表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

王子殿下と変な侍従 2

宜しくお願い致しますm(_ _)m




**クリスハルト王子視点**




「陛下は大勢の前で『宣言』されたのですか?」


 目を見開いた変な侍従は、瞬きが極端に減る。しばらく経てば、驚く事も無くなるだろうけど、面白いと思う。変な侍従だ。


「あれは、私が二才になる少し前の事だ。

 夕食の後、私は母上に呼ばれていて部屋まで行ったのだ。

 でも、扉に行くまでもなく廊下の方まで口論する声が聞こえていた。


 廊下には私の侍従が三人、扉の前で待っていた陛下の侍従と護衛が五人位、母上の護衛が二人。

 後はメイドも何人か見かけた。


 陛下は、私の記憶する限り一番お怒りだったし、その分声も大きかった。

 私が王になるのは夢のまた夢、だそうだ。


 その後、扉を開けた陛下と対峙して、話しを聞いたならお前はどう思うかと聞かれた。

 自分の顔を見ろ、お前はなぜ自分で考えない、いつも誰かを頼り自ら行動しないのはなぜだ、と。


 私は、いつも頑張っている、父上は母上と私が嫌いなのでしょう?と答えた。


 今思い出しても、よく声が出たと思う。

 爺が読んでくれた本に出てきた黒い獣も、あの陛下を見たらきっと逃げ出したに違いない。恐ろしい姿だった。

 私は怒っていない陛下は、一度を除いて見た事はない。だからあの時も、嫌っているのだろうと言ったのだ。


 陛下は『やはり駄目か』と、首を振りながら立ち去った。

 そこにいた者達も、母上の部屋にいた者達もみんな見て聞いていた。


 あの時を境に、はっきりと城中の者達が私を見放した。ばかにしてもいい相手だと、私は思われたのだ。

 誰がそんな者達の王になどなりたいと思うのか、こちらが聞いてみたいものだ」


 変な侍従は、小さく息を吐くとソファーの前に跪いて私の両手を取った。


「初めてお会いした時も昨日お話した時も、そして今も。殿下はずっと、この小さな手を握り締めておいででした。

 今よりもっとお小さい頃より、そのようにされていたのでしょうね。


 殿下はちゃんと、ご自分でお考えです。

 部屋に閉じ籠もる事も出来たのに、王城を散策なさっている。きっと色々と見聞された事でしょう。


 教育係の持ってきた本ですが、二才の殿下に、いえ今の五才の殿下にも必要な物だとは思えません。


 殿下は我儘ではありませんし、身勝手でもありません。

 殿下はお優しい方です。

 変な男と仰りながら、私の疑問に丁寧にお答え下さり、私を殿下の侍従にして下さった。


 殿下は決して不出来ではありません。

 ばかでも可哀想でもありません。

 殿下はセルリアン王国王家の、直系の血を引く尊いお方です。

 王子として当たり前の環境を整えれば、たちまちその才能を開花させる事でしょう」



 驚き過ぎて声も出ない私に、変な侍従は続けて言った。


「これは私の勝手な推測ですが。

 もしかして、殿下が処刑場へ行かれたのは、母上様のお姿もお祖父様のお姿も、もう二度と見る事は出来ないと、そう思われたからではございませんか?」


 喉が詰まる。

 涙が溢れて変な侍従の顔が見えなくなった。

 言葉にならない声が、涙と一緒に体から勝手に溢れでて止まらない。


「母上もお祖父様も、嘘つきで悪い事をしたのだけれど、私の事などどうでも良かったのかもしれないけれど。

 私にとっては、たった一人の母上でたった一人のお祖父様だったっ!」


 いつの間にか変な侍従が、私をソファーの上で抱き締めていた。

 私が誰かに抱き締められたのは、乳母以外では初めてだった。


 私は変な侍従にしがみついて、腹の底から泣いた。変な侍従の胸が温かくて、大きな腕が私を守ってくれている様で。

 それは生まれて初めて知った、安心だった。


 しばらくして泣き止んだ私は、少し照れ臭かったが、変な侍従の言葉が嬉しくて素直にその気持ちを伝えた。



「私は母上にも陛下にも、抱き締めてもらった事も触れられた事も、心から褒められた事もない。

 お前の言葉は、とても嬉しかった。

 抱き締められると、とても温かくて心強かった。

 お前が私の側にいてくれて良かった。

 お前が私の侍従になってくれて、良かった。

 ありがとう、セレン」



 微笑んだ私の顔を、またもや見開いた目で凝視した変な侍従は、突然涙をひと粒こぼした。


「殿下、私の名前を……」


「もちろん覚えている。セレン・ノワール。

 だけど、お前が『変な侍従』である事は間違いない。

 だからこれからも、私は『変な侍従』と呼ぶ。私にとっての『変な侍従』はお前だけだ」


「殿下!」



「私は『処刑』にも『病』にも、ならないのだろう?

 母上やお祖父様、元侯爵家を恨む者達は多く、その恨みは深い。


 前までいた侍従達は、侯爵家との繋がりを持っていた。お祖父様や母上のお陰で、王城で働けると喜ぶ顔で、隠す振りもせず全ての王族や侯爵家をばかにしていた。


 そうだ。()()()王族だ。もちろん陛下もだ」



 変な侍従は目だけではなく、口まで開いている。新しいな。


「どうして陛下まで、と思うか?ふふ。

 陛下が、母上と私を嫌っているのは明白な事実だ。この王城で知らぬ者はない。


 母上の言動は、私には分からない事も多いが、アルブレヒトに執着していたのは知っている。王城の皆も、な。

 だから、国で一番偉くても女房には浮気されると、嗤われていた。

 そのアルブレヒトもな、いつも王妃から逃げ回っている、もてる男は大変だと、一緒に嗤われていたな」


 固まったままの変な侍従を見て、ほっとする。この変な男は、そんな事考えもしなかったのだ。

 爺が言っていた『誠実な人』とは、変な侍従のような人間の事だと思う。


「……殿下は何処でそのような話を、聞かれたのですか?」


 小さな声で絞り出すように、変な侍従が聞くのが面白かった。


「そうだな。下働きの、メイドや従僕達の休憩場所や、厩舎の子馬と昼寝してる時とか?

 あ、アルブレヒトの話は洗濯場だ」


「殿下……」


「王城を一人でぶらぶらしていて気付いたのだ。

 ほとんどの人は見たいものしか見ないし、聞きたくない事は聞こえないのだと。


 私は誰にも気付かれた事はない。

 いや、気付かれても気付かなかった事にされているのではないか?


 まあ、そんな事を話していた者達は、もう王城には残っていないと思うぞ?

 ははっ。王妃であっても処刑した、恐ろしい王なのだ。後暗い所のある者達は、さっさと逃げただろう。


 だからな、私が言いたいのはお前の事だ。

 今王城にいる者達の中には、侯爵家に関わるその悉くが処刑されても、恨みを忘れずにいる者達は大勢いる。


 いくら彼らが慕う王の決定でも、私が生きている事を不満に思っているはずだ。

 彼らの王に嫌われている私は、きっと常に命の危険を感じる人生になる。

 でも、死なせてはもらえない。


 私の側にいればお前は誤解され、私に巻き込まれて、嫌な思いや危ない目に遭うだろう。

 それだと言うのに私はお前を侍従とし、その忠誠を許した。身勝手な私を許して欲しい」


「殿下!私に許しなど!

 お側に置いて欲しいと、侍従にしてくれと押し掛けたのは、私の方です!

 殿下が何と仰っても『死ぬまで』お側にいる事、既にお許し頂きました。撤回は受付けておりませんので、悪しからず」


「はははっ!そうだな、確かに言った。

 お前は本当に変な男だ。

 受付けていないのなら、仕方がない。

 それにしても声を出して笑うなど、私はお前に会うまでした事はなかった。これは楽しいな!」


「殿下、先ほども申し上げましたが、陛下は後悔しておいでです。

 殿下の事を、知ろうとしなかったと誤解していたと、悔やんでおいでなのです」


 変な侍従は苦しそうな顔をしている。

 どうしてなのか考えてみた。


「……変な侍従はもしかして、私の部屋に侍従長と来る前は、陛下に付いていたのではないか?」


 変な侍従は驚いた顔で私を見た。

 もちろん目は一杯に見開いている。

 口は開いていない。


「その通りです。なぜ、お分かりになったのですか?」


「変な侍従は案外抜けているな?ふふ。

 私に付いていた侍従を覚えているなら、分かるだろう?

 陛下に付いている侍従以外に、まともな侍従は残っていないと思う。


 おそらく、陛下の侍従の中からも、何人かは首になったのではないか?

 それなのに、我儘で不出来な王子に付けと言われたら、不本意だったに違いない。

 お前と一緒に来たあの者は、今頃ほっとしているのではないか?」


「言われて見れば……

 はぁ。誰が殿下を不出来などと言ったのか、こんなにも聡明であられるというのに!

 もう一人のあの者も、私の話を聞いて酷く後悔しておりました。

 殿下にお詫び申し上げたいと」


 私は苦笑いする。


「何を詫びるのだ。謝罪など必要ない。

 陛下も同じだ。誰であっても私に申し訳ないなど、思う事はない」


「なぜですか!?

 皆噂を信じ、誰も殿下ご自身を見ようとしなかった。そのせいで殿下は、大変なご苦労とご心痛を抱えられたのですよ!?」


「それはな、お互い様だからだ。

 私は、陛下が恐ろしかったのもあるが、母上にもお祖父様にも、爺にさえ自分の思いを伝えた事はなかった。


 昨日お前には、ばかにしなかった者はいないといったが、爺だけ、爺だけは私をばかにしなかったし嘘もついた事はなかった。

 爺に、思っている事を伝えようと考えた事もあったが、恐くなって出来なかった。

 

 不思議か?

 だってな爺は会う度、私の頭を撫でてくれた程には、私の事を気にかけてくれていた。


 母上に何度か、意見をしに行っていたのを知っている。

 私が何か言ったら、爺は母上に抗議に近い事を言っただろう。辞めさせられるだけなら、まだいい。でも、爺の身に何かあったら?爺の家族や家に何かあったら?


 そうなったら、私は爺に謝る言葉もない。

 それに、爺は私を恨むだろう。その爺の顔を私は見たくないと思ったのだ。


 母上やお祖父様、陛下も同じだ。

 これ以上、嫌われたくなかった。

 陛下があの『宣言』をされた後から、母上もお祖父様も、私にはあまり会って下さらなくなった。

 王になれない私には、用がなかったのだ。

 陛下は、侍従だったのなら知っているだろうが、元々お会いする事はほとんどなかった。


 それに、たまにお会いした時『父上』とお呼びすると、嫌な顔をされる事が何度かあった。

 余計な事を言ったりしたら、もう『父上』とお呼びする事も出来なくなると思った。


 私は自分の事しか考えていない。

 だから、私に謝罪など必要ない」



 変な侍従は、今度は痛みを堪えるような顔をしている。


「変な侍従が苦しむ事はない。お前は優しいから、陛下や私の事を心配してくれているのだろうが、大丈夫だ。

 きっとお前は、陛下に私との話を報告する度に、罪悪感に苦しんでいるのではないか?

 それはお前の職務だ。辛く思う事は何もない。そこのお前もな。ふふ」


 私は天井の裏に隠れている、陛下の影に顔を向けて言った。


「私には隠す事など何もない。だから、お前達は心配しなくても大丈夫だ」


「殿下」


「まだ何か言う事がありそうだな。

 言いにくい事か?

 大丈夫だ、言ってみろ」


 変な侍従はしぶしぶといった感じで、とても言いにくそうにやっと言葉にした。

 が、その内容は私にとって楽しい事ではなかった。確かに言いにくかったはずだ。


「アルブレヒトが、息子を私に紹介したいだと?」


 顔が引きつるのが分かる。


「はい。レオニード様と仰って、二才だそうです。殿下とはお従兄弟の関係になります」


「次期王太子か」


「殿下!」


「知っているぞ。元侍従達が話していた。

 公爵家嫡子として生まれながら王家の色を持ち、なんと片目が星屑だと。

 ……ふむ。なるほど」


 変な侍従は心配そうに私を見ている。


「それで、どこで会うのだ?」


「はい。午前の内に近衛の訓練場を出る予定だそうで、昼食をご一緒に、と」


「近衛の訓練場、なるほど近衛に息子の披露目か。ふふ」


 少し考えてみる。

 アルブレヒトと昼食など、あり得ない事だ。

 だが、息子には会って確認したい事もある。

 この機会を逃したら、もしかするともう会う機会はないかもしれない。


「では、今頃はまだ近衛の訓練場にいるという事か?」


「はい。まだいらっしゃるかと」


「よし、では行こう」


 立ち上がって扉へ向かう私を、変な侍従が慌てて止める。


「殿下、殿下お待ち下さい!

 お会いになるのは昼食の席が宜しいかと、」


 私は歩みを止めて、振り返る。


「まず、私はアルブレヒトと同じ部屋で食事をする気は全くない。たとえそれが、陛下の命令であってもだ。

 おそらく急病になるだろうな。

 だが、息子の方には会って聞きたい事がいくつかある。だから、近衛の訓練場にいるというなら、私が会いに行く」


「殿下……それほどに、閣下の事がお嫌いでいらっしゃいますか」


 変な侍従が陛下の侍従であったなら、もちろん、アルブレヒトの事もよく知っているのだろう。だけれど、私が話せるようになる前から刷り込まれた感情は、簡単には消えない。


「私が生まれて三ヶ月、()()()母上と一緒にいる時に、陛下と一緒にアルブレヒトはやって来た。

 その時最初で最後、()()()の陛下が私に向かって笑いかけたのだ。


 それを遮って、陛下を部屋から連れ出したのがアルブレヒトだ。

 母上と生まれて三ヶ月の私を、冷たい目で睨みつけながらな。


 私はもう、その時の陛下の笑った顔を思い出す事は出来ない。だと言うのに、その時のアルブレヒトの冷たい目だけは覚えている。

 皮肉な事だ。


 それ以降、陛下が私を見る時はいつも怒っていた。既に嫌われていたのだ。望まれた子ではないのは知っていた。


 アルブレヒトは中々会う機会のない陛下が、たまに私に会う度に、あれこれと理由をつけて陛下を私の前から連れ去って行った。


 城の中で会う度に、睨みつけられた。城の者達は言っていた。『お優しく聡明なアルブレヒト殿下が、あれほどの態度を取られるとは王子殿下はよほど……』とな。


 そして極めつけが『陛下のアルブレヒト』だ。好意を持つ理由は欠片も無いな」


 変な侍従は絶句していた。

 目はいつも通りだ。見開いている。


「だいたいな、城の者達は私が『アルブレヒト』と呼び捨てにする事に、嫌悪感があるようだが、おかしな事だ。


 私は誰にも、もちろん本人にも紹介などされた事はない。陛下と母上が、アルブレヒトと呼ぶ、だからあの男が『アルブレヒト』だと知ったに過ぎない。


 私も自己紹介などしていない。だが、あの男は私を『クリスハルト』と呼び捨てていた。

 私がアルブレヒトと呼び捨てる事の、何が問題だ?


 そもそもだ。私に名乗りを上げて、きちんと挨拶したのは、変な侍従、お前が初めてだ。

 爺ですら、名を知ったのは辞めた後だ。

 やはり、お前は変な男だな。ふふ。


 城の者達が王子としての私を見放した二才の頃から、アルブレヒトは皮肉気に『殿下』と呼ぶようになったがな。

 分かっている、臣籍になったからだろう?

 ちなみに城の者達の話を聞いたのは、謁見の間に続く、貴族達の控えの間だ」



 最後の一言に、変な侍従は目を普通の大きさに戻した。少しほっとする。


「そんな、事が……

 あの、殿下は生まれて三ヶ月の記憶があるのですか?」


 この変な侍従の凄いところは、立ち直るのが早い事だ。本当に変な男だ。

 私は話ながらまた歩き始め、変な侍従が扉を開けた。



「ん?そうだな、それより少し前からある。

 初めの頃は、乳母の事を母上だと思っていた。

 その乳母は一人でよくしゃべったから、自分がどういう生まれなのか、自分が生まれてどれだけ過ぎたのか、わりと直ぐに分かったな。


 後は、私は生まれてもずっと一人で、自分(乳母)と手伝いのメイド以外、誰も部屋にはやって来ないとかな。


 そういえば、その頃は『可哀想な殿下』ではなく『お気の毒な殿下』だったな。

 うるさかったが、知らないよりは良かったのかもしれない。多分な。


 半年程たってから、侍従に変わった。

 そういえば、その侍従達はお前のように世話焼きだったな。一年程でいなくなったが。


 それからは、あの退屈そうな侍従達がずっといた」



 話ながら城の廊下を歩いて行く。

 王族の住む区域を出れば、近衛騎士や文官達とすれ違うようになる。

 変な侍従はまた、目を見開いている。

 私の話もそうだが、私を見る、城の者達の様子に気付いたのだ。

 変な侍従が、また苦しまないと良いのだが。


「二才からずっと変わらない。

 慣れているし私は何とも思っていないから、お前も気にするな」



 多分、変な侍従が一番驚いたのは、誰も私に礼を取らない事だ。


 仮に私が王にならないとしても、私は王子なのだ。礼を取るのは当然なのだが、これがまかり通っている。

 国王の言葉がどれ程の影響力を持つか、よく分かる。陛下の言った言葉とは、かなり違ったものに変わっているとしてもだ。


 それに、母上とお祖父様の影響もある。

 二人が捕縛されるまでは、こびを売るのに忙しかった者も多いだろうにな。


「それにしても、これはっ!」


 怒りに震える変な侍従に、私は嬉しくなってにっこりと微笑んだ。


「変な侍従が怒っている、私の為に。

 とても嬉しいぞ」


「殿下!」


「さ、早く行こう。

 昼食会になったら面倒だからな」



 近衛の訓練場は大変に賑わっていた。

 人集りの中心に、濃い金の髪の大人と幼子がいる。あれがアルブレヒトと、その息子だ。


 私は少し離れた場所から声をかけた。


「騒がしいな。

 近衛は訓練もせず遊んでいるのか。

 アルブレヒト、どういう事だ?」


 言い終わった瞬間、顔の前に影を認識した。

 が、認識した時には左の頬に衝撃を受け、私は後ろに倒れこんだ。

 変な侍従が慌てて私を助け起こす。


「つぎに、ちちうえのおなまえを、よびしゅてにしたりゃ、とびげりだけでは、しゅまないかりゃな!

 かくごしておけ!なまくりゃめ!!」


 目の前に、父親を呼び捨てにされて憤慨する幼子がいた。

 小さな体に、父親とそっくりな騎士服を着ている。短い両腕を胸の前で組み、足を開いて踏ん張って立っている様子は、可愛かった。

 とても怒っているようだが。


「はははっ!!

 父親の名を呼び捨てにされたから、怒ったのか。

 守る事も反撃する事も出来ない者を、自慢の体術で不意打ちして、満足したか?ちび」


「殿下!お待ち、」


 息子の跳び蹴りに衝撃を受け、固まっていたアルブレヒトが間に入ろうとしたが、息子のちびに遮られた。


「わたしはちびではない!

 おまえはおうじだろう!」


「そのようだな」


「おうじなら、けんじゅつやたいじゅつができて、とうじぇんだ!

 しょんないいわけを、しゅることが、なまくりゃのしょうこだ!」


 ますます憤慨する幼子が、なんだか面白くなってきた。

 周囲の者達が、はらはらしている様子なのも可笑しい。



「まずお前の父親という男だが、私は初めて会った生後三ヶ月の時から今に至るまで、紹介などされた事はない。


 陛下や私の母が『アルブレヒト』と呼んでいたから、そう呼ぶだけだ。

 その男は私にとって『アルブレヒト』という、正体不明の男だ。


 で、ちびだが。

 あの男の息子と言うなら、似てるのか?

 挨拶がわりの跳び蹴りと、決め台詞せりふは聞いたが名乗りは聞いていない。

 お前は私よりも小さいから、便宜的にちびと呼んだのだ。


 後はなんだ?

 ああ、剣術に体術か。

 王子なら出来て当然、か。


 お前だけでなく、この場にいる全員が同じように思っている事だ。私を含めてな。

 なぜ出来ないかと言うとな、陛下に禁じられたからだ。理由は聞いてくれるなよ?

 私も知らないのだから」


 周りが唖然とする中、驚いているちびに近づく。ちびの護衛が遮ろうとするので、その護衛の前で止まり口を開く。


「お前は慕われているようだ。

 負傷しても誰も気にしない私と違い、攻撃したお前が守られている。ふふ。


 ああ、護衛を揶揄している訳ではない。

 ちび、お前に聞きたい事がいくつかあっただけだ」


「ききたいこと?」


 真っ直ぐに私を見つめる澄んだ緑の瞳に、何の理由もなく大丈夫だと思えた。


「簡単な事だ。

 まあ、聞くまでもないが、自分の父親が好きか?」


「もちりょん!だいしゅきだ」


 輝く笑顔に、胸がつきんと痛んだ気がした。


「この国の国王陛下を尊敬しているか?」


「しょんけい、していりゅ」


「使用人や、お前に仕えてくれている周りにいる者、名も知らぬ領民を守りたいと思うか?」


「とうじぇんだ。

 わたしがまもりゅものたちだかりゃ」


 小さな胸(いや腹か?)を張って、鼻息荒く言う様が、とても勇ましく可愛かった。


「最後の質問だ。

 お前は『セルリアン王国の税制度について』という本を、読んだ事があるか?」


「ありゅ。ちちうえのしょしゃいにあった、ほんだ。ちちうえといっしょによんだ」


「っ。一緒に、か。ふふ。

 質問は以上だ。ではな、ちび。

 その騎士服よく似合ってるぞ。

 それに、とても美しい瞳だ。

 会えて良かった」


 小さな金の頭をわしわしと撫でると、いつの間にかちびの後ろに立っていた、公爵夫人に目礼をする。

 さっときびすを返し、歩き始めながらアルブレヒトに言葉を放つ。


「ちびの父親、昼食会は無しだ。

 私はお前とテーブルを囲む気はない。

 ちびに免じて、名は呼ばぬ」


 相変わらず心配そうにしている変な侍従にも、言葉をかける。


「すまない、さっきの発言は間違っていた。

 私を心配してくれる者が一人いた。

 ありがとう。

 ところで変な侍従、私は行く所が出来た。

 夕食までには戻るから心配するな」


「殿下!お待ち下さい!

 私もお供を、」


「私なら大丈夫だ。

 そこにいる、ちびの父親の従者達は、お前の元同僚達じゃないのか?

 お前に話し掛けたそうにしている。

 気にせず旧交を温めたら良い。めったに会えないだろう?


 私の昼食はいらないから、夕食まで自由に過ごしてくれ」



 付いて来ようとする変な侍従に顔を向け、視線を合わせてから首を振る。


「殿下!

 お一人では危険です!」


 仕方がないので止まらずに振り返り、後ろ歩きをしながら、変な侍従に微笑み手を振った。


「私は大丈夫だ、変な侍従。ありがとう」


 そしてまた向き直り、私は近衛の訓練場を一人後にした。



 一人になった私は、歩き慣れた道を黙々と歩く。だんだんと綺麗に舗装されていた道が、砂利道に変わっていく。

 目的地に着いて、ようやく私は歩みを止め、周囲をゆっくりと見渡す。


 王城の敷地の端にあるこの場所は、何百年も昔に、廃嫡された王子が幽閉された離宮があったそうだ。

 子馬と一緒に厩舎で寝そべっていると、厩務員達がこの場所の事を話していた。

 する事もない私は、暇潰しがてら探してみたら本当にあったのだ。


 その王子が本当に存在したのか、廃嫡されたのか、そんな事は分からないが、私の気分にぴったりの場所だった。


 打ち捨てられたまま、どれだけの時間が過ぎたのか、大きくて崩れそうな不思議な屋敷。


 この屋敷は本当に、ぼろぼろでがたがたで、いつ崩れ落ちてもおかしくない。

 なのに、近くに行ってみると、柱や梁は頑丈で嵐がきても平気に見える。


 屋敷の周りには草木はない。

 荒れた庭土が広がって、たまに雑草や小さな花が、ちらほらあるだけだ。


 屋敷のすぐ近くに、池のような水溜まりがある。多分、昔は綺麗な庭の中にある小さな池だったのだと思う。


 その水溜まりに、自分の顔を映してみると、今の私の気分と同じように、歪んで濁った顔が見えた。


 なんて事ない、何気ない言葉のひとつ。

 誰も気にしない、ありふれた言葉。


「ちちうえといっしょによんだ、か」


 不意打ちの跳び蹴りなんかより、よほど衝撃を受けた。

 衝撃だったという事は、私は今だに父親を求めているとでも言うのか?



 まだ五年しか生きていないが、人生というのは、()()()()()()()()()()()なのだと思う。

 うまくいかないから、人は努力し頑張る。

 その過程で、ちらほらと小さな喜びや幸運を見つける。人生とはこの荒れ地のようだ。


 しかし、ちらほら小さな花が咲いていても、いつも土砂降りで小さな花は泥濘ぬかるみに埋もれて、見つける事など不可能な事もある。私のように。


 それでも耐えていれば、思いがけず幸運に巡り会う事もある。変な侍従との出会いは、正にそれだ。


 あの小さな緑の瞳の幼子は、きっと立派な王になるだろう。

 少し寂しい気もしたが、そうなるのが一番良い結果になるはずだ。


 変な侍従は悲しんでくれるかもしれないが、やはり、変な侍従を私の人生に巻き込んではいけないと思う。


 朝、私を起こしに来てくれた、変な侍従の穏やかな微笑みを思い出す。

 一杯に目を見開き、瞬きもしない様子に少し心配になった事。

 私に忠誠を尽くすと言ってくれた事。

 泣き喚く私を抱き締めてくれた事。


 あっという間に、あの変な男は私の心にするりと入ってしまった。

 最初はあんなに嫌味な顔で、私を嗤っていたくせに。

 立ち直りの早い男だし、友人も多いようだ。私などが心配しなくても、きっと大丈夫だ。


 何にせよ、人はいつか必ず死ぬのだ。

 遅いか早いかそれだけの違いだ。



 その茸に気付いたのは、いつだったか。

 私は、いつものように、ぶらぶらと一人でこの廃屋に来ていた。


 水溜まりの周りには、古い大木が何本かあって、その内のいくつかは朽ちていた。

 朽ちて倒れた大木に、色鮮やかな茸が何本か生えていた。きっと毒茸だ。

 興味を覚えた私は、一本手に取ってみた。


 他の茸は赤かったが、その一本だけ黄色だった。群れからはぐれたような黄色い茸が、一人ぼっちの自分と重なって親近感を覚えた。


 帰り道、厩務員達の休憩室の扉の前に、黄色い茸を落として木の陰に隠れて見ていた。

 思った通り厩務員が見つけて、大騒ぎになった。よく知られている茸のようで、厩務員や駆け付けた騎士達は、口々に色々な事を教えてくれた。


 食べたら死ぬらしい。

 「***食べたら、死ぬんだぞ!」

 最初の部分が聞こえなかったが、まあいいだろう。


 あの茸は、最初に見つけた時も一本しかなかったが、私が抜いた場所にいつも一本だけあった。

 ちなみにあの茸は『王子茸』と言うらしい。

 ()()()()()()()過ぎて笑ってしまう。



 水溜まりに近付けていた顔を上げ、身を起こした私は朽ちた大木に近寄る。


 黄色い茸は、いつも通り一本だけ生えていた。

 私はそれを引抜き、水溜まりから少し離れた所にある、朽ち果てた長椅子だったものに腰掛ける。



 そして黄色い茸を食べた。

 









お読み下さりありがとうございますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ