11 なりきり型
僕たちはそれからすぐに行動に移った。三人で手分けしてこの街にいるプレイヤーに声をかけ、マーケット広場の噴水の前に集まってもらった。
「早速だけどよ、ここにこうして集まってもらった理由はほかでもねえ」と立ち並ぶ人々の前でウィリーは言った。「また一つ、新しい事実が判明しちまった。それは一年のあいだに二次職に到達しねえプレイヤーはシステムに消されちまうってことだ……。これはサーバーの負担を軽減するためにもともと組み込まれてある処置だが、こんな世界になったあとでも律義に働いていやがる。……今ここには全部で五十九人いる。そこで、全員のレベルと開始してから何日経ってるかを教えてもらいてえんだ」
髭をたくわえた屈強なプリーストの男が声をあげた。「なんであんたはそんなことを知ってるんだ? 実際に見たのか?」
ウィリーは男の目を見ながらはっきりと答えた。「ああ、目の前で消えてくのを見たよ。ちょうど今日が一年目だった女性さ」
広場の中央にざわざわとしたどよめきが満ちた。マーケットのカウンターにいるNPCは、にこにことした表情でどこか虚空の一点を見つめていた。
「だから、ここにいる全員がお互い協力して二次職にならなきゃなんねえ」とウィリーは続けて言った。「レベル20とそこまでに発生するメイン・クエストのクリア、それが二次職になるクエストを受けられる条件だ。言い換えると、俺たちがこの世界で生き残る絶対条件でもある」
「一つ質問」と端のほうにいる眼差しの鋭いソルジャーの女が言った。ウィリーはその女に向き直り、頷いた。
「逆に言えば一年も猶予があんのよね? あたしまだこのゲエム初めてから一週間なんだけど、それでもあんたの言いなりになる必要あんの? ってか、焦らなくてもそのうち復旧してログアウトできるようになるんじゃない?」
「もちろんその可能性はある」とウィリーは毅然とした態度で言った。「でも、外の世界なんかもうなくて、アロハシャツを着たオラウータンが一人寂しくジグゾーパズルを組み立てている可能性もある」
「ハア? 何それ意味わかんないんだけど」
「復旧することはないかもしれねえっとことだ。なんにしろ、すぐに行動するに越したことはねえ。それにレベルを上げるにもメイン・クエストをクリアするにも、協力してやったほうが効率がいいに決まってんだろ? いわば二次クラスまでの互助会ってわけだ」
僕はウィリーの喩えに思わず笑い、葵の手を引いて少し離れた場所まで歩いた。
「ウィリーはこういう人前に立つことに慣れているみたいだ――って、なんで顔真っ赤にして照れているの?」
葵は僕の手を振り払い、腕を組んで明後日の方向に顔を振った。
「う、うるさいわね。イタルが急に私の手を握るからじゃない」
「あ、ああごめんごめん……。それでええっと、ここはウィリーに任せて、声をかけたのに見当たらない人を探しにいこうかと思うんだけど」
葵はまだ赤い顔をきょろきょろとさせて群衆をチェックし、また僕の顔を見て口を開いた。
「そういえば、私が声がけをしたおじいさんと小さな男の子の組み合わせもいないみたい」
*
ということで、僕と葵はあの場をウィリーに任せ、集まらなかった人たちを探しに街を探索することにした。まずはマーケット広場から東の通りに出て、注意深く辺りを見まわしながら僕らは歩いた。
「ウィリーが声をかけた人は全員いるってさ。その点から見ても、やっぱり彼はリーダーに向いている男だ」
「イタルは向いてないって言うの? 世界ランキング一位ギルド『ヴァンツァー・カンパニー』のギルド・マスターなのに?」
とてもいい質問だ。しかし、それをわかってもらうには、僕の人間性に関わる少々複雑な説明をしなくてはならない。
僕は答えを待つ葵の横顔に目を向けた。長いまつげの下にあるエメラルド・グリーンの瞳は、そんな僕の憂慮なんかよりもっとずっと先を見ているように感じられた。
「葵は知らないと思うけど、僕のメインキャラのヴァンクロードは見るからに英雄的な外見をしているんだ。銀髪に――まあ、それは今の僕も同じだけれど――長身に、精悍な顔立ち。自分で言うのもなんだけど、あれほど聖剣オウス・キーパーと精霊王の鎧が似合うアバターもいないね。もちろん性格も勇ましい。『お前ら、俺を信じて地獄の果てまでついてきやがれ!』、ヴァンクロードだから言えるセリフさ。現実世界の流用である今の僕では口が裂けても言えやしないよ。僕が言いたいことはわかる?」
葵は前を向いたまま頷いた。
「よくわかるわ。要するに、イタルは『なりきり型』の人間だったってことね」
僕は頷いた。なりきり型。世の中には面倒な説明を省略できる便利な語句があったものだ。
「だから、ヴァンクロードを知る人が今の僕を見たら、少なからずショックを受けるんじゃないかな。特にツバキやナルザーヴァルやエルがどんな風に思うか……。今から戦々恐々とした気分だよ」
「別に、そんなのどうでもいいじゃない。少なくとも、私はイタルはイタルのままでも素敵だと思うわよ」
素敵だと思うわよ? 僕は例によって彼女の横顔を見つめる。だんだんと紅潮していき、すぐに耳までリンゴのように真っ赤になる。
「ありがとう」と僕は素直な気持ちを口にする。「そんな風に言われたのは初めてだよ。もし葵が現実世界で僕の近くにいたら、もう少し自分に自信を持っていられたかもしれない」
葵は何も言わなかった。僕もそれ以上お喋りするのはやめ、人探しに集中した。
彼女の顔が白に近い肌色に治まってきたころ、街の外れのベンチに座っている男二人組を発見した。僕が集まるようにお願いした、細身のドルイドと筋骨隆々のウォリアーだ。
僕たちが近づいていくと、ウォリアーの男がそれに気づき、先に声をかけてきた。
「よお、あんたか」と彼は言った。「わるいな、マーケット広場だっけか? いや、行こうかと思ったんだが、二人で相談してやめたんだ」
「どうして? 話だけでも聞いておいて損はないと思うけど」
彼らは顔を見合わせ、優越感に浸っているような薄ら笑いを浮かべた。ドルイドの男が仕方ないな、という感じで口を開いた。
「オレらにはカンストしてる連れがいてよ。そいつに誘われてこの……ええっとなんてタイトルだっけか? まあいいや、このVRMMOを始めたんだ。『ミスト・ファントム』ってデケえギルドに入ってるらしいんだけどよ、たぶんすぐにそいつが迎いに来てくれるんだわ。リアルのマブダチだかんな。よくわかんねえけど、テレポート? ってのが使えなくても、カンスト様ならここまでモンスターを蹂躙してラクショーでこれんだろ? だから、あんたらの集いに顔を出す必要なんてないってわけ」
僕たちは『マブダチ』のあたりですでに歩き出していた。というか、葵が僕の手を引っ張って無理やり回れ右をさせたのだ。
「ま、まだ何か言ってるよ!? 最後まで聞かなくていいの!?」
「いいのよ。彼らが協力の必要はないって言ってるんだから。それより、おじいさんと子供を探しましょ」
葵に連れられて今度は南に向かって歩を進めながら、僕は今しがた耳にしたギルドの名前を頭のなかで繰り返した。『ミスト・ファントム』。たしか世界ランキング十一位のギルドで、PKに特化している面々が多く在籍していたはずだ。そんなギルドに所属している人物がこの初心者の街にやってくるかもしれない。懸念が根を張って僕の頭を支配した。天陰族が天陰族を殺せるように書き換えられたこの世界において、もっとも顔をあわせたくない連中だ。
そして、一つ気づいたこともあった。僕は僕の手を握りしめている葵の横顔(今度は左側だ)を見つめた。肌色のままだった。どうやら彼女は、自分から手を繋いだときには顔を赤らめないで済むらしい。
僕はそんな二つの事案を牛のように反芻しながら、葵に引っ張られるがまま教会に足を踏み入れた。女神ソフィアの姿を形どる偶像が、僕や葵や世界に向かって優しく微笑んでいた。




