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相生の松 『瀬原集落聞書』  作者: 櫨山奈績
二〇一九年
9/44

 佐織は、足の痛みで目が覚めた。


―そう、確か、馨お兄ちゃんと一緒に、ペロのお散歩コースだった道を歩いてて。其れで、四辻の、スーパーの前の横断歩道を一緒に渡ってたら、車が来て、其れから、其れから如何(どう)したんだっけ。…馨お兄ちゃん…倒れてた?


 ふと見ると、佐織は、奇妙な木造の建物の中に居た。


「此処は…?」


 汚れたガラス窓から見える空は、もう夜なのか、真っ暗だった。

 部屋の中は、ぼんやりとした蝋燭くらいの明かりしか光源が無い。


―此の手触り。畳?


 板間(いたま)の上に、佐織が座る分だけ畳が敷いてある。


 壁に沿って、幾つかの几帳と、数本の蝋燭が灯っている。

 いや、蝋燭ではない。

 紐が数本、火の灯った皿の下から伸びている。

 燈台というものだろうか。


 よく見ると佐織は、変形した十二単の(よう)な、厚着した巫女の(よう)な、奇妙な服を着せられていた。


―此の服には、覚えが有るわ。


 袴は藤色である。

 佐織は、馬鹿にされている(よう)な気分になった。


 ふと触れると、自分の髪の先に、(かもじ)が結わえられているのが分かった。

 髪が、服の丈から少し余る程、長く見える。


―其れにしても、足が痛いわ。何なの?


「ああ、痛み止めが切れちゃった?」


 聞き覚えのある声がした。見れば、吉野楽(よしのがく)だった。白装束を着ている。


「左足の足首に、傷。其れに、足の小指に、ヒビが入っているみたいだから、一週間は歩かない方が良いね。痛みは、明日になれば引いてくるってさ」


「此れは、如何(どう)いう事でしょう。此処は、何処ですか?」


「君は、横断歩道で、車に引っ掛けられた。軽くだったけど、足首に、タイヤの金属部分が当たっちゃったから、あと数センチずれていたら、神経を掠ってたかもしれないって。運が良かったね。頭も少し打ったみたいだけど、大した事は無いみたい」


「車に?」


―あの車に?と、いう事は、私は事故に遭ったという事?


「此処に、食べ物と薬を置いておくから」


 楽は、佐織の座っている畳の傍に、何かを置いて行った。


如何(どう)して、こんなに暗いの?


「待って、待ってください。此処は、何処ですか?」


 (がく)は、佐織の問いに答えずに行ってしまったので、佐織は其の(まま)暗、闇で、一人にされた。


 目は慣れてきたが、燭台の(かそ)けき光の中では、薬と(おぼ)しき物と、水差しを見分けるのがやっとだ。


―つまり、怪我をした私を、此処に誰かが連れて来たという事?其れとも、私を車で()いて、其の(まま)、此処に攫ってきたという事?誰が?…まさか、(がく)さんが?


 痛みは有るが、此の、痛み止めと称される薬を信頼して飲んでいいものだろうか、と、佐織は葛藤した。


―飲んで意識を失う(よう)な物だったら如何(どう)しよう。そして、意識を失っている間に、また何か、よく分からない事が起きたら?


 佐織は、痛みと恐ろしさで、泣いてしまいそうになった。


―馨お兄ちゃんは如何(どう)したの?


「痛いの?」


 ふと、男の子の声がした。


 声のする方を見ると、佐織の傍らに、ぼんやりと、白装束を着た小柄な人物が佇んでいる姿が浮かんでいた。


 佐織は驚いて、小さく、ひっ、と声を上げてしまった。


「お薬、飲んで?飲ませてあげるから」

 声の主は、五、六歳くらいの、可愛い男の子だった。燈台の光で、男の子の髪の毛が、ほんのりと鳶色に光った。


「も、もしかして、(つづみ)君?」

「さおりさま、僕の事知ってるの?」


 其の子は、佐織の名を知っている様子だった。

 そして。


―やっぱり…。そっくり、此の顔。


「初めまして。僕、さおりさまと結婚するの?」

「え?」

「皆が、僕は、そう決まってるって言ってた」

「ちょっと、待って、(つづみ)君」


 佐織は全身の血の気が引いた。


―此の子は、何を言っているの?


「あんよ痛いの?さおりさま、お薬飲んで。怪我してるんでしょ?」

 小さな手から渡された其れは、見慣れた、市販の鎮痛剤だった。

 銀色のパッケージ入りで、特に、睡眠薬に差し替えられている(よう)な事も無さそうである。


「…ありがとう」


 先ずは、此の痛みを取る事にしよう、と佐織は思った。

 頭が、ちっとも働かないのだ。


 薬を受け取ると、小さな手は、次に、硝子(がらす)のコップを手渡してくれた。

 コップには、水が溢れんばかりに入っていた。


 其の不器用さが、如何(いか)にも、小さな子が、思い遣りでしてくれた事、という様子で愛らしく、ホッとすると共に、佐織は、更に困惑した。


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