり輝きも失くなる。

 力の無い石は纏めて回収され、鉱山に戻され何年か寝かされる。そうすると石に力が戻るのだ。


 石の回収と交換は国の事業だ。どんな小さな村にも交換所はある。手数料は必要だが、子供のお小遣い程度だと聞いた。

 セルリアン王国の国民であれば誰でも利用できる。



 ちなみに、いくつかある同盟国には力の石を貸し出している。

 国によって事情は変わるが、山脈を挟んだ隣国エッカルド王国(母上の母国)では、明かりに関しては力の石と灯火、半々位だと母上が仰っていた。




 閑話休題

 



 父上の言葉を聞いた時の事を思い出す。



 あの一時、私の心の中に逆行前の『幼子の私』が飛び出してきた。

 父上の、私を心から心配する、あの言葉。

 あれが()()()になった。



 あの強烈な歓喜。それも当然の事だ。

 逆行前の私は物心ついてからずっと、父上と母上の愛情と関心を求め続けた。

 体と心は大人になり、幼い頃の記憶は残っていても、両親に焦がれた気持ちには蓋をした。

 五才で父上を諦めたあの頃に。

 


 これは推測だが。

 茶葉を噛んで意識を失くした。その意識を薬で無理矢理戻した。

 

 逆行前と逆行後、上手く意識は混ざっているけれど、薬のせいで不安定になったのかもしれない。

 だから弛んだ所から一瞬、記憶が呼び覚まされてしまったんだろう。父上の声に反応して。


 憧れて、焦がれて、そして諦めて蓋をした。

 「大丈夫だ、私がついている」

 一番欲しかった言葉だと思う。

 それは『思い』が飛び出すのも仕方がない。


 落ち着いて、泣き疲れて、ゆっくり眠ったおかげで、記憶も感情も安定したようだ。

 




 生まれてからのあらゆる取捨選択が、前の人生と今の人生の違いを生んでいる。

 人はよく、あの時こうしていたら、もしも反対の道を選んでいたら……等と考える。

 その通り違う結果になるかもしれないし、ならないかもしれない。



 だが、普通は()()()()()()()()()()



 私は逆行前に何が起こったのか、記憶がない。

 けれど、王家の色や星屑の瞳の事は覚えている。そして私は赤ん坊になっている。少し考えれば分かる事だ。



 未曾有の危機がセルリアン王国を襲ったのだ。






 セルリアン王国には建国神話がある。

 その神話で建国王と女神の娘は、ローゼリアの咲き乱れる花園で出逢い、恋に落ちた。

 創造神である母女神は「あなたが幸せであるのなら」と婚姻を許した。



 女神の娘は初代王妃となる。

 港や鉱山等を開発し、農業の発展や船の造船技術・操船術に至るまで、ありとあらゆる国の繁栄の為に惜しみ無くその知識と力を注いだ。



 セルリアン王国の人々は、感謝の念を込めて女神の娘を『女神』と呼ぶ。

 間違いではない。それだけのものを、女神の娘はセルリアン王国にもたらした。


 しかし、創造神である女神の事も『女神』と呼ぶ。人によって違う、としか言えない。

 私の母上は、エッカルド王国で生まれ育ったので、母上が『女神』と言ったなら、それは創造神の女神だ。


 『女神』なのか『女神の娘』なのか、それは誰にもわからないが、呼び名にはあまり意味が無いと私は思う。

 呼び名が違っても感謝の心は伝わるはずだ。



 繁栄すれば、当然妬まれる。

 他国からの侵略、国内の反乱、王位の簒奪……


 だが事実として、セルリアン王国の歴史書に建国から今に至るまで、国家の危機など一度もない。八百年以上だ。

 その様な事が有り得るだろうか。



 人間というのは、ありったけの欲望にまみれて生きている。

 反乱や簒奪さんだつは、国が栄えていても貧困にあえいでいても、良い王でも悪い王でも起こる。

 そんな事は関係ないのだ。

 欲望が人を動かす。



 ほんの少しのきっかけで、とことん坂を転げ落ち、底無し沼に沈んで2度と這い上がれず死ぬまで続く負の連鎖。

 ほんの少しのきっかけで、いつまでも続く幸せの連鎖に恵まれる事もある。

 それが人生だ。

 幸せに続くきっかけなんて、稀な話だが。



 そこで女神の娘はセルリアン王国を守る為、最高の防御をいくつか用意した。

 そのひとつが王家の色であり、星屑の瞳だ。

 故に……



 『星屑の瞳には救国の力がある』と言われる。


 防御だと言うが、どんな力かは誰も知らない。

 知らないから力が使われた事はないのだろう。

 そもそも本当にそんな力があるのか、信じられない。

 八百年以上前の話だ、ただの伝説だと思うけれども王家にしか現れないらしいし、見れば確かにとても美しく、特別な輝きを放っている不思議な瞳だ。

 さすが王族だ!



 セルリアン王国のほとんどの人々は、いや他国も含めて、このような認識だ。



 だが、必要がないなら何故現れるのだ?

 わざわざ王家の直系の王子のみに?

 女神の気まぐれか?


 クリスハルト殿下は、確か五人目の星屑の瞳だった。建国から八百年余り、本当に防御の為の力なら、過去四回の国難があったと云う事になる。



 誰も見た事がないから、誰も知らないから、だから使われた事はないんじゃないか。



 そんな訳があるものか!

 使われたはずだ。

 ()()()()()()()


 赤ん坊に逆行した私の()()は、星屑の瞳だった。右目、だけだ。

 もちろん幼子の今もそのままだ。



 逆行前、私の髪は濃い金色で瞳は澄んだ濃い緑だった。王家の色だ。

 だが、私は星屑の瞳ではなかった。


 当たり前だ。私は傍系になった王子、元第二王子の息子だ。

 父上は直系に生まれたが、兄王子(現国王)が婚姻し王子が誕生した。

 故に、この王子が直系の血統となり、第二王子(父上)は傍系となる。星屑は直系の王子に出る。

 本来なら、例え片目でも私に星屑が出るはずかないのだ。父上は母上との婚姻を機に臣籍降下しており、公爵となった。王族ではないのだ。そして私は公爵子息なのだ。


 私の瞳に例え片目であっても、星屑が現れる事がどれだけ異常な事か……

 八百年の王国の歴史で、直系以外に存在しなかったのだ。八百年だ。



 星屑の瞳はこれまで皆、両目が星屑の瞳で生まれている。クリスハルト殿下もそうだ。

 私は片目だ。


 一回使ったからではないのか?



 私が二十才の時までに、何か起こったのだ。

 『未曾有の危機』が。

 そしてなぜか私の瞳が星屑になった。

 分からない事だらけだし、筋が通っているのかいないのか、女神以外に真実を知る者はいないだろう。だから、これは私の考えだ。



 だいたい逆行なんて荒業、女神以外に誰が出来ると言うのだ!!



 もう一つある。

 私が赤ん坊にまで逆行したのは、其処まで遡らなければ国を救えない、という事ではないのか。

 逆に言えば、其処まで遡れば国を救えるという事か?



 考えても仕方のない事だ。

 だが考えてしまう。

 何度も繰り返しになるが、何があったのか記憶が無いのだ。

 赤ん坊にまで遡れば国が救えるとしても、赤ん坊に出来る事などあるはずもない。

 本当に分からない事しかない。


 僅かに残った記憶と、逆行後の記憶。

 それだけを手掛かりに推測なんて、自分でも無理があるのは分かっている。



 今現在、逆行前と確かに違うと言えるのは、両親の仲の良さと私が愛されている事、それだけだ。




「若様、起きていらっしゃいますか?」


「かしゅぺりゅ?おきてりゅ」


「お食事のご用意が出来ました。どちらで召し上がりますか?」


「いつものばしょで」


「?いつも、でございますか?」


「あっ!えっと、かんちがい?うぅ、しょ、しょふぁーで、たべりゅ!」


 ぼやっと考えていたせいか、『1人で食べる』と思ったせいか……ぽろんと、口から転がり出てしまった。


「では、あちらのテーブルにお出ししますね。リビングまで歩けますか?」


 カスペルは気にしないでくれたらしい。

 良かった。

 ベッドから下りて、ゆっくりと歩く。うん、大丈夫だ。ふらつきもないし、頭もはっきりしている。

 リビングに入ると、母上がいらっしゃった!


「ははうぇ!」


 私が母上の足に飛び付くと、しゃがんで頬を撫でられた。


「お行儀が悪いけれど、仕方がないわね。今は大目にみましょう。さ、食事にしましょう」


「え?……ははうぇと、ごいっしょ、できりゅのでしゅか?」


「もちろんよ?父上がいらっしゃらない時は、いつも2人でお食事しているでしょう?」


「しょ、しょうでしたっ!にゃ、にゃんか…」


 なんだか、落ち着かない?

 涙が、ぽろぽろと落ちてきた。

 なぜ?私は今悲しくないのに。

 母上に、ふわっと優しく抱き締められる。



「どうしたの?まだ体が辛い?」


「あぁ…しょうか……まだしゅこし、のこってたのか……」


「レオ?」



 逆行前の『幼子の私』の、最期の欠片が少し残っていたみたいだ。あぁもう大丈夫。涙も止まった。


「ははうぇ、ごめんちゃい。だいじょぶ。おなかしゅいたでしゅ」


「本当に大丈夫?」


 母上が心配そうに私の顔を覗き込む。


「はい!いっぱい、たべましゅ」


「それならいいわ」


 母上は私をソファーに座らせると、向かいのソファーにお掛けになった。


 私の好きなかぼちゃのポタージュで作ったパン粥を、カスペルが食べさせてくれる。

 私は今一人で食べる練習中だが、今日は色々あったし、ソファーで食べにくいのでカスペルの出番だ。


「かしゅぺりも、れんしゅぅ、した?」


 もきゅもきゅと、口の中が空になるまで食べきってから聞く。

 気になったら聞く。大事な事だ。


「なんの練習でしょう?」


「わたしに、たべしゃしぇる、れんしゅぅ」


 ん?今、視界の端で何か動いた?

 顔を上げたが、母上がにこやかにお茶を飲んでいた。

 今日はもう遅いから、沢山食べると美容に良くないらしい。私は幼いので空腹の方が良くないらしい。なるほど?


「ふふ。練習など必要ございませんよ。若様はとても上手にお召し上がりになりますので」


 カスペルは程よい間隔で口に運んでくれる。


「まりゅで、じぶんで、たべてりゅようだ」


「若様、お腹はどうですか?まだ大丈夫ですか?少しですが、料理長が用意して下さいましたよ」


 そう言ってテーブルに置いたのは、黄金色に輝くあの焼き菓子だ。


「えりゅまーの、あまいにょ」


 思わず顔が緩む。

 カスペルが温かいミルクを、カップに注いでくれる。エルマーの焼き菓子は、温かいミルクとも相性は抜群だ。

 沢山食べられないので、大事に食べる。


「レオ?どうして、菓子を置いて見つめてるの?食べたかったのではないの?」


 母上が不思議そうに尋ねる。


「ははうぇ、てに、もってりゅと、きぇちゃぅ、にょでしゅ。だかりゃ、しゅこし、じゅちゅ、たべりゅのでしゅ」


「まぁ……消えるの?」


「ねぇ、かしゅぺりゅ、きぇちゃぅの、しってりゅでしょ?」


 傍らで控えていたカスペルは優しく微笑みながらこう言った。


「はい。若様のお口に」


「しょんな、ばかにゃ……」



 美味しい焼き菓子も堪能した後は、寝る仕度を終わらせライオンへお願いをする。

 ふかふかのベッドにもぐり込むと、カスペルが私に上掛けを掛けてくれる。


「かしゅぺりゅ、つぎにおきたりゃ、かーりゅとりゅしあんに、あえりゅ?」


「はい。もちろん会えますよ」


「……あのにぇ、あのね、かーりゅとりゅしあん、おこってない?わたしは、わりゅいこだった」


 私が上掛けで顔を隠すと「ふふふ」と笑い声が聞こえて、目だけ出してみた。


「ご心配は無用にございますよ。

 カールもルシアンも、怒ってなどいません。

 若様の事を心配していましたよ」


 顔を全部出してカスペルを見る。


「ほんとぅ?」


「はい。本当にございます。

 だから、若様はぐっすりとお眠りになって、二人にお元気な姿を見せて上げて下さい」


 カスペルはにっこり笑うと「大丈夫ですよ、若様」と言って、頭を撫でてくれた。


「わかった。ちゃんとねて、かーりゅとりゅしあんに、げんきにごめんちゃい、すりゅ」


「ふふ、はい。きっと二人も喜ぶでしょう。

 では若様、お休みなさいませ。良い夢を」


「おやしゅみ、かしゅぺりゅ」


 カスペルは足元のランプをいくつか残して消灯し、静かに退出していった。





 そして私はぐっすりと眠り、気が付いたらいつか来た真っ暗な空間に一人でいた。




お読み下さりありがとうございますm(_ _)m

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