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魔女の願い  作者: 睡蓮
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序章 歌 第一章 変化

冒頭です!


黒檀の空 密色の月 青の薔薇


魔女が大好きだったもの


手にしていたもの


でも


全てを奪われた


もう何もない


地に墜ちた魔女


序章 歌

「墜ちた魔女は何を想う。奪われたもの?奪ったもの?魔女の願いは奈落の底に」

一人の少女から紡がれるのは、不似合いな悲しい歌。

「魔女の願いは何だったのかしら」

ぼんやりと少女は呟いた。

『地に墜ちた魔女』

この国の建国から伝わる歌。

全てを持っていた魔女が全てを奪われて、奈落の底へと堕ちた物語。

「…………」

カーテンの揺れる窓辺に座り、椅子へ腰掛けた少女は、膝においた本を閉じた。


第一章 夜会

「……夫人?…リヴィングストン伯爵夫人?」

「!」

身支度を手伝ってくれていた仕立屋のマダムの声で、我に返ったシルフィールは、慌てて微笑んだ。

「ごめんなさい。緊張してしまって」

貴婦人らしく優雅に、可愛らしく頬を染めて。

「まあ。そうでしたか。旦那様との始めての夜会ですものね」

マダムは、シルフィールを微笑ましく見た。

「ご安心なさいませ。旦那様が付いていてくださいますわ」

最後の仕上げに、長い髪を結い、髪飾りを慣れた手付きで付けていく。

シルフィールは、本当にぼんやりしていただけだったのだが、マダムには結婚して始めての夜会に緊張している可愛らしい新妻に見えているようだ。

そう。

今日は、シルフィールがグレイと結婚して始めての夜会。

つまりはシルフィール=リヴィングストン伯爵夫人としてのお披露目の場ということだ。

そんな時に、またあの歌を思い出していた。

まだ幼かった時に本で読んだ歌。

魔女の歌。

この歌を思い出した時は、いつも頭がぼんやりと霞みがかかったようになってしまう。

(年々感じるこの想いはなんだろう?)

物語の魔女に引き摺りこまれそうになる。

別に魔女には何の感情もない。

それなのに…なぜ?

「伯爵夫人。仕度が終わりましたわ!」

マダムが、鏡の前に自分を立たせる。

「お綺麗ですわ」

うっとりとしながらマダムが言った。

ウェーブがかかった眩い金の髪。

新緑を彩る翠の瞳。

縁どられた睫は長く、端正な顔立ちを引き立て、水晶のような透明さを持つ頬は唇と同じ仄かな薔薇色に染まっている。華が咲きほこる瞬間のような艶やかな魅力をシルフィールは放っていた。

「ありがとう」

「滅相もございません。お気に召していただけて何よりでございますわ」

良い仕事をしたと、満足そうにマダムは笑う。

時計を見ると、そろそろ夜会が始まる時刻となっていた。

その時、部屋にノックの音が響いた。

「はい」

「私だよ。入ってもいいかな?」

柔らかいアルトの音を持つ、男性の声。

「どうぞ」

ドアが開かれた先にいるのは、シルフィールの夫にしてリヴィングストン家の当主。

グレイ=リヴィングストン伯爵その人が立っていた。

質のよいスーツに身をつつみ、愛用している杖を携えている。

部屋に入り、シルフィールを瞳に映すと、グレイは頬を染めて微笑んだ。

「見惚れてしまったよ……シルフィール。とても美しい」

グレイは、シルフィールの側に寄り、優しく彼女を抱き締めた。

「ありがとうございます。あなたもお似合いですわ」

そっとグレイの胸元にもたれかかる。

彼が身に纏っている梔子の香りに包まれた。

シルフィールは、自分が安堵していくのを感じた。

グレイの側にいると、霞みが晴れていく。

「シルフィール…」

シルフィールの様子を不思議に思ったのか、グレイが心配そうに顔を覗き込む。

何も言わずシルフィールは微笑み、顔を上げた。

「マダム。今日はありがとう」

「とんでもございませんわ。リヴィングストン伯爵夫人。また何時でもお呼びください」

事の成り行きを見ていたマダムは、新婚夫婦の邪魔をしてはいけないと思ったのか、そそくさと帰る仕度をする。

「では、私はこれで失礼いたしますわね。伯爵閣下もご機嫌よう」

「ああ。妻が世話になったね。またお願いするよ」

最後まで笑みを浮かべながら、マダムは部屋から出ていった。

マダムが部屋から出てすぐにシルフィールは立ち上がった。

「そろそろ参りましょう。あなた。お客様がお待ちですわ」

「……ああ」

グレイが腕を差し出してくれる。シルフィールは、そっと絡めた。

「では、行きましょう」

部屋を出て、会場へと歩を進める。

会場が近くなり音楽が聞こえてきた時に、これまで黙ったままだったグレイは口を開いた。

「シルフィール。大丈夫かい?」

「え?」

いきなりだったため、シルフィールは間の抜けた声が出てしまったが、先程のことだとすぐに思い至った。

心配そうに自分を見詰める瞳を見返した。

澄んだ湖の色を連想させる青の瞳。彼の金の髪と似合いの瞳を愛おしく思った。

シルフィールは足を止め、そっと絡めるだけだったグレイの腕に、強く力を入れる。

グレイといると安心して、甘えたくなってしまう。そんな自分を嫌とは思わないのが、また困ったところだ。

「もう少しこのままで」

梔子の香りが霞みを晴らすまで。

「シルフィールが望むなら」

グレイは、愛しい妻に寄り添った。


フィルベール帝国。

ヴェルディアス大陸に属する国の一つ。四季があり、気候も穏やかで、豊かな大国。文化、経済、政治など、あらゆる面で発展してきた、長い歴史を持つ帝国。

しかし、この国にて、象徴ともいうべきものは、魔法。それにつきる。

フィルベール帝国は、どの国よりも魔法に優れた国であり、優秀な魔道士を数多く輩出してきた。

彼らは、国の発展の為に尽力し、短い期間でフィルベール帝国を大国へと導いた。そのため、フィルベール帝国の紋章も、魔道士の華と言われる白いカトレアが描かれており、フィルベール帝国は、魔法の国として、諸国から認知を受けている。

シルフィールの生家であるブライトウェル家は、そんな魔法の国として名高いフィルベール帝国において、最も優れた魔法の大家と呼ばれる公爵家だ。皇族の血を受け継ぎ、現当主は筆頭魔道士兼元老院の一人でもある。

シルフィール=リヴィングストン。旧姓シルフィール=ブライトウェルは、ブライトウェル公爵家の末子の姫として生を受けた。

美しい容姿もさることながら、魔道士としての才能にも恵まれたシルフィールは、家族に厳しくも大切に育てられた。

現当主である長男、ギルフォード=ブライトウェルは、忙しい身でありながら自らシルフィールに魔法と剣術の手解きをした。

次男であり、優れた知能を持って兄の補佐を務めるロベルト=ブライトウェルは、学問全般をシルフィールに教育した。

マナーやダンスなどは、流石に専任の教師が担当したが、それ以外は全て兄たちが教え導いた。

それにより、シルフィールは、結婚するまで家から出ることはほとんどなかった。たまに首都の公爵邸に行くくらいで、それ以外は領地で過ごした。兄たちは、シルフィールを外の世界へと出すことを良しとしなかったからだ。それというのも、兄たちは、溺愛しているシルフィールの身を案じていた。魔法も剣術の腕も優れているシルフィールではあったが、酷く不安定でもあった。

身体が弱いわけでも、精神を病んでいるわけではない。ただ、幼い頃よりぼんやりしていることが多々あり、まるでこの世界に馴染んでいないような、存在が揺らいでいるような感じを受けた。

些細な感覚であり、確信もないものであるが、勘が鋭く魔道に深く通じている兄たちだけは、顕著に感じ取っていた。だから、自衛として身を護る手段を授け、できるだけ領地から出さぬようにした。

本来なら、シルフィールを結婚させるつもりもなかった。けれど、兄たちしか感じられなかったシルフィールの不安定さを見抜き、癒すことができる存在が現れた。

それが、シルフィールの夫。グレイ=リヴィングストンだった。

グレイ自身も美しく優れた青年であり、魔道士としてはギルフォードに継ぐ実力者で、杖術の腕前にいたっては、ギルフォードを超えていた。性格も温和であり、紳士であることは、ギルフォードもロベルトもグレイの姿を見て、納得できた。

シルフィールとグレイは、仕事の都合で首都の公爵家へとギルフォードがグレイを連れてきたことがきっかけで知りあった。シルフィールを紹介された時に、グレイは彼女の不安定さを見抜いた。そして、側にいたいと思うようになった。その時は、恋情なのか愛情なのかは、本人にも分からなかったが、ただこんなにも側にいて支えたいと感じた人はシルフィールだけだった。

グレイは、シルフィールの元へと足繁く通い、その度に、お茶会や散歩といった優しい時間を二人で過ごした。

シルフィール自身も、少しずつグレイに心を許した。

彼の梔子の香りに包まれることは、シルフィールにとっての安らぎとなったからだ。

そうして日々を過ごすうちに、二人は互いを求めるようになった。

グレイは、自分の感情が愛情であることに気づき、すぐにシルフィールに不変の愛情を捧げることにした。

けれど、シルフィールは戸惑った。グレイの想いに対して、シルフィールには返せるものがない。

感情だけであれば、グレイと同じものをシルフィールは持っている。グレイを求めて、愛している。でも、それだけではない。自分の中には、グレイみたいに綺麗なものだけではない。醜くて濁ったものが自分の中にはある。シルフィールは、グレイの想いを受けてしまったら、彼を離せなくなってしまうと理解していた。だから、断ろうと思った。手遅れになる前に離れようと。

けれど…

「構わない。私が貴女に捧げるのは永久に終わらぬ不変の愛情。私が勝手に押し付けているのだから、返す必要などない。貴女が背負う必要はない」

グレイはそう言ってくれた。

それでも、シルフィールは戸惑った。

グレイにだけ背負わせるのは嫌だった。ただくれるものを受けとるだけなんて、それこそ相手を愛していないことになるではないか。

「なら……貴女がいう貴女の中にある醜いものを私にくれないか」

そう言って、グレイは手を差し伸べた。

「それなら私たちは対等だ。必ず貴女を受けとめよう」

それは、ひどく優しい告白だった。

底に沈んだ自分の想いを掬い上げてくれるなら。

自分の持つ感情全てを持って返そう。

愛しいあなた。


夜会の大広間には、すでに招待客が集まっており、それぞれが雑談に興じていた。

「お久し振りです。オルコット男爵。お元気でしたかな」

「おお!お久し振りでございます。ベインズ侯爵」

「ご機嫌よう。セレナ嬢」

「お会いできて嬉しいですわ。クレイル子爵夫人」

招待された貴族たちは、リヴィングストン家が懇意にしている一族が主であるが、立場上付き合いが必要な貴族たちも招待されていた。

「リヴィングストン家の新たな奥方はどんな方かしら」

「ブライトウェル公爵家の姫君でしたわよね」

招待された者たちの雑談の内容は、この夜会の主役であるリヴィングストン伯爵夫人に向けられている。

「皆様、ご静粛に。グレイ=リヴィングストン伯爵及び、シルフィール=リヴィングストン伯爵夫人がご入場されます!」

夜会の開催を告げる声と共に、入り口の扉が開かれた。大広間は喧騒に包まれるかと思われたが、誰一人として声を出す者はいなかった。

いや。出せなかった。

なぜなら…

軽やかな靴の音と共に入場した二人に、招待客たちは圧倒されたからだ。

二人の人間とは思えない、完璧なまでの美しさに。

柔らかな顔を向け、優雅にパートナーの女性をエスコートする男性。

華奢な手をそっとパートナーの腕に絡め流麗な所作で歩いていく女性。

二人は、ゆっくりと大広間の中心へと足を進める、自然と人垣が二つに割れた。

「あの方が…リウィングストン伯爵夫人」

「なんと美しい」

「月の女王のようだ」

「リヴィングストン伯爵閣下…」

「なんて麗しいお姿」

「こんなに素敵な方だったなんて…」

紳士たちは、感嘆の声を。淑女たちは、憧れの溜息を、夜会の主役である二人に向けた。

大広間の中心地へと来た二人は、招待客たちに一礼した。

「皆様方。今宵はお忙しい中、私たちのために足を運んでくださり、ありがとうございます。心より感謝申し上げます。今宵は楽しんでいってください」

グレイの言葉に、招待客たちから拍手が起こる。それに合わせるように、大広間からは、ワルツの曲が流れ始めた。

二人はホールドし、曲に合わせて、ワルツを踊り始める。

くるくると身を回し、ステップを踏む。時に優艶に、時に軽快に。飽きることなく、いつまでも眺めていたいと思うようなダンスに、招待客たちは目が離せず、またも虜になっていく。

この空間自体が、現実とは思えないような錯覚さえ引き起こす。

まるで…

「魔法のようだ」

誰かが紡いだ言葉がワルツの中に溶けていった。


「素晴らしい!」

「なんて素敵なの!!」

ワルツが終わると同時に、招待客から惜しみない盛大な拍手が送られる。

シルフィールとグレイは、揃って一礼した。

「皆様方。改めてご紹介申し上げます。此方が私の妻、シルフィール=リヴィングストンでございます」

グレイがシルフィールを紹介し、シルフィールは前に進み出た。

「グレイ=リヴィングストンが妻、シルフィール=リヴィングストンと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」

シルフィールは、ドレスを摘み、お辞儀をし微笑む。

彼女の日の打ち所のない淑女らしさに、賞賛の拍手が降り注いだ。


「ふぅ…」

夜会が始まり、少し時間が過ぎた頃、シルフィールは一人バルコニーで休んでいた。

あの後は、招待客への挨拶廻りで、少し疲れてしまったからだ。グレイは、当主としてシルフィールより対応する人が多く、まだ挨拶廻りをしていた。

(グレイには申し訳ないけれど、少し休憩させてもらいましょう)

バルコニーに置いてある椅子に座り、夜風にあたる。疲れでほてった身体に涼しくて気持ち良かった。

「ご機嫌よう。リヴィングストン伯爵夫人」

涼み出してから数分ぐらいたった頃、後ろから声を掛けられ、シルフィールは振り返った。

そこには、銀の髪を持つ神秘的な青年が立っていた。

しかし、シルフィールはその青年に見覚えがなかった。

(こんな目立つ殿方。一度見たら忘れないと思うのだけど)

そう思いながらも、シルフィールは失礼のないよう立ち上がり、挨拶した。

「こんばんは。楽しんでいらっしゃいますか?」

「ええ。とても」

その青年は、シルフィールに歩みより、手の甲にキスを落とした。

その仕草もスマートでなかなか絵になる。

本当に何処の人だろうと、シルフィールが考えていると、相手がはっとしたように名乗った。

「突然お声がけしてしまい失礼致しました。私はセルディアム伯爵家当主、ロイ=セルディアムと申します」

(セルディアム伯爵…珍しいわね)

セルディアム家といえば、歴史は長いが、あまり社交の場に出ていない学者の一族だ。帝都に屋敷をかまえて、静かに暮らしていると聞いたことがある。どうりで見覚えがないわけだ。

「今宵は、こんな素晴らしい夜会にご招待頂いて大変嬉しく思います」

「お気に召していただけて何よりでございますわ」

シルフィールは、セルディアム伯爵と他愛ない話を二言、三言話した。

「それでは、私はそろそろホールへ戻りますわね」

そろそろ戻らねばと思い、シルフィールは顔を背けた。

「お待ちください。リヴィングストン夫人」

そのまま大広間に戻ろうと思ったが、セルディアム伯爵に呼び止められる。

「此方を受け取っていただけませんか」

振り返って見たものに、シルフィールは驚愕した。

「青い……薔薇…」

セルディアム伯爵の手には、一輪の青い薔薇が握られていたからだ。

青薔薇はとても希少で珍しい花だ。

帝国の建国時代から存在すると言われている程の古い花で、現在ではまず生きているうちに眼にすることはないと言われているほどだ。

シルフィールは、気が遠くなるかと思った。

頭の中が混濁していくような気がする。

なぜ?

なぜと頭の中で繰り返す。

なぜ……その薔薇を貴方が持っている?

だって…それはっ

「リヴィングストン夫人?」

「!」

セルディアム伯爵が不思議そうな顔を向ける。シルフィールは慌てて今居いを正した。

「失礼致しました。驚いてしまって。まさか青薔薇を見れるとは思いませんでしたから」

希少な花を見て、驚いてしまったのだと取り繕う。

「失礼ですが、セルディアム伯。この薔薇はどちらから?」

不躾にならない程度に、シルフィールは尋ねた。

「我が家門に伝わっているものですよ。古くからある家なので、珍しいものや変わったものが残っていることもあるのです」

セルディアム伯爵は、シルフィールの態度を気にしたふうもなく、淡々と言った。

「そうでしたか…」

気になることはあるが、失礼にあたるのでこれ以上聞くこともできない。

「リヴィングストン伯爵のご結婚祝いならば、“ご返礼をせねば”と思いまして。一輪の薔薇では味気ないかもしれませんが、受け取っていただけますか?」

「……………」

青い薔薇を眼前に差し出される。

震えそうになる手を叱咤し、そっとシルフィールは受け取った。

青薔薇がシルフィールの手に渡り、満足そうにセルディアム伯爵は微笑んだ。

「それでは、私はこれで失礼いたしますね。ご夫君のリヴィングストン伯爵にも宜しくお伝えください」

そう言って、セルディアム伯爵は、バルコニーから出て、大広間へと姿を消した。


「…………」

シルフィールは、その場に立ち尽くしていた。

大広間に戻らなければいけない。

いや。そんなことよりも。

手の中に収まっている青薔薇を見つめる。

この薔薇は、とても大切なものだ。

希少なものだからという理由ではない。

「っ……」

御しきれない様々な感情が、自分の中でないまぜになっていく。

今にも溢れ出してしまいそうだ。

「シルフィール?」

「!」

聞き慣れた声に、シルフィールは振り返った。

「どうかしたのかい?何時までたっても戻らないから心配したよ」

グレイがバルコニーへと足を踏み入れる。

「あなた」

シルフィールは、グレイを見詰めた。ただその顔は、能面のように表情を失くし、紙のように白かった。

妻の異変を感じ取ったグレイは足早に歩を進め、抱き締めた。

「大丈夫だ。シルフィール」

シルフィールを安心させるように、優しく背をたたく。

梔子の香りがシルフィールを包み込んだ。

「っ!」

その安堵感に包まれたシルフィールは、グレイを抱き締め返した。


「よく眠っているね」

グレイは寝台に横になっているシルフィールの髪をすきながら呟いた。

あれからシルフィールを休ませるために寝室へと連れ帰り、寝かせた。

夜会を途中で抜けてしまったが、挨拶廻りは終わっていたので問題はないだろう。

後は、招待客同士で好きにやるはずだ。

それよりも…

「青薔薇か……随分と懐かしい」

何色にも染まらぬ程の深い色の青だ。

あの後の詳細は全てシルフィールから聞いた。

シルフィールが、取り乱しかけたのも無理はないだろう。

「“返礼”とは舐められたものだね」

グレイは胸元からネックレスを取り出した。

ネックレスに添えられた六角形の小さな結晶に魔力を通す。結晶は、魔力に反応してキラキラと光った。

これは、通信用結晶石と呼ばれている。通信用結晶石とは、直接会わずとも他者との会話を可能にする魔道具だ。魔力が込められた魔法術式があらかじめ仕込まれている魔道具であり、遠距離相手との会話が可能なため、大陸中で使用されているポプュラーな魔道具となっている。

通信用結晶石から静かな男性の声が届いた。

「お呼びですか。主君」

「アルド。仕事だ」

シルフィールに向ける声とは違い、冷淡に告げる。

珍しくグレイは機嫌が悪かった。

それはそうだろう。

自分の大切なものに手を出されて平静でいられるものか。

「ロイ=セルディアム伯爵の調査を早急にしなさい」

「仰せのままに」

手短に命をだし、通話を切る。

眠るシルフィールを起こさないようにグレイは立ち上がった。

「奪わせない。絶対に」

やっと…取り戻したのだから。

その言葉は、短いながらも確固たる意思を持って響いていた。



全てを奪われた魔女


大切なものを全て


奪われたなら奪いにいこう


願いを取り戻そう


奈落の底へ





長期連載予定です!

お暇な時にでも、読んでいただければ幸いです。

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