愛しい息子 5
残酷な表現があります。
苦手な方は自衛下さい。
宜しくお願い致しますm(_ _)m
「両目に星屑を持ち、毒に侵され、女神に救国を願ったのは一度目の陛下だ」
部屋を見渡すが、皆困惑している感じだ。
「一度目の陛下は体だけでなく、魂まで深く傷ついていた為、時を戻すのに両目の星屑を使った。
色の力は使えず、内容的に魂の負担が大きすぎたので、記憶は持たせる事が出来なかった。
そして時は戻り、先ほど話した私が生まれる少し前の時点となる。
私が話した生まれてからの話は、二度目となる。
ここまで理解出来ただろうか?」
軽く片手を上げ「少し良いだろうか」と、静かに父上が話し出した。
「……私の理解が正しいならば。
一度目、国は黒い獣が跋扈し、エッカルドとは交戦状態にあり、国王陛下は寝たきりで動けず口もきけなかった。国は滅亡寸前。
国王陛下は女神に祈り、星屑の力を使い時を戻した。
二度目、国は黒い獣が跋扈し、エッカルドは謁見中に国王陛下と王太子殿下を殺害。近衛団長はエッカルド国王により殺害され、騎士団長は討伐により討死。国は滅亡寸前。
何も知らぬ私達が『今ここに在る』という、この現在の状況。
二度目を生きたレオニードが突然、両目が星屑になった事。レオニードが生まれた時、片目だけ星屑だった事。
これらを考え合わせると、二度目のレオニードが星屑の力を使い、時を戻した事になる。
だが、二度目のレオニードは、特に救国の意志はなかったのではなかったか?
これまでの話によれば、星屑の力は神の力の欠片、生半可な意志と覚悟では使えないはず。
二度目のレオニードが星屑の力を使ったのなら、何か彼の心を、大きく揺り動かす事があったに違いない。
お前に一体何があったのか、私はそれが知りたい」
父上は真剣な目で私を見るが、その口調は穏やかだ。私の心の負担を、気づかってくれているのが伝わってくる。
私は気を張っていた口調を戻し、自分を落ち着かせるように、小さく息を吐いてから話す。
「父上の理解で間違いないです。
そして、その疑問についても……」
私はゆっくりと深呼吸をする。
「陛下が時を戻し、今の自分が二度目だと知って、愕然としました。
しましたが、納得もしました。
時を戻し、やり直した。けれども、今この国は滅亡しようとしている。
同じ事を繰り返す、人とはそういうものだ、と。
しかし女神は私に『違う事もある』と。
何かと聞くと、こう言いました。
『あなたが生きている』
その言葉を聞き、私は一度目の自分の最期を思い出しました。
王城は火の手があがり、あちらこちらで殺し合いが起きていました。エッカルド兵が大量に押し寄せ、セルリアン王国は正に風前の灯でした。
私は父上を探していました。
謁見の間にいたはず。
エッカルドの兵を斬り倒し、何とか玉座の近くまで行った時、床に転がる王太子と、近衛に囲まれながら応戦する、父上の金の髪が見えました。
あと少し、あと少しで手が届く。
その時、父上がこちらを見た。
次の瞬間、私に父上が覆い被さっていました。父上の背にはエッカルド兵の剣が刺さっていて、私は呆然とし、父上の体を支える事しか出来なかった。
父上は、……父上は『あぁ、間に合った、レオニード』と、ため息を吐くように呟いて、私の腕の中で息絶えました。
そこからは記憶が曖昧で、次に見えたのは、ぼんやりとしたローゼリアでした。
滝のように降る冷たい雨の中、泥濘になった花園。息苦しかった胸も、足元に流れ落ちる血も、もうどうでも良かった。
狭まってくる視界で私が探していたのは、ローゼリア。
初めて父上の姿を見たあの日、花園で可憐に咲いていた青いローゼリア。
あの花をもう一度見たかった。
私はそこで絶命した。
最期に思ったのは『こんなはずではなかった』という思い。
私は、全てを失い絶望して死んだ。
女神は言いました。
この一度目を経て、私が生まれた時が分岐点だと分かったと。
一度目の私に王家の色は無かった。だから、二度目の私に王家の色を与えた。
二度目、おそらく王太子が死んだ時に、私の両目に星屑が付いた。
二度目の父上の最期、父上は私に愛していると、仰った。ちゃんと分かったつもりだった。
愛していると言われ、嬉しかった。
けれども、心のどこかで『愛される訳がない』と頑なに思っていた私がいました。
一度目、私を庇い亡くなった父上を思い出した時、やっと、やっと分かりました。
私は愛されていた。
父上と母上が二人で名付けてくれたと。
抱き締めたかった、いつも頭を撫でてやりたかったと、父上は仰ってくれていたのに。
私は生まれた時から愛されていた。
私は両親から守られていた。
失くしてしまってから、いなくなってしまってから、気付いたのです。
何もかも、全て手遅れになってから。
問題に向き合う事なく逃げていた。
私は愚か者だと、思い知った。
私の家族を守りたかった。
王妃の悪意に追い詰められ、エッカルドの革命派に命を奪われた母上。
慕っていた兄を盾に取られ挙げ句、王妃によってその兄に毒を盛られた。
愛する人を苦しめ壊れるまで追い詰めた王妃。その王妃の言いなりにならなければ、息子を殺すと常に脅されていた。
薬を盛られても抗い続けた父上。
私にセルリアン王国の全てを救う事など出来ません。けれども、同じ事を繰り返さず、父上や母上と絆を深め家族として仲良く暮らす。
それがひいては国を救う事になると言うのであれば、私は私の力を尽くすまで。
そう、女神に告げれば『ありがとう』と言われました。
そして私は時を戻すべく、星屑の力を使った。
今の私は、見かけは三度目のレオニードです。
しかし中身は、あの庭園で星屑の力を使った、二度目のレオニードです。
三度目のレオニード、この幼子のレオニードは、あの茶葉を舐め噛んで意識を失った後、体はちゃんと回復しました。
女神は私が逆行して赤ん坊になるのに、記憶に制限を付けました。小さな体と無垢な精神に、今私が持つ全ての記憶を持たせる事は、魂を傷付ける恐れがあると。
だから幼いレオニードは、だいたい五才位までの記憶と、二十才まで生きた事のみ覚えていました。
幼いレオニードが、自らの考えで『自分が星屑を使って時を遡ったと確信した時』、制限が外れるようになっていた。
母上と食事をした後、眠りについたレオニードは、夢の中で十二才の私の心の中にいた。
真っ暗でひとりっきりで、泣いていた。
そこから二度目の私の人生を、二度目の私の意識と同化し追体験する事で、全てを思い出しました。
あの庭園で私は、星屑の力を使うべく女神に祈りました。
そして目を開けると、夢の始まりでいた私の心の中でした。そこは、女神と会ったあの庭園でした。もちろん女神はいません。
二度目の私はあの庭園で終わったのです。
そして心も。
もう真っ暗ではなく、とても優しく穏やかな場所でした。
三回目の幼いレオニードの目を覚ます為、永遠に目を閉じたはずの二度目の私は、なぜかベッドの上で目覚めました。
目の前に、若い父上と女性がいて意味が分かりませんでした。
ですが、すぐに幼いレオニードの記憶で、女性は母上だと分かりました。それにレオニードの事を、とても心配していましたから。
そこで、女神の言葉を思い出しました。
曰く、期間限定のおまけを付ける、と。
女神は、王家に生まれ色の力を持つ者に、年齢は関係ないと言い切りました。話せる様になれば、自ら考え行動するのが当たり前だと。
ですから、きっと案じてくれたのだと思います。この幼いレオニードは五才までの記憶しかなく、三度目に生まれてからは両親や皆に愛され、大切にされてきました。
私が今話したような事を説明させるのは、いくら色の力を持ち様々な記憶があるとしても、幼い心にはとても苦しく辛い事だったでしょう。
二度目の私の意識は、この説明と必要な手配が済めば、幼いレオニードの持つ『ただの記憶』となります。
けれども女神は、私が『ただの記憶』となるまでの間、ほとんど知る事の出来無かった父上、姿さえ見た事のなかった母上と語らう時間をくれたのだと思います。
これで、話さなければならない大体の事は、お伝え出来たと思います」
私が父上を見ると、父上は頷き立ち上がった。
「一旦、休憩としよう。皆も疲れたであろう。
今は主従など気にせず、皆でテーブルを囲み食事をしよう」
「ですが、旦那さま……」
渋るアーベルや他の者達に、私も言う。
「家族は一緒にいなければ」
「若様……」
「その通りだ!
さぁ、レオニード!父は随分と頑張って我慢した。父にお前を抱き締めさせてくれ」
言い終わる間も無く、私は父上に抱き締められた。ぎゅうっと抱き締めるその腕は、涙が出るほど熱く力強かった。
「レオニード、生きていてくれてありがとう」
父上は涙の滲む青い瞳を、柔らかく細め私を見た。と、横から白い手が伸びてきて、私は母上に拐われた。
「っ!母上?」
「わたくしだって、とてもとても我慢致しました!今度は母の番です」
真っ赤になって、涙に濡れた瞳で私を見ると、母上は膝に載せた私の頬に両手を当てた。
「レオ、まずはお礼を言わせて。
わたくし達にやり直す機会をくれた事。
簡単な決断ではなかったはず。
本当に、心から感謝するわ。ありがとう。
父上も皆も同じ気持ちよ。
お陰でわたくしは、愛する息子をこうして今、抱き締める事が出来るのだわ!」
母上がぎゅうぎゅうと抱き締めてくるので、涙が滲んでくる。
「あなたのお話は、とても辛いものだったわ。けれども、わたくし達は必ず聞かなければならなかった。
あなたにその重責を背負わせた、わたくしと父上は、あなたに謝る言葉も見つからない。
だから、こう言うわ。
父も母も、あなたを心から愛しているわ。どんなものからも、あなたを守りたいし、そして誰よりも幸せになって欲しい」
「母上……」
母上は私を離すと、優しく頭を撫でながら美しく微笑んだ。
「わたくしだって、いつでもあなたの頭を撫でたいわ」
「旦那様、奥様、若様も、簡単な物しかご用意出来ませんでしたが、宜しければお召し上がり下さい」
アーベルが声を掛けてきたので、周りを見ると皆、床にに座って軽食を広げている所だった。
「父上、私も床に座って良いですか?」
「それは良いな!楽しそうだ」
「まぁ、ではわたくしも!
ふふ。ピクニックみたいね」
父上も母上も何の躊躇いもなく床に座り、飲み物を片手に軽食を取りながら、周りの者達と楽しそうに話し出した。私も父上の横に座ると、アーベルからカップを受け取る。一口飲むと、オレンジの果汁のようだった。
「初めて飲むが、美味しいのだな?」
「っ!初めてでございますか?」
アーベルが少し狼狽えている。アーベルはいつでも無表情で、表情が変わる所などほとんど見た事はない。なんだか楽しくなってきた。
「ふふ。アーベルでも表情を変えるのだな?」
「二度目の若様は、アーベル殿と親しかったのでございますか?」
父上の従者のクリフォードが、興味深そうに聞いてきた。
「いや、親しい訳ではなかったが、アーベルは何かにつけて私の部屋へやってきてな。
無表情で父上からの指示だと、あれこれと言うのだ。私がこの邸の中で名前を知っていたのは、アーベルだけだ」
「アーベルは、私が幼い時には既に無表情であったな。それは侍従の必須条件なのか?」
父上がぶつぶつ言う横で、カールが不思議そうに聞く。
「あれ、でもクリフォード殿もアルベルト殿も元旦那様付きの侍従でしたよね?」
「きっと侍従長になれる人は、無表情の技を身につけているんだよ」
ブルーノが「うんうん」と頷きながら、カールの背を叩いている。「痛い!」とカールが抗議している。
「はははっ!
なんだか懐かしいな。王立騎士団にいた頃は、遠征中によく騎士達で火を囲み、こんな風に食事をしたり会話を楽しんだりしていた。
私はもっぱら聞く専門だったが、楽しかったな」
その後も皆と楽しく会話をしながら、食事休憩は和やかに終わった。
再び席に付き、先ほどは触れなかったエッカルドの話をする。
「結論から言えば、エッカルドの王も薬を盛られていたのです。
王妃、侯爵家は、ウルの港から長く大陸を迂回し、北方民族の国々と密貿易を行い巨額の富を得て来ました。
元々の侯爵領にあった港を使い、密貿易は細々とやっていた。だが、あることをきっかけに、北方民族から要求を突き付けられた」
「元々の侯爵領……港、ウルの港、……まさかっ!」
父上が顔色を悪くして、信じられない……と、呆然とするが「いや、しかし……」と、呟き私を真っ直ぐに見つめる。
「そうだったのだな。父上は、先王陛下は決して暗愚ではなかった。だが、ウルの港を侯爵領にしてしまうという愚挙を犯した」
忸怩たる思いだったのだろう。父上は拳をぐっと握りしめる。
「侯爵家は小さな港で行っていた密貿易で、薬を手に入れていました。
この薬は北方の山岳地帯に生息する、リリズの花から作られる物で、神経に作用する薬です。
感覚を麻痺させる働きもあるので、痛みの酷い負傷者などに使用されるようです。
西方で戦を繰り返している国がいくつもあり、需要がある為に今も開発が進んでいるのです。
薬は特化した効能が違う、数種類があるそうですが主原料は同じリリズである為、特徴的な匂いも同じらしいです。
余談ですが、幼いレオニードが何故、茶葉を舐め噛んだのか、です。記憶が無くとも体が覚えていたのか、あの甘い香りを覚えていたのです。
黒い獣に致命傷を負わされた、バッカス団長が医師から言われて飲んでいたのです。
顔色は非常に悪かったけれども、普通に話していました。種類は違う様ですが、恐ろしい程の効き目です。
前侯爵は先王陛下の側近の一人を脅して、手先としました。
その側近の実家の伯爵家は、前侯爵の罠に嵌められ、多額の負債を押し付けられました。
そして侯爵家が借金を肩代わりするかわりに、陛下の茶に薬を入れさせたのです。
この側近は、後年自ら命を断ったとされています。
ウルの港街が荒れ、破落戸が徘徊するようになったのも、全て侯爵家の仕業です。街が見る間に活気を取り戻したのも、当然です。
破落戸は侯爵家が金で雇った元侯爵領の者達で、侯爵家がウルを手に入れ領主となった時、特別報酬を出すと偽り皆を集めた所で、全員の命を奪った。
これを見ていた街の人々は悪者退治に熱狂し、口々に領主を誉め称えました。
街の人々の興奮と、一気に集まった領主への人気で、街の復興は急速に進みました。
領主代理は皆、真面な人物だったのでしょう。
なぜ、突然ウルの街に破落戸が大量に沸いたのか、殲滅する為にもこれを突き止めようとした。
しかし、調査をされると困る者がいた。もちろん侯爵家です。だから、次々と替わった。 皆、侯爵家に嵌められたのです。
陛下に薬を盛り続け、怪しんだ者には金を握らせるか、脅しをかけた。こうしてウル港は侯爵家の物となりました。
前侯爵が死んだ後も、現侯爵が引継ぎ何ら変わりは無く、悪事は続いています。
彼等はどうしても侯爵家から王妃を出したかった。悲願だった。
ウルの港をその足ががりにしたのです」
「その事実が、お兄様が薬を盛られていた事に繋がるのね?」
父上も母上も、先ほどよりも厳しいお顔で、幼いレオニードの体が条件反射でびくっ、とする。
「そうです母上。
侯爵はウルの港を手に入れても、当初は密貿易の規模を変える気はありませんでした。
けれども父上もご存知のように、北方民族の土地は多くが痩せており、民は貧しい。
僅かに産出する鉱石と、細工物などの貿易は西方の国々との間で昔からあり、その利益は特権階級が独占しています。
そして重要な事は、いついかなる時もセルリアン王国を虎視眈々と狙っている事です。
侯爵家は密貿易の規模を拡大するように、北方民族から迫られた。
薬の取引を盾に取られて。
結局、侯爵家は密貿易を拡大させ、ウルの港から大型船を出すようになりました。
珍しい北方の品々に興味を持った王妃は、北方の民と、まぁ密偵ですが、接触したのです。王宮に商人として呼び寄せて」
父上は顎が外れんばかりに、口を開けてしまった。母上も瞬きを忘れ唖然としている。
「実は王妃は、北方の者と接触出来る機会を狙っていました。
あの女は知っていたのです。自分の祖父、前侯爵が先王陛下に薬を盛っていた事を。
前侯爵の手記を偶然読んだと言っていました。
王妃は陛下に毒を盛りだしました。
やり方は前侯爵と同じです。王妃は侍従長を抱き込んだのです。侍従長を呼び出すのに邪魔な侍女長は、理由を付けて首にした。
しばらく経って、王妃に接触する者が現れます。エッカルドの革命派の密偵で、この男はローゼリア公爵家にも出入りしていました。
王妃に北方からの薬を融通してもらう為です。もちろん王妃は見返りを求めます。
王妃は当初、母上をエッカルドへ連れ戻せと要求しますが、革命派にはとんでもない話です。第一位の継承権を持つ王女が、自分から国を出たのに呼び戻すなどあり得ません。
何度か交渉し、母上を事故に見せ掛け殺す事で一致しました。
ですが革命派は、元々第一位王位継承権を持つ母上を殺害するつもりでしたので、恩を売り弱味を握る事で、革命後のセルリアンとの交渉を有利にしたかったのでしょう。
母上をあの日呼び出したのは、父上の使者を偽った王妃の手先です。つまり、王妃は母上の殺害の共犯者なのです。
御者はエッカルドの革命派、多分三回目の今も公爵家の厩舎にいると思います。
名前はリムリー。第三御者です。
あの日の御者は、第一御者のジョゼだった。
けれどもリムリーに休みを替わってくれと頼まれ当日は休んでいました。
リムリーは蜂を馬に仕掛け、馬が暴走し馬車が横転。心配する振りをして、恐らく母上を馬車の中で撲殺したのだと思います。
革命派は唯一人の妹を失ったエッカルド王の、怒りと悲しみに付け入り、薬を使って操っていたのでしょう。
でなければ、一国の王が証拠も無しに長年の同盟国に赴き自ら騙し討ちなど、到底考えられません。
何よりも、私はエッカルド王と相対したので。あれは、あの目は完全に常軌を逸していた。
父上が母上の事を、どこまでご存知だったのか私にはわかりませんが……」
父上は、俯いた私の顔を覗き込むように見ると「大丈夫だよ、言ってごらん」と、仰った。
「……私は、一人で歩けるようになると乳母を探して母上のお部屋を見つけました。
それから、何度も扉の前まで行っては、ノック出来ずに自室に戻る日々でした。
三才になったばかりのあの日、今日こそはと母上のお部屋へ行きました。ノックをしようと手を上げた時、中から声が聞こえてきました。
『アル様……アル様……』と。泣いている様でしたが、他に誰の声も聞こえなかったので、母上だと思いました。
私はノックをする事なく自室へ戻りました。
次の日、アーベルが部屋へやって来て『奥様がお亡くなりになりました』と告げにきたのです。
母上の葬儀が終わった翌朝。アルコーブから外を見ていると、馬車や父上の護衛達がエントランスの前で待機し始めました。
私は急いでエントランスホールへ向かい、柱の陰に隠れました。
母上と同じように、私は父上の顔も声も知りませんでした。父上が母上のようにいなくなったら……。せめてお顔だけでも見られないか、そう思ったのです。
皆が頭を下げたので、父上の後ろ姿が見えましたがお顔が見えませんでした。
少しして従者達が動いたのか、父上の目と髪だけが見えました。私は背中がぞくっとした。
父上の瞳は氷の刃のように鋭く凍っていて、けれども私はその瞳から目が離せなかった。
女神は言いました。
『その氷の刃は、貴方を守る為の牽制だったとは思えない?』と。
父上がどこまでご存知だったのか、私にはわかりません。
わかりませんが、リムリーはあの後から姿を見ませんでしたし、かなりの数いたエッカルドの密偵はいなくなりました。私の命が脅かされた事も、ありませんでした。
私は今は、女神の言葉が真実だったのだと思っています」
私は父上と母上に向かって、心から笑った。
その後は、王妃の私室や侯爵邸の証拠の内容や所在場所。証人や密偵、密貿易の関係者など、取り逃がしの無いように、徹底的に書き出した。
それを見た父上が驚きの声を上げた。
「なんと、これ程の証拠を!
よくあの王妃が口を割ったものだ。お前は凄いのだな」
「ははっ。二度目の父上も全く同じ事を仰いました。
私は王妃に同じ事をしただけです。
あの女の大好きな、薬と脅しで徹底的に恐怖を煽ってあげました。
本当に簡単に話し出したので、薬はいらなかったのですが、自分の意思と反する事を無理矢理させられるのがどういう事なのか、その身を持って思い知らせてやりたかった。
二度と、他人を思い通りには出来なくなったはずです」
父上は何も言わず私を抱き締め、頭を撫で続けた。
「すごい……こんなにも大量の証拠を」
「若様、本当にすごいです!どれだけの情報が頭に入っているのか!」
記録を取っていた、カスペルとクリフォードが感心したように誉めてくれる。
「色の力のお陰だよ。私は、一度見たり聞いたりしたものは忘れないんだ」
「なるほど」
カスペル達と話していると、アーベルが声を掛けてきた。
「若様、少し宜しいでしょうか。
どうしても分からない事がこざいまして」
「分からない事?
私で分かる事なら、何でも質問してくれ」
私が頷くと皆も関心があるのか、自然とこちらを向き父上達も話を聞いている。
「はい。では。
若様は『この国を救いたいか』と女神に聞かれた際、女神が時を止めていたと仰いました。
話を聞く限り、先のレオニード王太子や先王陛下の時も、同じだったのではないでしょうか?」
「そうだな。もし、救国の意志が無いのであれば、国はそのまま滅亡し世界が失くなる事になる。だから時を止め、現状が正確に分かるように示し意志を問われる」
「はい。私もそのように理解致しました。
若様は一度目は、国王陛下が両目を使って時を戻したと仰いました。国王陛下は毒を盛られ話す事も出来ない程、魂も体も傷付いていらした。
そして二度目では星屑のない若様に、女神はわざわざ星屑を与えてまで、若様に救国の意志を問われた。
王子殿下は如何されたのでございましょう?
一度目も二度目も、もちろんこの三度目も。
若様より三才上ですので、時を戻しても既に三才。今も昔も星屑を持っているはず。
女神は何故、殿下に意志を問われなかったのでしょうか。
それと若様は瞳に星屑を与えられ、片方の力を使われた。ですので、片方の星屑が残っていらっしゃる。
ですが、王家の直系として王子殿下が両目星屑で在られるのに、何故女神は若様に星屑を残されたのでしょうか。
もし何かあった時、また若様が辛いお立場になるのではございませんか」
やはり気付かない訳がないか。
思わず苦笑いが浮かぶ。
皆が顔を見せ合い「言われてみれば……」等と言っている。
父上が眉間にシワをよせて「もしや……」と呟いた。
「やはり気付くか」
大きく息を吐くと口を開く。
「初め私は「救国の意志」を問われた時、女神に言った。
『何故、私だ。王太子か父上の方がふさわしい、国を救いたいなら二人に聞くべきだった!』と。
するとあっさり既に聞いたと言われた。
まず父上に聞いたそうだ。父上は「私にその資格はない。この国をこの先どうしたいのかは、息子に選ばせてやって欲しい」と。
父上は魂も体も傷付いていた。
女神は納得し、父上は母上に謝りに行くと言ったそうです。
それで王太子だが……
女神によると、とにかく話しにならなかった、と。
『なぜ私が!』とか『私には分からない!』とか挙げ句、泣き出してしまい……
女神は立ち去ったそうです。
結局、王太子は死んでしまった。
私の右目の事も聞いたのだが、異論は認めないと、きっぱり言われてしまった。
容姿は良いのだから、次代に期待すると……」
アーベルや周りの者は唖然とし、父上は頭を抱えていた。母上は何故か微笑み頷いた。
「レオニードが優秀な事は、女神様もご存知だったのです」
母上は『ふふ』と笑うと、父上を慰めている。
「侯爵家や王妃のせいもありますが、一般的な赤ん坊や幼児と同じに教育しているのでは、と思います。
普通の幼児と比べたら、それは優秀に見えるので、周りがちやほやと甘やかしているのでしょう。侍女長もいないですし、侯爵家の者では王族の成長の仕方など分かる筈もありません。
どれほど素晴らしい才能や性質を、持っていてもいなくても、自らを高めようと努力が出来ない者は、何者にもなれないでしょう。
女神は、言葉が通じない内は仕方がないと言っていました。
私自身に当て嵌めて考えると、なるほどと思いました。
私の記憶は生後半年からありますし、だいたいの言葉が聞き取れ、意味も分かりました。
二歳でほとんどの本は読めましたし、ペンが握れたなら字も書けたでしょう。
なので厳しい事を言う様ですが、色を持っている者が普通と変わらないなら、それは怠惰に他ならない」
「全て納得致しました。
若様、ありがとうございました」
アーベルが頭を下げた。
父上も立ち直ったようだ。
「最後にひとつ。
ローゼリア公爵家の図書室の片隅に、薄い本があります。走り書きの紙をまとめて綴じた冊子の様な物です。
内容は、私が話した事と重複しているものも多いですが、書いてある事は真実です。
……これは私の推測ですが、あれを書いたのはローゼリア公爵家の初代ではないか、と。
どのような経緯で何故残されたのか、見当もつきませんが、女神は本の存在をご存知でした。
陛下にお見せするのは構わないと思います。
けれどもその後は、これまで通りローゼリア公爵家で所蔵するのが宜しいかと」
私は立ち上がり、みなを見渡した。
父上、母上、誰もが驚愕に目を見開いている。
私の姿があの庭園で、星屑の力を使う直前のものになっていたからだ。二十才の騎士団副団長だった頃の姿に。
もう、その時が近付いていた。
父上と母上が立ち上がり、私に触れようとしたが、手はすり抜けてしまう。
私は『意識』なので、実体はない。
存在するレオニードは一人しかいないのだ。
「こんなに立派な若者だったとは……」
「どんなに大きく立派になっていても、あなたはいつまでも、わたくしの可愛いレオよ」
父上と母上が眩しいものを見るように、目を細め涙を流す。口元は優しく緩んでいる。
アーベルが無表情を崩し、目を潤ませて私を見上げている。
「誠に、旦那様の姿を写しとったかのようでございます……」
父上は私の騎士服を見て「本当に黒騎士ではないか」と呟く隣で、母上が少し心配そうに聞いてくる。
「やはり、王子には会わせない方が良いかしら?」
「はははっ!
心配はご無用ですよ、母上。
幼いレオニードなら、きっと王子をこてんぱんにやっつけて、王子の有り様を突き付ける事でしょう。
このレオニードは、身分など気にしません。
王子の鼻っ柱など、ぽきんと折ってやりますよ。
陛下や父上の手に余る様でしたら、その手もありかもしれません。
が、近衛か黒騎士か、はたまた違う職種か。
将来どんな道に進むのか、それは本人に選ばせて頂けたらと思います。
父上や母上、皆に全てを話し委ねる。
ここまでが『星屑の力を使う』という事でした。私は父上、母上、皆のお陰で最後まで責任を果たす事が出来ました。
ありがとうございました。心からの感謝を。
父上、あなたの息子に生まれる事が出来たのは、三度の人生を通して私の誇りであります。
どうか、今度こそ、父上の思い描いた幸せな人生を、母上と小さなレオニードと共に歩んで下さい。
母上、あなたは遠い昔に諦めた私の夢と憧れでした。あの扉を叩けなかった時の自分を、私は何度も責めました。
けれども今は、再びあなたの息子として、父上と一緒に笑い合える日々を取り戻した。
どんなに絶望しても諦めてはいけない。私に取って母上は、その象徴のような方です。
父上と共に母上が笑顔でありますように、いつも願っております。
これは蛇足ですが、伯父上には昔良い方がいらしたとか。その方の兄上が問題……と、女神から小耳に挟みまして。
アーベル、クリフォード、アルベルト、ルーベン、ヴィクトル。
お前達なら、何の心配もない。
どうか、父上の事を宜しく頼む。
そして、カスペル、カール、ルシアン、ブルーノ。
幼いレオニードは、お前達の事が大好きだ。
振り回す事も多いだろうが、どうか、見守ってあげて欲しい。宜しく頼む。
私の意識と姿は消えますが、記憶として残ります。元よりひとつの魂です。
小さくなりますが、どうぞこれからも宜しくお願い致します。では!」
そして、私は『ただの記憶』となった。
お読み下さりありがとうございますm(_ _)m