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14 ロール

 あと、こっちもよろしく――ヴァンクロードさん。


 僕はたったいま目の前で囁かれた挨拶を頭のなかで繰り返し、彼女の不敵な笑みの意味性を追求した。


 この女は僕が――イタルが――ヴァンクロードのサブキャラだということを知っている。なんでだ? どうしてだ? まさか、ヴァンクロードのログアウトとイタルのログインのタイミングの良さに勘づいて、それから何日も観察し、確信に至ったのか?


 あるいはこの女はヴァンクロードに恨みのある天陰族かもしれない。全身を悪寒が駆け抜け、汗が一直線に頬を伝って落ちていった。


「ちょっと、あなた失礼じゃない?」


 葵が僕の前にすっと立ち、強い口調で意見した。


「彼の名前はイタル。間違っているわよ?」

「あら、お嬢ちゃんは知らない――ってわけでもなさそうね。庇ってあげてるんだ。なんだか健気ね、あたし、あなたみたいな可愛い子好きよ?」


 僕の手は無意識のうちに腰の<シルバー・ナイフ>の柄を握っていた。もし葵に対して少しでも妙な真似をすれば、躊躇なく引き抜くことを僕の脳は僕の身体に命令していた。

 しかし、女はふいにくるっと背中を向け、歩き出した。つま先は予定していた狩り場の方向をちゃんと捉えていた。


「ちょっと意地悪がすぎた? まあいいわ、歩きながら話そうよ」


 僕は葵の手を引いて後ろにつかせ、女から一定の距離を保ったままついていった。

 前方の<紅革の鎧>を纏う背中を視野の中心に置いたまま、僕は視界の左上にあるPT情報にちらっと目を向ける。


 女の名はジュディ。レベル7のソルジャーで、HP638のMPが62。

 フレンドではないのでステータスは覗けないが、装備は目視で判断することができる。<紅革の鎧>を含め、全身が店売り装備よりも高性能なものだ。武器はまだインベトリから具現化されていないのでわからない。ゾルジャーなので、刀剣類か斧類のどちらかだ。


「どうして知っているの?」と僕は問いを投げかけてみる。

「何が?」とジュディは振り返りもせずに言う。

「とぼけるのはやめてくれ。僕が君に、うちの家に代々伝わる秘伝のおでんレシピの話をすると思う?」

「あはは、いいね秘伝のおでん。うまそうだし韻も踏んでるじゃない」


 また静寂のなかを歩いていると、彼女はマジックの種明かしをするような口調で突然声をあげる。


「実はね、あのマーケットを使ったメッセージ、あたしも前にプレイしていたVRMMOゲエムでダチ子とやってたんだ」


 僕は彼女が言ったことについて考える。『ヴァンクロウド始まりの街』――エル以外にもあのメッセージを読み解ける者がいたのだ。


「なるほど……。ちょっと迂闊だったかもしれない」

「『ヴァンクロード』はこのゲエムを始めて一週間のあたしでもエピソードを二、三個知ってるぐらい有名なんだし、サブキャラってことを隠したいなら、もっと注意深くならないと。あっ、でもメッセージの件は心配しないでいいよ。あれに気づく他人はあたしぐらいだと思うわ」


 そういうわけにはいかない。彼女が知り得たのなら、ほかにも気づく人がいるかもしれない。同族討ちが可能になってしまったこの世界。ちょっとした油断が致死的な毒になりかねない。そして、それは僕だけじゃなく、一緒にいる葵やウィリーまで巻き込んでしまうかもしれない。


「忠告どうもありがとう」と僕は言った。「でも街に戻ったらすぐに出品を取り下げておくよ」


 もしエルがこの世界にいるのなら、もうあのメッセージを受け取ってくれただろう。そもそもが早く片付けておくべきだったのだ。

 しかし、どうやらこの女性は僕が懸念するようなことをもたらす気はないみたいだ。少なくとも彼女から悪意を感じ取ることはできなかった。とりあえずは警戒を解いていいかもしれない。


 いろいろ考えながら歩いていると、いつの間にか僕らは目的地まで到着していた。西エンシェルの中央にある、この『忘れ去られた洞窟』が今日の狩り場だった。ここはレベル7~9の三人PTの僕らにとってもっとも経験値効率がよく、そして奥まで立ち入らなければモンスターが群がることもないので、比較的安全に狩りをすることができる。


 ジュディは早速洞窟の入り口を塞ぐようにして佇んでいる死霊型のモンスター<スケルトン(Lv9)>三体を見据え、インベトリをタップする。そして具現化された両手剣に分類される<グレート・ソード>を力強く握りしめ、やや前傾姿勢に構える。


「ちょっと待って、戦闘の前に確認しておきたいことがある」と僕は言う。


 ジュディは集中を切らさずに、前方を睨みつけたまま返事をする。「なにを?」


「ロールをだよ。君が攻撃を受ける役――タンクをするつもりなの?」

「だって、それがソルジャーやウォリアーの務めなんじゃないの? このゲエムのロールは大きくわけて四種類。壁役と回復役と攻撃役とサポート役。あたしの認識間違ってる?」

「基本的にはそうだけれど、ロールわけが色濃くなるのは二次職からだよ。それまではスカウトの僕にだってタンクはできる。それほど効率を落とさずにね」


 ジュデイは構えを解かなかった。葵もいつ戦闘が始まってもいいように、しっかりと白樺の杖を傾けて戦闘態勢をとっている。


 すぐにまたジュディは口を開く。「要するに、いずれあたしは壁役に染まるんでしょ? なら早いうちから慣れさせてよ」


「ソルジャーもウォリアーもDD(ダメージ・ディーラー/攻撃役)に進む道もあるけれど、まあ真っ直ぐな道を選ぶというのならそうなるね。でも――わかってる? 死んでも蘇生もホーム・ポイントへの帰還もできないんだよ? HPがゼロになれば終わり――」


 そのとき、洞窟を塞ぐ真ん中のスケルトンが何かに被弾して、頭上のHPゲージを僅かに減らした。なんだか水玉が僕の隣からぶっ飛んでいったような気がする。

 もしやと思い、僕は葵の手にある杖に目をやる。案の定、まだ先っちょから勢いのない水がちょろちょろと流れ出ている。


「あ、あなたたちの話が長いからつい」


 つい<アクア・ショット(熟練度5)>を撃ってしまったらしい。僕は堪らずに声をあげる。


「つい、じゃないよ! ヒーラーがFAファースト・アタックをしてタゲを取る(ターゲットの攻撃対象になる)って、一番やっちゃ駄目なことだってわかってる!? しかも、見てよあのHPの減らなさ! 貴重なスキル・ポイントを全部振ってこの火力! 君がいかに愚かな真似をしたか、これで理解できた!?」

「わ、悪かったわね愚かで……。あなたって、意外と心が狭かったのね……」


 ジュディが岩陰から飛び出し、葵を狙って猛然とやって来るスケルトンに<ソード・バッシュ>を叩き込んだ。悪くない選択だった。ヘイト(敵視)を取りつつスタンさせることによって、後方からクロスボウで葵に狙いをつけている二体のスケルトンのもとまで駆け上がる時間を稼げる。


 僕とジュディは同時に<速足>を発動し、湿った泥土の上を風を切って走る。

 手前に一体。そしてその奥に一体。ジュディはバスター・ソードを横に構え、手前のスケルトンと交錯する瞬間に思い切り薙ぎ払う。


「ハード・スラッシュ!」


 良い状況選択だ。彼女はソルジャーの自分よりもスカウトのほうがAGI(敏捷性)が高く、そして僕が速足にスキル・ポイントを振っているのを悟って、遠くのスケルトンを僕に任せたのだ。

 僕は少し離れた位置から高く飛び跳ね、スケルトンのすぐ後方に着地する。そしてがら空きの背中にシルバー・ナイフを突き立てる。


「ブラッド・ピアッシング!」


 出血デバフを与えるスカウトの必殺の刺突。火力も申し分ないが、当然これだけで倒せるわけではない。

 スケルトンは攻撃対象を僕に変え、一瞬の間を置いて素早く振り返る。僕は目の前に躍り出たクロスボウを目掛け、ナイフを上から下へ真っ直ぐ振り下ろす。


「ウェポン・ブレイク!」


 スキル名が如く武器を破壊できるわけではないが、一時的に相手の物理攻撃力を下げることができる。次の瞬間に射出された矢が僕の胸のあたりに突き刺さったけれど、僕のHPゲージは十分の一程度しか減らない。防具だって、レベル7では一番良いものを纏っているのだ。


 ほのかな痛みとともに刺さった矢が消えると、同時に僕の身体を淡い光が包み込んだ。


「ヒール!」


 葵が回復してくれたのだ。僕のHPが満タンまで戻っていく。


「ありがとう!」と僕はスケルトンから目を逸らさずに言う。「でもこっちは一人で大丈夫だ! 葵とジュディはそっちの二体を頼む!」


 後ろから、ジュデイの短い肯定の声が聞こえた。僕はナイフを逆手で握り直し、身体の重心を落として、スケルトンの空洞になっている眼窩を睨みつけた。


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