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死因は神様

 なんてことはない人生だった。


 小さい頃に両親を事故で亡くした僕は、山奥でひとりひっそりと暮らしていた祖父に引き取られた。小学校と中学校には通ったけれど、高校には行っていない。その通った小学校と中学校も、全校生徒数が一桁の廃校寸前の学校だった。先生も一人だけで、年の近い子なんてほとんどいなかったのを覚えている。

 中学を卒業した後、しばらくして祖父が死んだ。事故とかそんなのじゃなく、たぶん普通に老衰だったと思う。もともと体が弱くなってきてはいたが、やがて布団から出られなくなってそのまま眠るように息を引き取った。最後の言葉は、『研鑽を怠るな』だった。祖父は古武術を代々伝えてきた家系で、僕はその後継者として様々な武術を教え込まれていた。僕の両親はそんな家庭が嫌で出ていったのだと祖父から聞かされたが、僕は不思議と武術を習うことは嫌いじゃなかった。祖父は滅多に笑わない人だったが、僕の武術が上達したときは笑って褒めてくれたからだと思う。

 祖父が死んでからは、一人で山の中の家で暮らしていた。山は祖父の持ち物だったから、山の幸は採れたし弓や罠を使えば肉も食べられた。水も井戸があったし、薬草なんかの知識も祖父から教えられていたから生活に特に問題はなかった。多少の不便はあったけれど、何より、祖父と暮らした家を離れようとは思わなかった。

 でも、20歳になった年に急に不思議な病に罹ってしまった。原因は分からないけれど、気が付けば立ち上がることも出来ないような状態だった。そしてそのまま、僕はあっさり死んでしまった。


 看取ってくれるような人は当然だけどいなかったし、僕が死んで悲しんでくれるような人に心当たりもない。一人だったのだから当然だけど、少し悲しいと思ってしまった。


 心残りは二つ。

 一つは、祖父が伝えてくれた武術を誰にも伝えられなかったこと。

 そしてもう一つは、一人だったこと。誰でもいいから死ぬまで一緒にいてくれる家族が欲しかったな、と死ぬ間際に思った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そして次に気が付いた時、僕は真っ白な場所にいた。


「ここは……?」

 

 辺りを見渡してみるが、どちらを見ても何もない。それどころか、上も下も真っ白だった。自分が立っているのか浮いているのかもよく分からない。唯一存在する僕自身の体でさえ、どこか透けて曖昧に感じられる。

 ここは死後の世界というやつなのだろうか?


 「黄泉の国っていうのはこんな何もない場所だったのか……」

 『そんなわけなかろう』


 僕のつぶやきに突然返ってきた言葉。と同時に、目の前になんの前触れもなく老人が現れる。


 「っ!?誰だ?」

 『おっと。そんなに警戒せんでくれ。儂はべつに怪しいものではないでの』


 咄嗟に距離を取った僕に、老人は温和な笑みを浮かべた。いや、正直こんな場所で怪しくないもなにもあったものじゃないと思う。


 『儂は…そうじゃの、おぬしの認識に従うと『神』と呼ばれとる存在かのぅ』

 「神様…?」

 『そうじゃ。正確には、おぬしらの生活していた世界を管理・運営しておる者じゃな』


 そう言うと、自称『神様』はそっと手を前に出した。そうすればその手の平の上に球体が現れる。


 「それは?」

 『これが地球じゃ。儂はこの地球と他にもいくつかの世界の管理を任されておる。とは言っても、別段何か世界に干渉しとるわけではないのじゃがな』


 同じような球体が神様の手の上でいくつも浮かんでいく。よく見ればそれは惑星に見えないこともない。小さすぎてわかりにくいけど。


 『さて、君、名前は確か……』

 「武尊(タケル)です。九条(クジョウ)武尊。」

 『おぉ、そうそう。武尊くんじゃ。それで武尊くん、まずはっきり言うが、君は死んでしまった。今の君は魂のみがかろうじて存在している状態じゃ』

 「はい」


 それは分かっていた。あの時、僕は確かに自分が死ぬのを感じたし、死を迎える眠りについたのを覚えている。


 『おや、冷静じゃな?ふつうは自分が死んだと言われると狼狽するものなのじゃが』

 「なんとなく分かってましたから。それより、僕が死んでいるならここはどこなんです?黄泉の国ではないんですよね」

 『うむ。ここはいわゆる『あの世』ではない。『生と死の境界世界』、君風にいえば『黄泉平坂』といったところかの』


 黄泉平坂。つまりは生者の国と死者の国の境界ということだ。生きていないが死んでもいない、中途半端な者が存在する場所。


 「でも、僕は死んだのでは?なら、黄泉の国に行っていないとおかしいでしょう」

 『確かに、普通の人の魂ならそうじゃ。死んだ瞬間に黄泉の国へ行き、そこで輪廻転生の輪に乗る。しかし君は少しばかり特殊での。儂が強引にここに留めたのじゃ』

 「留めた?なぜですか?」

 『うむ。君は自分の死因を知っておるか?』

 「確か、病だったと記憶してます。急に病に侵され、そのまま死んだと…」

 『そうじゃ。しかしその病というのが実はただの病ではなかったのじゃ』


 そう言うと神様は僕に手の平の上の地球を差し出してきた。『ここを見てみよ』と言われてのぞき込むと、ある一点がまるでインクが染みたように黒ずんでいる。


 「これは?」

 『『歪み』じゃ。正確には、世界の歪みによって生じた世界の穢れじゃな』

 「はぁ…」


 と言われてもピンとこない。


 『世界とは常にバランスよく存在しておるわけではない。ときにはその在り方に歪みが生じ、それが世界に負担をかけてバランスを崩すことがある。その時に生まれるのがこれ、というわけじゃ』


 トン、と神様は黒くなっている場所を指でつく。


 『これは世界の負荷が実体を持ったものだと解釈してくれてよい。負荷じゃから当然良いものではない。これに生き物が触れるとあっという間に生命力を奪われ死に至る。当然、そんなものが世界に流れ出ては一大事になってしまう。そこで、儂のような世界の管理者がそうならないようにしているのじゃが…ごくまれに、その処置が間に合わず世界に流れ出てしまうことがあるのじゃ』


 『こんなふうにの』と言われて突如出された映像には、見覚えのある山の風景が映し出されていた。そしてその一か所に見たこともないような穴が開き、黒い煙が流れ出した。


 「ここは…僕の住んでいた山?」

 『そうじゃ。あの時は珍しく複数箇所で歪みが生じてしまっての。人里から離れておるからと後回しにしておったのじゃ』


 やがて煙は早朝の霧と混ざり合い、俺の住む家に流れ込む。


 『こうして、君はあの『歪み』を体に取り込んでしまったのじゃ。儂がそのことに気づいたのは、君が死んでしまうまさに直前じゃった…。もはや儂の手でも手遅れで、どうしようもなかった』


 映像の中の僕は、そのまま布団の中で息を引き取った。そこで映像は消える。


 『君の死は、本来起こってはならない世界の歪みによる産物。まごうことなき、管理者である儂の不手際じゃ。本当に、すまなかった』


 そう言って、神様は頭を下げた。 

 …はっきり言って、飲み込めないことが多い。けれど何となくわかった。僕は本来死ぬはずではなく、神様の言う不手際で死んでしまったのだ。


 「だから僕は輪廻転生の輪に乗れない。そういうことですか?」

 『そういうことじゃ。君は本来、あの山であと80年ほど生きてから死ぬ予定じゃった。そのため君の魂は未だ輪廻転生の輪に乗せるわけにはいかん。それ以前に、儂の手で殺したも同義なのじゃからその魂は輪廻転生の理から外れた存在になってしまったのじゃ。そこで』


 神様は下げていた頭を上げると、さっきとは別の世界を手の平の上に出した。見た目はほとんど地球と変わらない。これは…?


 『そこで君には、この世界に転生してもらおうかと考えておる。ここも儂の管理する世界の一つで、名を〈アースフィア〉。君の世界とは全く違う理を内包した世界で、同じように人間が生活している世界じゃ』

 「転生、ですか?それに違う理って…」

 『うむ。元の世界では無理じゃが、この世界なら君をもう一度生きた人間として転生させることができる。この世界は君の世界に比べてまだ新しく融通が利きやすくての。輪廻転生に魂を加えることもそう難しくない。まあ、ぶっちゃけてしまえばこちらの都合じゃ』


 そう言うと神様は様々な映像を僕の前に映し出した。それは僕の見たこともない不思議な光景ばかりだった。


 翼の生えた巨大な空飛ぶトカゲ。剣を手に知らない化け物と戦う男たち。手の平から炎を放つ女。獣耳としっぽの生えた少年。長い耳を持つ美女。醜い人型の化け物。リンゴと同じくらいの小人。


 地球ではない。それどころかそれが現実だとは到底思えない。それほど不可思議な光景。


 『これが、君の世界とは全く違う理を内包した世界じゃ。この世界には魔法があり、ドラゴンがいて、獣人がいて、魔物がいる。生きることは常に危険と隣り合わせであり、地球の常識は一切通用しないじゃろう。基本的な物理法則こそある程度同じじゃが、魔力という地球にはなかったエネルギーが存在する』

 「なるほど…。これは確かに、僕のいた世界とはまったく違いますね」

 『そうじゃろう』


 山に引きこもっていた僕はお世辞にも世界を知っているとはいいがたい。けれどそんな僕でも、この世界が地球と大きく違うのははっきりわかる。


 「でも、人は生きている」

 『うむ。この世界は過酷じゃが、人が住めないような世界ではないことは確約する。文化レベルは低いがの。まあ、中世のヨーロッパ程度に考えてくれればよい。電気のような文明の利器はないが、そのぶん魔法がある。それなりに便利な部分も多いはずじゃ』


 なら、生きていける。

 もとより僕は、山で自給自足の生活を送っていた身だ。文明の利器なんてもの、ほとんど使った記憶もない。

 それに何より、僕には心残りがある。

 祖父が僕に伝えてくれた技。それを誰かに伝えたい。ちょっと違う世界になっちゃったけど、きっと許してくれるだろう。


 「転生、します。僕をこの世界に連れていってください」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 『そうか。なら、ちょっとばかりサービスしておこうかの』


 僕の返事を聞いた神様は微笑むと、そっと僕の額に触れた。一瞬全身が光に包まれ、輝く。


 「これは…?」

 『こちらの落ち度で死なせてしまったお詫びみたいなものじゃ。ある程度、病や毒に対して耐性を付けておいた。あちらの世界にはこっちにはなかったような病や毒もある。転生してすぐそれらで死んではつまらんじゃろう』

 「それは、ありがとうございます」


 ありがたいことだ。多少は体の頑丈さに自信があるとはいえ、未知のものはどうしようもない。


 『最後に、君が欲しいものを一つだけ儂から送らせてもらおう』


 このうえ、まだ何かくれるらしい。なんともサービスがいいというか、優しい神様だ。


 「欲しいもの、ですか?」

 『うむ。なんでもよい。力や才能、知識が欲しいならそれでもいい。金銭でも宝でも、君の望むものを送ろうなにが欲しい?』


 なんでも、か。正直、あっちの世界で生きていくために必要なものは多い。祖父の技を誰かに伝えるなら、今までみたいに山の中で引きこもっているわけにもいかない。人の中―つまり社会で生活するなら金や知識は必要だろう。上げ始めたらきりがない。

 でも僕は、もうほしいものは決まっていた。こんなものを欲しがる僕はバカなのかもしれない。でも僕は、どうしてもほしいものがあった。


 「…なら、お願いします」


 これは僕の、もう一つの心残り。一人で死んで、誰とも一緒にいることが出来なかった僕のわがまま。


 「僕は、家族がほしい。死ぬまでずっと離れない、かけがえのない、最愛の家族がほしい」


 『うむ、分かった。なら君には――』


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