15 大食い金髪美少女
<スケルトン(Lv9)>から少し距離を取り、僕は向けられたクロスボウに意識のすべてを捧げた。そよ風が草木を揺する音が消え、眩しい太陽の光が何段階かその光度を落とした。やがてこの世界に僕とクロスボウだけが残ると、矢じりが死神の目のように青白く輝いた。
引き金が引かれ、同時に僕は駆け出した。死神は僕の額を寸分の狂いもなく捉えていた。しかし――もうそこには僕の額はなかった。矢が僕の頬から数ミリの位置を通り過ぎていき、僕はシルバー・ナイフを握る手をおもいきり後ろに引き絞った。
「ブラッド・ピアッシング!」
スケルトンの胸部に刃が突き刺さり、頭上のHPゲージを大きく奪った。クロスボウに素早く矢がつがわれたが、引き金を引くことを僕は許さなかった。
「足払い!」
泥土に背中を打ちつけるように倒れ込み、スケルトンの状態が《転倒》に変わる。ほんの二秒間だけだが、そのあいだは一方的に攻撃を叩き込むことができる。強力なダウン専用追撃を持つクラスもあるけれど、あいにく僕が倉庫キャラとして選んだスカウトにはそれがない。しかしそれでも、AGI(敏捷性)とDEX(器用さ)が高く、そして攻撃間隔の短いナイフ類を得意とするスカウトなら三回は攻撃を入れられる。
けれど、結果的には額にナイフを一度突き立てたところで、<ブラッド・ピアッシング>による出血のスリップ・ダメージがとどめを刺すこととなった。ドロップはないようで、スケルトンは淡い光に包まれ、そのまま儚く消えていった。
僕はすぐに後ろを振り返った。ずっと後方でジュディが両手剣を横に振り抜き、別のスケルトンを派手に粉砕していた。葵とジュディも二体のスケルトンを無事片付けたようだ。
「矢を躱したのを見てたよ」と光をたたえたまま横たわるスケルトンに手をかざし、ドロップ品を吸い取るようにゲットしているジュディが言った。「システム外の動きに見えたけど、このゲエムってあんな風に回避できたの?」
僕は彼女らに歩み寄りながらシルバー・ナイフを鞘に納め、頷いた。
「まあ、ステータスと慣れとセンス次第ではね。誰でもできるわけじゃない」
「言うじゃない、あんた。天陰族の英雄ヴァンクロードのサブキャラを舐めるなってところ?」
「そういうわけじゃないよ。それに、ヴァンクロードは聖騎士でれっきとしたタンクだ。タンクにはタンクの攻撃の受け方がある。防御や捌きでダメージを抑えつつ攻撃を入れてヘイトを稼ぎ、あとはヒーラーを信じて耐えるだけだ。その頃にはDDが敵にとどめを刺してくれているよ。少なくとも、僕らはそうやって強くなっていった」
ジュディはウィンドウを開きながら、また僕に言った。「『僕ら』ってのは、神巫女ツバキと暗黒騎士ナルザーヴァルと魔導法師エルヴィンのこと?」
彼女の手に重々しく握り込まれていた<バスター・ソード>が音もなく消えた。またインベトリに戻されたのだろう。
「そうだよ、ヴァンツァー・カンパニーが大きくなるまではずっと四人で狩っていたからね。それよりジュディ、両手剣は重いからインベトリにしまっておきたいって気持ちはわかるけれど、それだといざというときに行動が遅れる。街中以外では帯剣しておいたほうがいい」
彼女は少しのあいだ僕の目を見ながら考え、それからウィンドウをもう一度開いてバスター・ソードを鞘とともに具現化させた。そしてベルトを体に巻き付け、少し窮屈そうに背負った。
「ご忠告どうもありがとう」と彼女は言った。
「どういたしまして」と僕は言った。
そして、僕らは『忘れ去られた洞窟』に揃って足を踏み入れた。
*
僕らは薄暗い洞窟内を慎重に歩き、ところどころに佇む<スケルトン>や<ブレイキング・バット>をできるだけ一体ずつ確実に撃破していった。そうしてしばらく進んでいると、やがてひらけた広い空間に出た。僕は二人をその空間の端にある小さなほら穴まで誘導して、なかに誘い入れた。
「ここを拠点にして狩るの?」とジュディは黒光りする岩肌に打ち込まれている燭台の火を見ながら尋ねた。
「うん」と僕は言った。「この中にモンスターは湧かないから、外から釣ってきて安全な狩りができる。こんな世界になってなければ誰かしらキープしている、かなりの人気スポットだよ」
何度か頷きながらジュディは両手剣を携え、ほら穴の入り口から外をきょろきょろと眺めまわした。そして一点で顔の動きをとめた。
「プロボーク!」
彼女が挑発スキルを使用して下がると、しばらく遅れてから<スケルトン(Lv10)>が終電に慌てて駈け込むサラリーマンのように入り口に飛び込んできた。ジュディが初撃で<ハード・スラッシュ>を入れてヘイトを稼ぐのを待ってから、僕も背後から攻撃をしていった。葵はヒーラーとしてジュディのHPをしっかりと管理し、余裕があれば<アクア・ショット>を唱えてスケルトンのHPを僅かながらも削っていた。
そうやって続けて何体か狩ると、僕のレベルが8に上がった。僕は早速ウィンドウを開いてステータス画面をタップし、獲得したフィジカル・ボーナス1とスキル・ポイント1を割り振った。
「イタルは何に振っているの?」とジュディが興味を持ち、僕の右隣に立ってウィンドウを覗き込んできた。
「フィジカル・ポイントはすべてAGIで、スキル・ポイントは今のところ<速足>に2と、<ブラッド・ピアッシング>に2だね」
「ええっと……フィジカル・ボーナスはレベルアップごとに1獲得で、スキル・ポイントは偶数のレベルになったら1獲得だよね? それで、あたしはどんな感じで振るべき? フィジカル・ボーナスはまあVITやSTRであってるだろうけど、スキル・ポイントは失敗するのが嫌で全部とってあるんだ。ヴァンクロードは聖騎士なんだから、一次職はあたしと同じソルジャーでしょ? どのスキルに振ってたの?」
僕はソルジャーだった頃のことを思い出してみた。たしか今のジュディと同じレベル7のときはまだソロプレイしかやったことがなくて、ポイントの振り方も適当だったはずだ。たしかエルと出会って指摘されるまでは、最初に覚える<ハード・スラッシュ>に全振りしていた気がする。やれやれ、これじゃアドバイスになりゃしない。
「ソルジャーはレベル12で覚える<サークル・クラッシュ>まで温存でいいんじゃないかな? 範囲攻撃だから纏めてヘイトも稼げるし、三次職になっても使用頻度の高いかなり優秀なスキルだよ」
ジュディは左の耳たぶを指で揉みながら何度か頷いた。<ブロンズ・ピアス>がかすかに揺れ、蝋燭の炎を反射してきらきらと輝いていた。
MPを回復させるために座っていた葵がすっと立ち上がると、またジュディはモンスターを釣りにほら穴の外に出た。その後ろ姿を眺めながら、葵は小さな声で呟いた。
「悪い人じゃないみたいね。さっぱり系の美人姉さんという感じ」
「そうだね」と僕は言った。「僕がヴァンクロードのサブキャラだと知っていて最初は焦ったけど、どうやら害を成す気はないみたいだ」
それに、タンクとしても今のところ申し分ない。釣って来たモンスターの向きに気を使い、僕と葵にしっかりと背後をとらせている。それによる恩恵は今のところ命中率の上昇ぐらいだけれど、これから各クラスにダメージプラスや追加効果のあるスキルが増えてくるので、DDに背後を自然と取らせてくれるタンクはそれだけで貴重なのだ。
僕たちはそれからもかなりいいペースで狩りを続け、お昼前にはジュディのレベルも8に上がった。ちょどいいタイミングだったので切り上げて街まで戻り、ウィリーや午前中の狩りから帰ってきたみんなと情報交換などをしながらお昼ご飯を食べた。『あしながおじさん』という架空の人物から配給された天陰館の特製弁当はとてもおいしく、特に葵は口に運ぶたびに舌鼓を打って、結局三つもたいらげた。ここにいる初心者メンバーから『大食い金髪美少女』と囁かれるようになったのも、まあ致し方のないことだろう。
午後もそれぞれ同じPTメンバーで狩りをし、六時にまたマーケット広場に帰ってきて一日目が無事終了した。もちろん誰ひとり欠けることなく、レベル1だったメンバーもウィリーの付き添いでレベル4まで成長することができた。葵はこのなかでウィリーに次ぐレベルの11になり、僕とジュディもレベル9まで上がった。
こんな世界になってもみんなで協力していけるという、ある種の手応え。それを僕は感じていたし、きっとウィリーや葵も同じだったと思う。
そうして、僕たちは変革がもたらされたこの世界で二回目の夜を迎えた。空には僕たち天陰族の背中にある<月の紋章>のような三日月が煌々と浮かんでいた。僕はここにいる全員の平穏を、月に住む天陰族の神『ユタンベール』に願ってみた。けれど、いくら待っても返事のようなものは見て取ることはできなかった。




