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4 ペナルティ

「じょ、状況を確認してもいいか?」と魔導衣の男が慌てた様子で言った。「いま俺たちが目にしたのは、れっきとしたPKプレイヤー・キルだよな?」


 僕は頷く。彼は続けて早口で捲し立てる。


「なんで街のなかで、しかも決闘でもなく天陰族が天陰族を攻撃できるんだ!? 同種族間でのPKはシステム的に不可能なんじゃないのか!? いや……あのフードの男は天陰族に見えて、実は魔陽族なのか!?」


 僕は頷かない。答えを持ち合わせていないし、僕も考えあぐねているところだ。

 たった今ひとりの天陰族を殺した怪しいフードの男は、灰色の壁際で何か不気味な言語のようなものを口にしていた。


「ググゲ……ケケケ……ガガギ……」


 いや、そうではない、と僕は思った。あれは錯乱した人間が発するような、言葉になっていないただの呻きだ。よだれまで存分に垂らしている。

 僕の思考が気に入らなかったのか、怪しい男は外套の袖で口元を拭い、ゆらゆらと揺れながら片手で剣を構えた。


「お、おい……これってかなりまずくないか!?」


 僕は頷いた。かなりまずいと思う。何がまずいって、殺された天陰族の男が消えてしまったことがまずい。通常であれば、HPがゼロになって死亡すると、蘇生の猶予時間が三分間与えられる。それまでに誰かの魔法なりアイテムなりで蘇生すれば、その場で(HP10%の状態で)起き上がれるし、それを過ぎるとホーム・ポイントとして設定された街の<祈り子像>に飛ばされる。ビューンと、使用後のドラゴンボールが世界中に飛び散っていくときのように。


 彼にはそれがなかった。猶予もビューンもなかった。それがまずいと僕は思う。かなり、ものすごく、何よりもまずい。

 しかし、僕にはその意味がわからなかった。確信を持って言えることは、このVRMMOの世界に何かが起こりはじめているということだ。あるいは、何かが起こった後だということだ。


「ず、ずらかるぞ……」と魔導衣の男が僕の初期装備の服の袖をつまみながら言った。

「ずらからない」と僕は言った。あのフードの男から色々と聞き出す必要がある。


 僕は身を低く構え、フードの男の全身を注意深く見る。武器は剣――装備適正レベル55の<ハード・クラッシャー>という、かなりレアなものだ。しかし、それに引き換え、防具はこの初心者エリアのNPCからクエストの報酬で貰えるものばかり。アクセサリーだってろくに装備していない。このちぐはぐさに、僕は一つの結論を下した。


「大丈夫、きみなら油断しなけりゃ負けやしないよ」と僕は魔導衣の男に言った。「僕が隙を作るから、ソーサラーのレベル7魔法を思いっきり背中に撃ち込んで!」


 返事を待たずに、僕は真っ直ぐに走ってフードの男の正面に躍り出る。男は剣を横に構え、それから木こりが斧を大木に打ち込むように薙ぎ払ってくる。しかし、その斬撃は遅い。いや、男の動作のすべてが鈍重だった。僕は後ろに飛び跳ね、そしてすぐに駆け出して男の背後に回り込む。


 男は僕のもくろみどおり、すぐに――といっても雪国の亀のようにゆっくりとだけれど――僕のほうに向き直り、今度は剣を高く構えて濁った瞳で僕を見下ろす。


「ヴィル・サンダー!」


 魔導衣の男はその隙をちゃんと突いてくれた。電撃がフードの男の背中に直撃し、少ししてから見事に崩れ落ちてうつ伏せに倒れ込んだ。ふがふがと泡まで吹いている。


「紐かなんか持ってる?」と僕は魔導衣の男に尋ねる。

「あ、ああ……持ってるぜ」


 僕は気絶した男の手足を素早く紐で縛り、フードをとって顔を確認した。スポーツ刈りの中年男で、いたって普通のアバターだった。もちろん見覚えはない。


「な、なあ少年。魔法を放った俺が聞くのもなんだが、なんでこの男は気絶してるんだ?<ヴィル・サンダー>にそんなデバフ効果あったか?」


 僕は落下したまま冷たく硬直している<ハード・クラッシャー>に目を向けながら、ざっと説明をした。


「魔法やスキルのなかには、背中にヒットさせると追加効果が発動するものがあるんだ。<ヴィル・サンダー>もその一つで、追加効果は見てのとおり気絶さ。と言っても、普通はこんな長い時間の気絶なんて期待できないけどね」

「普通は? どういうことだ?」


 <ハード・クラッシャー>を手に取り、両手で握りしめて何度か素振りをしてみる。ずっしりとしていて、かなり重い。


「これはレベル55が装備適正の武器なんだけど、適性がそれってだけで装備するのは何レベルからでも可能なんだ。けど当然、適正レベル以下での装備にはペナルティーが生じる。素早さや魔法耐性やスキル耐性が大幅に下がってしまう。魔法耐性が下がりきったところに背中に<ヴィル・サンダー>……ちょっとむごいけど、デバフ解除の魔法をかけない限り、まああと数時間は起きないんじゃないかな?」


 要するに……と彼は口にする。僕の説明は要せていなかったらしい。


「このオッサンはレベル55以下ってことだよな?……でも、なんでそれがわかったんだ? たしかに動きは鈍いように見えたけど、それはリアル体調とかでも結構普通に変わったりするもんだろ?」

「たしかに。でも、これだけのレア武器を装備していながら、防具はこの街のクエスト報酬ってのは明らかにおかしい。それが気づいた要因だよ。防具は武器と違って装備可能レベルがちゃんと設定されているから、この男のレベルは防具的に考えて7~10ってところだ」


 きっと初心者だけど金だけはたんまり持っていて、マーケットで<ハード・クラッシャー>を購入したのだろう。僕はRMTリアル・マネー・トレードの可能性を考えていたが、それを発言するのはやめておいた。疑わしいだけでそんなレッテルを貼ってしまうのは気が引ける。


「なるほどな……」と魔導衣の男は腕を組み直して言った。「なんにせよ、やるじゃねえか少年。気に入ったぜ!」

「少年はやめてよ」と僕は言った。「僕の名前はイタル。まあ……あんまりログインしないけど、よろしく」

「じゃあ俺はウィリーだ。ウィリー・ポッター。どうだ? 魔法使いとして大成しそうな名前だろ? 本当ならそのものズバリな名前にしたかったんだが、MMOの後続あるあるよろしく、先に使われててな。それで仕方なく飼い犬の名前と組み合わせたんだ」


 僕は曖昧に微笑み、差し出された握手に答えた。魔法使いとして大成しそうな名前? どういう意味だ?


「さてと……。そんで、こいつは壁にスプレー缶で何を書いてたんだ?」


 僕らは歩を進め、壁いっぱいの文字を睨むようにして見た。


 『おれたち全員この世界に閉じ込められたんだ! 全員ここで死ぬんだ!』


 赤いペンキはまだ乾いていなかった。一つひとつの文字から血のようにペンキが垂れ、不気味さをより強調させていた。僕もウィリーも何も言わなかった。何も言わなかったし、何も言えなかった。


 静寂のなかで、どこかで犬がワオーンと鳴いた。気のせいかもしれないし、あるいはウィリーの家のウィリーの遠吠えかもしれなかった。


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