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ー超常の生物が出現するとき、人類の最終兵器「ガイ」は動き出す。ー

生物学の権威、水野重明。10年前、荒野でライオンの群れに襲われ生還。5年前、海中で巨大サメと格闘し、これを昏倒させる。1年前、グリズリーの縄張りのど真ん中に裸で野宿、これを夜襲される。以降、そこは水野の縄張りとなる。


「無敵」


水野に衰えという概念はない。過酷な野生で生き残るため、水野の肉体は逃亡ではなく「進化」を選んだ。


相対する如何に強大な生命も、水野にとっては糧でしかない。まさに、「野生の王」である。



ーとある異国、城砦跡ー


 野生の王が頭を垂れ、手のひらを無防備に空に差し出していた。このポーズは野生界で相対する敵への「完全降伏」を意味する。


もはや、5歳児の目にすら勝負は明らかだった。あらゆる生物を超越した男が生涯唯一にして最後の敗北を喫した決定的瞬間である。


水野の研究チーム「WAZAP」はのちにこう語っている。


『我々は無敵だった。メンバーはみな数十年の修業を積んだベテランかつ生死の境をさまよってなお生還したことがある猛者だ。加えて、リーダーの水野さんは我々が見てきたあらゆる生物の中で最強だ。歴戦の戦士足り得る鋭敏なカン、桁外れの経験値、潜在能力の限界を超えた戦闘能力、これらを併せ持つ生物は存在しえない。


()()は生物じゃない』





ーウトキテ王国中央議会ー


従者は入室と同時に中のただならぬ雰囲気に圧倒され、思わず失禁した。


「何度言ったらわかるのだ!!我が私兵を出すと言っておろうが!!」


「誰が権力に胡坐をかいた猿どもを信用できるかっ!!下級貴族ながらも実力だけでこの地位に上り詰めたドーメン家の兵団こそふさわしいっ!!」


貴族たちの怒号は猛獣の咆哮に等しかった。ここは権力戦争の最高峰、『中央議会』。己のすべてをかけてたった一つの利権を奪わんとしていた。


従者は戦場で最も恐ろしいものを連想していた。大砲?爆弾?乱戦?


違う。合図一つで芝色の大地を紅に染め上げる『ファンファーレ』だ。


貴族の咆哮はファンファーレの終わりなき応酬であった。


(こ、この人たちはすぐにでも戦争を始める気だッ…!!あと数分もしないうちにッ…!!)


「静粛にせいッ!!!!」


ある人物が声を発すると轟音は途端に静まり返った。大貴族たちを黙らせられる鶴の一声の主はただ一人。ウトキテ11世・現ウトキテ大王である。


オホン、と咳払いをして従者を呼びつける。


「何用じゃ、申してみよ。」


従者は速やかに跪き、声を張り上げる。


「は!!先の城砦跡の一件を聞き賜り、我がドルイア団団長から王様宛に直々に手紙を授かっております。」


「…原文のまま読め。」


「はい…。『ウトキテ国王殿。お久しぶりです。ワタシです。お元気ですか?城砦跡の化け物、やっぱり駄目だったでしょう?だから言ったじゃないですかぁ。なんでも独断で決めちゃうと嫌われるからそういうところ直したほうがいいですよ。って、誰かに言われてもおかしくないですよ!ワタシは国王様のそういうとこ、男らしいと思いますけどね!…国王様の血管が切れる前に本題に入りますね。いいですか?一言しかいいませんからよく聞いてくださいね。


()()()()をお貸しします。以上』…だそうです。」


ドンッ!!!


議会用の円卓が三日月ほどに欠けた。


「…よもや、あの男に頼らねばならぬというのか…」





腐りかけのベーコンと卵を鉄鍋で豪快に焼く。道端の雑草と炒めてこぶし大の塩を振ったらごちそうの完成だ。男はごちそうをナイフで串刺しにして一息に口に運んだ。


男はガイ。身長195cm体重100kg、体中に無数の傷跡が目立つコワモテだ。


「ガイさん、起きてますかー?」


帽子の男がガイの家を訪ねてきた。ドルイア団団長、ドルイアである。


「…ドルイアか。仕事の話か?」


ガイはナイフをほおばりつつドルイアに向き合う。


「見てて心配になるんでナイフは外して欲しいんすけど…。実は久しぶりの大仕事の依頼っす。」


「…詳しく聞かせろ。」


「場所はウトキテ城砦跡、敵は一体。戦闘データ、微量。単騎での任務です。」


「単騎か。敵のレベルは?」


「報告から推察するに60かそれ以上ってとこっすかね。間違いなく超越者っす。」


「だと思ったぜ。」


「その代わり報酬は高くつきますよ。何しろ国王直々のお願いっすから。平民が大貴族と同じ暮らしができるぐらいには出るみたいっす。」


ガイは壁にかかった首飾りをかけ、祈るように装備を整えた。薄汚れたマントに鉄製の籠手とブーツ。ガイの巨体ほどのひび割れた大剣を携えた。


「やっぱりサマになりますね、いつ見ても。昔を思い出します」






城砦はかつて王国の戦闘訓練に用いられた文字通り「砦」である。

生物が潜んでいるだろう最奥部までには3重4重の分厚い壁が一定間隔にあり、物見やぐらが2つある。

つまり、城壁の外のガイは城砦から一方的に監視されている状態である。


奴らに理性などない。「超越者」とはすなわち一定の能力値が振り切れてしまった生物のこと。裏を返せば戦闘に不要な感性などは退化しているということ。

つまり、とっさの奇襲や卑劣な手段を用いることは道端の子供に手を差し伸べることよりよっぽど自然なことなのだ。


ガイが一歩城壁に近づいた。刹那、大地の裂け目からおびただしい数の植物の根が瞬く間に絡みつく。

最奥部に確かに感じた気配。その正体を探ろうとしたこちらの意図を読んだのかあるいは野生的な本能か、すでに攻撃の手を仕込んでいた。


『パピルス』

古代エジプト周辺で発明された紙の起源。木々の繊維を束にして薄く形成したもの。

縦に裂こうとすれば5歳児の子供の力でも容易に引き裂ける。だが、それが横に引っ張る力ならば、たとえ大の大人が歯を食いしばったとしても傷一つつかない信じられない耐久性を誇る。これが植物の繊維の力。獰猛な獣や昆虫から身を守るため、何億年もかけて編み出された「大自然の鎧」である。


たとえ国一番の怪力自慢だろうと頑強な根に絡みつかれたが最後、脱出は絶対に不可能である。


ガイは堅牢な根をつかみ、けたたましい雄叫びを上げた。


根は、ひじきのごとく枯れた。


「安心しろ。お前たちがどんな手を使おうとも憤りなどしない。責めようとも思わない。殺す理由が100から101になっただけだ。」


大きな足がもう一歩大地を踏みしめた。

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