王子殿下と変な侍従 4
宜しくお願い致しますm(_ _)m
**クリスハルト王子視点**
「女神が私の命を助けて下さったのだ」
私がそう告げると、いつもの変な侍従の様に部屋にいる全員が、目を見開きそして口まで開けた。
なんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。私がくすくす笑っていると、思った通り立ち直りが早い変な侍従が「殿下、どういう事ですか」と、聞いてきた。
「実はな、私は全部見ていたのだ」
真面目な顔で変な侍従を見て、父上、叔父上へと視線を移す。
「殿下、その前にベッドに横になって下さい。お体に障ります」
変な侍従が心配そうに言うが、私の体は完全に元通りだ。父上と叔父上も、変な侍従の言葉に頷いている。
「心配せずとも大丈夫。本当に元通り、元気になりました。
女神の事はお話したいですが、父上も叔父上も、大丈夫なのですか?
私のせいで、ずいぶんと時間を無駄に、」
「無駄ではない!決して無駄ではないぞ。
……すぐに無理な事は分かっている。
少しずつで良い、私がお前を大切に思っていると、知って欲しい」
父上が私の言葉を遮り、ゆっくりと言い聞かせるように、私に語った。
まだ信じられない気もするが、変な侍従を見ると頷くので、少し安心する。
私は父上に頷き、返事をかえす。
「はい。私の事も父上に知って頂きたいです」
「そうだな。これからは、一緒に過ごす時間を作り、お互いを知る事がきっと毎日の楽しみになるだろう。
セレンの言う通り、たとえ体が元通りでも、やはりお前は疲れているはずだ。
今日はゆっくりと食事をして、のんびりと過ごしなさい。
明日、また話をしよう。良いな?」
父上は優しく私の頭を撫でると、穏やかに微笑んだ。
「私も、明日また兄上と共に来るから、一緒に話を聞かせて欲しい。構わないか?」
「はい。もちろんです、叔父上」
叔父上も、くしゃくしゃっと私の頭を撫でると、軽く手を上げ「ではまた明日な」と仰って、父上と従者と共に退出された。
「殿下、体調はどのような感じですか?
軽いものなら食べられそうですか?」
変な侍従は、私に飲み物のカップを渡しながら聞くが、私は飲み物の方が気になって、あまり聞いていなかった。
「変な侍従、これは何?
なんだか甘い香りがする」
「ただの果実水、まさか殿下……」
「うん。初めて見た。飲んでみても良い?」
「もちろんです!」
とても美味しそうだ。
ゆっくりと一口飲むと、口の中がすっきりとして、最後にふんわりとした優しい香りが鼻を抜けていく。
一気に残りも飲んでしまった。
「美味しい!これは、今日は私の体調を考えて、もしかして特別に用意してくれたの!?
ありがとう、変な侍従!」
私の言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに元に戻った。耐性が出来たのかも。
変な侍従は苦笑いして、水差しからカップに果実水をまた注いでくれた。
「違いますよ、殿下。
確かに水分は取られた方が良いですが、果実水は水よりも当たり前のように、平民から王族まで皆が毎日飲んでいるものです」
私はカップを両手で持ったまま、思わず変な侍従をじっと見つめた。
昼食にパンとお腹に優しいスープ、それに果物を少し食べると、また変な侍従が果実水を注いでくれた。
果実水のカップを見つめ、ため息を吐く。
「私は本当に、ばかにされているのだな」
「いいえ殿下。殿下をばかにしていた本当のばか者達は、もうおりません。
あいつらは自分達の都合が良いように、殿下を利用し殿下の物を横領していた、ただの犯罪者ですよ」
「横領!?」
想像もしなかった言葉に、またしても目を見開く。
「だがな変な侍従。横領と言うが、盗られる様な物はこの部屋には無いぞ?ここにあるのは、ベッドと机と椅子にソファー、空の本棚だけだ」
自分で言うのも何だが、確かに一国の王子としては質素かもしれないけど、王にもならない役立たずは、普通に暮らせるだけでも贅沢だと思っていたから、気にならなかった。
「盗られたから無い、というのもあります」
「だいたい物心ついた頃から、こんな感じだったのではないか?まぁ、本棚は違うが。
あぁ、そういえば剣が見当たらないな。
衣装部屋で見ていないか?」
「剣、でございますか?」
「そうだ。
三才位の頃、お祖父様が懇意にしていたという武器屋がいて、ある貴族に注文されていた子供用の剣が、引き取ってもらえなくなり困っていたそうだ。
出来上がった剣を子息に見せたら、宝石の付いた剣は嫌だ、彫金細工の方が良いと大変な癇癪を起こしたらしい。
たまたま店を訪れたお祖父様に、殿下にお譲りしますと媚を売り、剣の見返りに見事お祖父様から注文を取り付けたそうだ。
元々、注文するつもりで訪れていたお祖父様は、恩が売れたと喜んでいらした」
あの頃は母上もお祖父様も、もう私にお会いになる事は滅多になかった。
そのお祖父様が私に会いに来られ、私にと剣を下さった。
私への贈り物ではないけれど、嬉しかった。
だってお祖父様が、楽しそうに笑っていたから。笑ったお祖父様を見たのは、多分、あの日が最後だったと思う。
「私は剣術や体術の習得を禁じられていたのだが、どうしてもその剣を振ってみたくなった。庭に出て少し振る位なら、叱られないと思ったのだ。
確かに叱られはしなかった。
剣は重たくて、私では真面に振れなかった。
それを元侍従達と、近くにいたらしいメイド達に嗤われて、私は部屋に戻った。
ごてごてと宝石を飾り立て、重いばかりのその剣は、剣という名の張りぼてだ。
まるで私のようだと思えて、剣を目に付かない衣装部屋に置いたのだ。
元々その剣は、別の者の為に作られた物であるし、私はお祖父様が喜んでいたのが嬉しかっただけだしな。盗むなら、ぴったりの物だと思ったのだ」
苦笑する私に、変な侍従が真面目な顔をする。
「お顔を覚えている内に、母上様とお祖父様の絵を描かれますか?」
「母上の絵……?」
変な侍従の言葉に、何かが頭を過った。私は少し考えると真っ直ぐ、変な侍従を見た。変な侍従なら大丈夫だ。
思い出した事が、あった。
「あのね、変な侍従。誰にも内緒にするって、約束してくれる?」
「殿下?もちろんです。
殿下が私を信じて下さるなら、必ずお約束をお守り致します。ご安心下さい」
優しく微笑んだ変な侍従には、いつも通り嘘はなかった。
安心した私は、変な侍従を机まで引っ張ってきた。変な侍従は不思議そうな顔をしている。
私は机の足元に座り込み、変な侍従にもしゃがむように言う。
変な侍従の目線が私と同じくらいになったのを確認して、机の右側の一番下の引き出しを引っこ抜く。空っぽなので軽い。
変な侍従が変な顔をしている。ふふ。
気付いたかな?
「変な侍従、引き出しを抜いた場所の奥を、よく見てみて?」
不思議そうにしながらも、私の言う通り、影にならないように頭を近付けて見ている。
きっと頭を出した時は、目を見開いているにちがいない。
案の上、頭を出した変な侍従の目は見開かれていて、笑ってしまった。面白い。侍従長は、あんなに無表情なのに。
「からくり仕様の細工机だったのですね!?」
「そう。すっかり忘れていたのだけれど、変な侍従が『母上の絵』って言うのを聞いて、思いだしたんだ。
これは、ちゃんと父上にお渡しするけれど、先に変な侍従に言っておこうと思ったの」
私は再びしゃがみ込み、奥の細工を順番通り動かす。かたん!と、乾いた木の音がして隠しが開いたのが分かった。
念の為、変な侍従に部屋の扉は鍵を掛けてもらったけど、ちょっと胸がどきどきする。
私は慎重に手を奥に差し入れ、中の隠し扉を上に押し上げ固定する。
そして、二才の時に入れたまま放置してあった布の包みを、ゆっくりと取り出した。
布の包みを机の上に置くと、私はほっと息を吐いた。この包みを机にしまった時も、口から心臓が飛び出しそうだった。
私は深呼吸をすると、布を剥がしていく。
この布は、当時の私のブラウスだ。
二才の私に、適当な布など手に入る訳がない。自分の服を脱いで、包んだのだ。
変な侍従がブラウスを見て、驚いている。
出てきたのは、宝石箱だった。
変な侍従の目が開かれていく。
すごい。過程を見たのは初めてだ。
濃紺に染められた薄い革で被われ丁寧に作られた箱には、セルリアン王国の紋章が金色で刻印されている。
ゆっくりと宝石箱を開けると、そこに姿を現したのは、正にセルリアン王国の国宝だった。
虹色に光る大粒のダイヤモンドを連ね、セルリアン王国の王族の瞳と同じ輝きを放つ、幾つもの濃く深い澄んだサファイア。それらを白金細工で美しく造形された、女神のティアラ。
揃いの首飾りに、イヤリング、ブレスレットに指輪。全てが一つの箱に収められていた。
あまりの美しさに、変な侍従と二人でしばし見入ってしまう。
「……殿下、ご説明下さい」
すがる様な、途方に暮れた様な、変な侍従の顔に笑ってしまった。お陰で、部屋に漂っていた変な緊張感が消えていった。
「私が二才半位の頃、母上の侍女達の控え室にいたら、侍女達の話が聞こえてきたのだ。
『(王妃)殿下が、やっと手に入れたんですって!』
『一度だけ身に付けて絵を描かせるって聞いたわ』
『でも、すぐに侯爵家に持ち出してしまうらしいわ、一目で良いから見たいわね』
『だって国宝よ!』
私は、母上が侍従長を使ったのだと分かった。国宝を侯爵家に持ち去るのだと。
何日か、侍女達の控え室で過ごしていると、お祖父様が来られる日が分かった。
何となく私はその前日の夜、侍従達がいなくなってから、母上の衣装部屋のからくり細工で出来た金庫の見える隅に、こっそりとしゃがんでいた。
すると、侯爵家から母上に付いてきた侍女が、金庫のからくりを開け宝石箱を取り出したのだ。
侍女は宝石箱をテーブルに置くと、中を確認した。私にも見えた。
侍女は金庫のからくりを戻すと、衣装部屋を出て行った。もちろん私は、侍女が戻って来るのを待っていた。
うつらうつらしていると、先ほどの侍女が宝石箱を持って、衣装部屋に戻ってきた。
侍女はまた箱をテーブルに置いて中身を確認する。それから宝石箱を金庫に入れ、からくりを戻すと衣装部屋を出て行った。
私はもうしばらく待ってから、ゆっくりと音を立てないように、見ていた手順でからくりを開け、脱いでいたブラウスに包み、金庫のからくりを戻してから静かに自室に戻った。
急いで、机の隠しに宝石箱をしまうと、ひどく疲れてすぐに眠ってしまい、そのまま先ほどまで忘れていたのだ」
変な侍従は頭を抱えて、床に座り込んでいたが立ち上がり、私を抱えてイスに座らせると、屈んで目線を合わせた。
「そんなに不安そうなお顔をされなくても、大丈夫でございますよ。ふふ。
殿下、他に忘れている事はございませんか?」
「うん、多分、ないと思う。
……変な侍従、果実水飲む?」
私を見て、くしゃっと笑った変な侍従は、私の頭を一撫ですると真っ直ぐに立ち上がった。
「頂きます」
変な侍従が父上の所に報告に行くと、またすぐに戻ってきた。
宝石箱は、変な侍従が報告に行く前に、また隠しにしまった。
夕食の前に、父上と叔父上が私の部屋に来られる事になった。なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
父上達を待つ間、私は変な侍従の絵を描く事にした。私が一番好きな表情を描くのだ。
出来上がるまで、見てはいけないと変な侍従に約束させる。
一時間程で完成した。
「はい、あげる。私の一番好きな表情の、変な侍従だ。今日の日付けと、私の名前も入れておこう!ふふ」
「これは!殿下、画家になれますよ!
って、はははっ!
私はこんなに目を見開いていますか?」
「変な侍従は、私といる時間の半分以上、目を見開いているはずだ」
「まさか!殿下の勘違いに決まっています。
えぇ、そうに決まっています。
殿下、ありがとうございます!」
「えへへ。
変な侍従が喜んでくれて、私も嬉しい」
そんな事を話していると、父上と叔父上がいらっしゃった。
「どうしたのだ、クリスハルト。
休んでいたのではなかったのか?」
父上が心配そうなお顔で、私の顔を覗く。
「あの、変な侍従と話していて、思い出した事があって……、隠していたんじゃなくて、すっかり忘れていたのです」
「大丈夫だ、クリスハルト。
ゆっくり話してごらん?」
父上が優しく微笑むのを見て、ほっとした私は変な侍従を見た。
「殿下、陛下と閣下には先に見て頂いた方が、話が早いかと思います」
「そうか、そうだね。
父上、叔父上、こちらに来て下さい」
私は変な侍従にしたのと同じ説明を二人にし、机の隠しから布の包みを取り出した。
机の上に置いた包みからブラウスを剥がし、宝石箱が姿を現すと、父上が「まさかっ!」と声を上げた。
私がゆっくりと宝石箱を開けると、二人が息を呑んだのが分かった。
私はどうやって宝石箱を手に入れたのか、最初から話した。
「……まさか王子が持っていたとは」
「手癖の悪い王子はお嫌いですか?」
父上の言葉に私が返すと、父上と叔父上は一瞬黙り、弾けるように笑い出した。
「手癖が悪いどころか、お手柄だよクリスハルト。国宝が流出するのを防いでくれた」
叔父上はにっこりと笑い、父上も笑っていた。
「この宝石はな、建国王が建国十周年の記念に、王妃に感謝の気持ちを伝える為に贈った品だと伝わっている。
宝物庫に、この宝石を身に付けた王妃と建国王の肖像画があるが、残念な事に二人の瞳の部分が破れていて、顔が分からない。
だが、宝石は同じ物だ。これ程の宝石は、他国の王族でも所有している国はあるまい」
父上の話を聞いて、あの日衣装部屋から持ち出して本当に良かったと思った。
その後、時間も丁度良い事もあり、三人で夕食を一緒に取る事になった。
王族の居住区域にある、小さな食堂で食べるという事で向かったのだが……
私は心底落ち着かなくて、度々、変な侍従を振り返る。
父上には侍従長を含め四人、叔父上にも二人侍従と従者が付いている。
食堂は小さいけれど、落ち着いた居心地の良さそうな空間だったが、私は落ち着くどころではなく、泣きそうだった。
変な侍従が私の前に膝をつき、両手を持ってゆっくりとした穏やかな声で、私に聞く。
「殿下、どうされました?
何かございましたか?」
私は深呼吸をして、頑張って声を出す。
「変な侍従、わ、私は、食べられ、ない」
「食べられない?
どこがお体の調子が悪いですか?」
心配そうにする変な侍従に、強く首を横に振り否定する。何事かと、父上と叔父上も側に来て、ますます私は焦る。
「だって、だって、食べた事ないから!
私は、王子だけど、食べ方がわからない、からっ。そしたら、そしたら、父上も叔父上も、また、お会い出来なく、なるだろう?」
なんという事だ。
どうすれば良いのか分からない。
これまで、この掌より小さな物ですら、私は手にする事が出来なかった。
だから、知らなかった。一時でも手にした物を失うかもしれないという思いが、これ程までの恐怖をもたらすとは。
駄目だ、涙が出る。
と、思ったら急に体が浮いた。
驚いて涙が止まった。
父上が私を抱き上げていた。
優しい青い瞳を見ていると、焦っていた心がゆったりとしていく。
「食べた事がないとは、どういう意味なのだ?今までも食事は取っていただろう?」
「……変な侍従」
私は何と答えたら良いのか分からず、変な侍従に助けを求める。
変な侍従は、大丈夫だと言うように私に頷くと、父上と叔父上に説明しだした。
「実は殿下は、パンとスープしか召し上がった事がないのです。飲み物も水しか飲まれた事がございませんでした」
私は恥ずかしくなって、父上の肩に顔を埋める。父上が私の背中をぽんぽんと優しく叩いてくれるが、顔を上げる事が出来ない。
「私が、初めて殿下の侍従としてお世話致しました朝食と、本日の軽めの昼食、この二回のみ真面な食事をされました。
しかし体調面の配慮などから、二回共にパンとスープと果物くらいでしたので、ほとんどカトラリーは使われませんでした。
果実水も、本日初めてお飲みになられたばかりにございまして。
殿下はマナーが分からないのです。
誰かと一緒に食事をされた事がなかったのです。それは、侍従を含めてでございます。
今まで殿下は、知らない事分からない事を王城中の者にばかにされ、嗤われて来ました。
故に、また父上様や叔父君から嫌われて、お会い出来なくなるのではと、恐くなってしまったのでしょう」
私は父上の肩に顔を付けたまま、何度も頷く。父上が小さく「なんという事だ」と、呟くのが聞こえて、体がびくっとする。
「大丈夫だ、クリスハルト。父に顔を見せてくれないのか?」
「……父上は怒っていない?」
勇気が出なくて、肩に向かって話す。
「もちろん怒ってなどいない。怒るとすれば、お前を守ってあげなかった自分に対してだろう。すまなかった、クリスハルト」
私はそっと顔を上げ、父上を見る。
青い瞳は優しいままで、空いている手で私の頭をゆっくりと撫でる。
「知らない事、分からない事はこれから学べば良いだけだ。
今までお前は、何かを学べる環境ではなかった。知らない、分からないのは当然だ。
お前のやりたい事、知りたい事を何でも学べば良い」
「じゃあ、嫌いにならない?」
「もちろんだ」
「……叔父上も?」
父上の隣に立っていた叔父上を、おそるおそる見ると、ふふっ、と笑って私の頬を優しくつねった。
「当たり前だ。こんなに可愛い甥っ子を、怒ったりするものか。
クリスハルト、お前のこれまでの不遇は全て我々大人の責任だ。お前が不安になる事は、もう何もない」
叔父上の氷の瞳は、近衛の訓練場で見たのを最後に、見る事がなくなった。
叔父上の凍っていない青い瞳を見て頷く。
そして変な侍従を見ると、にっこりして頷いてくれた。ほっとした。
「さぁ、食事にしよう!
クリスハルト、ここにいるのは家族だけだ。今いる侍従や従者達は、知らない者もいるだろうが、父と叔父が信頼する者しかいない
だから安心して、マナーなど気にせず食べたいように食べるが良い。
それでも気になるなら、私たちの真似をして食べたら良い」
父上の言葉に、私はやっと微笑む事が出来た。
食事は美味しかった。
見た事も食べた事もない物ばかりで、父上や叔父上は驚きながらも色々と教えて下さり、終始和やかだった。
マナーは、父上や叔父上がゆっくりとしてくれる所作を、を見よう見真似で何とか無作法にならず、美味しく頂けたと思う。
食事の後は、家族の居間に移りお茶を楽しむ。らしい。
私は、変な侍従に果実水を頼んだ。
「果汁も上手いぞ、うちのレオニードはオレンジの果汁が大好きだ」
レオニード、の言葉に、あの美しい緑の瞳を思い出した。片目に星屑が浮かぶ、皆に愛される公爵子息。
「レオニード、とても可愛らしい子でした。
利発で皆に慕われ、父を呼び捨てにされた事を、とても怒っていた。ふふ」
あの子なら、大丈夫だと思えた。
「レオニードは、とても落ち込んでいた。
相手の話を聞きもせず、人の話す事を真実だと思い込んでいた、と」
叔父上が居心地悪そうに話すが、私は嬉しくなって笑ってしまった。
「ふふ。私の思った通り、あの子なら大丈夫だと確信していました」
不思議そうにする叔父上より先に、父上が私に尋ねてきた。
「クリスハルトはレオニードに質問してからいなくなったと、聞いた。今、確信と言ったが、レオニードに何か確信を持ったから、あの王子茸を食べたのか?」
父上の質問に、私はじっと青い瞳を見つめる。私は口を開くと、瞳を伏せた。
「少し前から私は、いずれ死のうと思っていました。でも、具体的な手段などは考えていませんでした。
あの廃屋を見付けて、よく行くようになりました。初めてあの茸を見つけたのは、いつだったか……
不思議な茸だと思いました。あの鮮やかな見た目もそうですが、手に持つとぴりぴりとするので、すぐに毒茸だとわかりました。
確信が欲しかった私は、帰り道、厩務員達の休憩室の扉の前に茸を置いて、隠れて様子を伺いました。
案の上、大騒ぎになって騎士の一人が話の中で「食べたら死ぬ」と言うのが聞こえたのです。私は少しほっとしました。
一度却下されたので、もう父上から毒を頂く事は無理だと分かっていたからです。
それに変な侍従の事を思うと、変な侍従を通して再び父上に毒を願うのは憚れました」
「なぜ、そこまでして死のうと思ったのだ?
境遇に絶望したからか?それとも、母と祖父が死んだからか?」
叔父上は真剣な顔で、どこか気遣うように私の瞳を見た。
「何も、見えなくなったからです。
私は王子であるのに何も出来ませんでした。知識もなく、剣術も体術も出来ない。
元侍従達の言う通り、正に金の無駄、だと自分でも思っていました。
母上達が生きていらっしゃるうちは、いつか王城を出て、侯爵領の片隅で平民として暮らせたらと思っていました。
でも、母上とお祖父様は処刑されてしまった。王にもなれない、王子としても役立たず、平民にもなれない。
私は、道を見失ってしまいました。
そんな時、下働きのメイドが話しているのを聞きました。『あの王子は悪女の息子なのに処刑されない。陛下が出来ないならあたしが代わりに殺してやるのに!』と。
周りにいた同じ下働きの従僕達も、そうだそうだ!と囃し立てていました。
その時に、道が見えた気がしました。
王子として生まれても、ただ生きていただけで私は何一つ、役に立てなかった。
けれども私が自ら死ねば、父上は子殺しにはならず皆にも示しがつく、新しく世継ぎになった者も私に遠慮し居心地悪い事もない。
何より、母上や侯爵家に恨みを持つ者達が犯罪者になる事から守られると、そう思ったからです。
私が死ぬだけで、いくつも利点がある。
もう躊躇う理由はありませんでした。
でしたが……
変な侍従は、私にとって光のように眩しい存在です。彼は爺が教えてくれた『誠実な人』です。
私がいる事で、変な侍従は危険な目に遭うでしょう。それも主に、私を庇う事によって。
変な侍従を、私の人生に巻き込むべきではないと思いました。離れたくないからこそ、離れなければいけないと思ったのです。
嘘はつきたくありませんでしたが、変な侍従を私から離すには、それしかなかった。
あの茸は、一本だけ、同じ場所に一本だけ育つのです。
朽ちた木に一本だけの黄色い笠は、私のようだと親近感が沸きました。
こんな私でも役立てると思うと、頑張って食べきる事が出来ました」
話し終わり、レオニードの事を話そうと口を開くと、突然横から抱き抱えられた。
私は父上の膝に乗っていた。
「どんな言葉で謝罪しようと、お前の苦しんだ日々の前には無意味だ。
どうすれば、お前に償いができるのか!」
私はぽかんとした。
周りを見ると父上だけではなく、叔父上も変な侍従も、他の侍従や従者、護衛の近衛騎士まで、全員が悲痛な表情で父上や私を見ていた。
それを見て、変な侍従が言っていた「殿下をばかにしていた本当のばか者達はもういない」と言っていた言葉を、心から信じる事が出来た。
変な侍従が嘘をついていない事は知っている。けれども、私の心が受け入れる事を躊躇っていたのだ。
「父上、叔父上、変な侍従、それに皆も。
私は私の事だけを理由に、誰かを恨んだりはしません。
私だって、決していつも態度が良かったわけではありません。むしろ口は悪かったです。
父上や叔父上がなぜ怒っているのか、なぜ睨まれるのか。嘘をつかればかにされるのか。分からない事ばかりでした。
とても寂しかったし、辛かったです。
生きていることが痛かった。
けれども、父上や叔父上は辛くなかったのでしょうか。苦しくなかったのでしょうか。
変な侍従は、陛下の事を想いそして私の事を想い、とても苦しそうでした。
父上にも事情があり、どうにも出来なかった。変な侍従はそれを知っていたから、苦しかったのだと思います。
父上の苦しみ、叔父上の苦しみ、変な侍従の苦しみ、そして私の苦しみ。
苦しみを比べる事など出来ません。
たとえば女神であれば、何もかも全てを救えるのでしょうか。そんなはず、ありません。
だから、そんなにご自分を責めないで下さい。
父上が笑って下さる、それは私にとって喜びです。父上の笑顔を見ると私も嬉しくなります。
償いなど必要ありません」
父上は私をぎゅっと抱き締めた。
その体から、父上の熱と力が伝わってくる。
それは『生きているから』感じられるものだ。私は女神に感謝した。
「そう、だな。クリスハルトが生きているのだ。未来を見なければ。笑顔でな」
「はい!」
父上は笑顔でそう仰ると私の頭を撫でた。
叔父上を見ると、優しい瞳で微笑んでいた。
変な侍従が私の横に来て、新しい果実水を渡してくれた。
「殿下がご無事で、本当に良かったです」
「変な侍従のお陰だ。これは事実として、本当に。どうして女神が私を助けて下さったのか、ちゃんと理由があるのだ」
私の言葉に、変な侍従はぽかんとした。
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