いいえ、全てはあなた達のせいです
「来たか、アルベルティナ」
忙しい中婚約者を呼び出しておいて、不貞相手と寄り添いあって出迎えるとはどういう了見だ。
とは思ったものの、まあ想定内だ。
「何の御用でしょうか、バーレント殿下」
さっさと片付けようと思った私が切り出すと、
「そんな風に木で鼻を括ったような態度でいつもいるから、殿下に愛されないのだ」
横からいつもバーレント殿下に付き従っているブレフトが口を挟んでくる。確かバーレント殿下の母方の実家の関係者だったか。
「それで何の御用でしょう」
木で鼻を括ったような態度になるのはそちらのせい以外の何物でもないだろうとは思うが、やり取りする時間さえばからしいので、重ねて問うと、
「まあ、いい」
やっとバーレント殿下が口を開く気になったようだ。
「お前との婚約を破棄してやろうと思ってな!」
どうだ!と言い放って、こちらが衝撃を受けるのを待っているような不肖の婚約者だが、これもまあ想定内だ。
「承りました」
あっさりと頷いておく。
破棄になどしないが、これで予定通り婚約はなかったことになるだろう。別に王妃の職責担当の形式的結婚でもいいと思ってたけど、やっぱりしないですむなら、この男と結婚したくはない。今のやり取りで改めて感じた。
さあ、これで用件は済んだ。
「それでは、失礼します」
思った反応と違ったらしく固まっている愚か者達が、固まっているうちにとさっさとその場を後にすることにした。扉が閉まりかかったところで誰かの声が聞こえたような気がするが、気のせいだろう。
婚約破棄等いきなり(彼らの主観では)つきつけておいて、私お得意の風魔法で吹き飛ばされたり水魔法で押し流されたりしないだけありがたいと思ってほしい。
そのまま意気揚々と王城から転移魔法で帰宅した私が、このやり取りを報告すると、我がエトホーフト家はプチパーティーとなった。何しろ我が家の数年来の願いが叶ったのだ!
……のが、たかだか数日前である。
「ひどいです!アルベルティナ様!!あなたのせいでバーレント様が王太子じゃなくなってしまうなんて!」
今目の前には、我が家に押しかけてきた愚か……バーレント一応まだ殿下たちがいて、不貞相手だったコリー様が世迷言を述べている。
両親の不在を狙ってきたのかたまたまか両親はいなかった。とはいえ、執事のベルトにかかれば私は会わずに彼らを追い返すことなどお手の物だが、私が会ってみることにしたのだ。ベルトは不本意そうだったが、護衛もできる専属侍女のフランカ達の同席を条件に応じてくれた。まあ、私が自分で障壁魔法も展開しているから、この程度の奴らに万が一にも害されることなどないが、わかりやすい威嚇も大切だ。
で、この世迷言だ。
未だそのような認識ならば、こちらとしてもお教えしましょう、真実を。
「違いますわ」
バーレント殿下が王太子じゃなくなるのは私のせいではない。
「全てあなたがたのせいです」
「な……!」
「私は王妃の職責を担うためにバーレント殿下の婚約者となったのですから、別にあなたが公妾となって後継ぎを産んでくれても良かったのです」
まあ、下級貴族としての教育しか受けていないコリー様に子の養育を任せることはできないけど。それは今はいいだろう。
「それを優位に立ちたいなどというくだらない理由で、婚約破棄を脅しに使って私を下におこうとするから、こうなったのです」
「それは……」
口をパクパクさせているコリー様をほっておいて、バーレント殿下に向かって正確に意図を指摘してやると、バーレント殿下は口ごもった。
「婚約破棄を機にヴィルヘルミナとアウフスタインもお側を離れましたね」
婚約破棄後、陛下から王太子から外すとバーレント殿下に伝えられる前に2人は側から離れていたはずだ。
「……2人とも後継者としての勉強が忙しいのかと思っていた」
確かに、ヴィルヘルミナは宰相の、アウフスタインは騎士団長の後継者としての見習いが始まっており忙しそうだ。だが、それだけのはずがないのに、どうせ口うるさいのがいなくなったとしか思ってなかったんだろう。
「次代は、ヴィルヘルミナとアウフスタインと国王の代行権を持つ王妃の私で担うと陛下が随分前から決められていたのですよ。2人は次代の王を支えるために育てられてきたのです」
どうしてもと無理を通して迎えた子爵家出身の正妃が亡くなった後、後ろ盾に乏しく、成長するにつれて能力にも乏しいことがわかってきたバーレント殿下を次代の王にするために陛下が決めたことだ。
先の王妃が亡くなった後、王妃不在ではという周囲のプレッシャーに負けて現在の王妃を迎えたものの、子をなしたのはずいぶん後になってからだったというのも同じ願いからだ。次世代の王族が1人では心もとないという周囲の要請と、バーレント殿下の競争相手となりにくいようにしたいという王の希望の妥協の結果、年の差を開けたと聞いている。現在の王妃様とそのご実家は堅実な方々なので、王位争いが起こって国が乱れることがないようにとその判断に同意したそうだ。
私としては後ろ盾はともかく、能力に乏しいことがわかったのであれば正直早々に諦めてほしかった願いだが、陛下はバーレント殿下が王太子となることを強く望まれていた。なのに、この愚か者達が台無しにしたのだ。しかもそのことに気が付いてもおらず、こちらのせいにするとは。
「その次代が代わることになったから、2人はお側を離れたのです」
「そんな……」
何を言っても二の句を継げない彼らにつきあい続ける気もしなくなってきた。それにそろそろ誰か来るだろう。私は言いたいことを言い切って会話を締めくくることにした。
「陛下が願われたから、私は、ヴィルヘルミナとアウフスタインと共に次代の王の統治がつつがなく行われるよう王妃になる予定だったのです。あなた達の愛などに興味があるはずがない。大体あのような態度を取り続けておいて、私がバーレント殿下を愛しているとでも思っていたのですか?」
まあ、思っていたんだろうけど。と思いつつ突きつけてみると、案の定バーレント殿下は何やらそんなはずはとか何とかごもごもと口ごもっている。
「あなた達が婚約破棄を突きつけるという愚かなことをしなければ、婚約は継続されたし、バーレント殿下は王太子でいられたのです」
だから。
「バーレント殿下が王太子ではいられなくなったのはすべてあなた達のせいです」
不貞からの、脅しのための婚約破棄の挙句に、地位を失ったことをこちらのせいにしてくる愚か者達に言いたいことをすべて言ったと思ったところへ、
「バーレント殿下、お迎えに上がりました」
アウフスタインが姿を現した。
「外出を禁じていたはずなのによりによってエトホーフト公爵家に来るとは。陛下が大層お怒りです。早急にお戻りください」
畳みかけた私に返す言葉を失っていた奴らは、アウフスタインの冷ややかで丁寧な口調にも気おされ、陛下のお怒りという言葉に焦って、アウフスタインとその部下達の促しに従って帰っていった。
「やれやれ」
鬱陶しい訪問ではあったけど、最後に言いたいことを言えてよかったかもしれない。
「これで心置きなく旅立てるわ」
「ようございましたね」
フランカも満足そうにうなずいている。そう、私はもうすぐ隣国に旅立つ予定だ。
「念願だった留学に行くことができるようになったのだけは良かったわ」
王妃となるべく定められていたからあきらめていたけれど、隣国の我が国より発展した魔法学を学ぶのは心に秘めた夢だった。ここだけの話とつぶやくと、フランカは今度も頷いてくれた。
本当は魔法を学び魔術騎士団に入るのが幼い頃からの夢だったのだ。幼馴染のヴィルヘルミナが政を担い、アウフスタインが騎士団を率い、私が魔術騎士団で頭角を現す。形ばかりの王妃になどなるのではなく、そうやって国を支えたい。
密かに抱いていた夢が叶いそうなのだから。
「感謝してもいいかもしれないわね」
あの人達の愚かさに。
「アルベルティナ様?」
「いいえ、何でもないわ。旅だちの準備をしてしまいましょう」
愚か者達の訪問で中断された準備の再開を告げると、フランカ達はいそいそと動き始めてくれる。
さあ、夢を叶えるための一歩だ。
そんな風に留学のことを考えていた私は、隣国でその思惑を変えられてしまう出会いをしてしまうことになるとは予想もしていなかった。