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見えない色  作者: かつを
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最終章:それぞれの道

 最終章:それぞれの道


「じゃあ次入って」


 俺は、手の中に有るビー玉を、スーツのポケットに仕舞うと、目の前に有る部屋の扉を開けた。


 部屋の中には、険しい顔付きの男が二人いて、目の前の書類に目を落としている。俺が目の前に立つと、男達は書類に落としていた視線を俺に向け、咳払いを一つすると、「座りなさい」と言って椅子を示した。


 俺は椅子に腰掛けると、膝の上で拳を硬く握りしめる。


「では面接を始めます。磯野君だね。君が我が社で働きたいと思った理由は何かな?」


 俺は、ポケットに入ってあるビー玉の重みを確認すると、深く息を吸い込んだ。




「おう! 久し振り!」


 ユザワヤの前で、通りの向かい側を見ている栄子に向かって、俺は声を掛けた。


「磯野か。久しぶりやな。元気しとった?」


 栄子は俺の方を見ると言った。


「まあ、元気は元気や。相変わらず就職先はまだ決まらんけどな。それよりお前こそ研究はどうやねん?」


 栄子はあれから、脳科学を学べる大学の院へと入り直し、共感覚の事や、人間の思考や想いについての研究をしている。脳科学は、元々栄子が学んでいた物理学とはかなり畑が違う為か、栄子から、院に入るのにかなりの勉強をしたと聞いたが、栄子は持ち前の頭脳で、その課題もクリアしたのだろう。


 いつか栄子は、脳科学の道に進んだ理由についてこう言っていた。いつか自分の目の事を解明して、普通に暮らしてみたいのだと。普通に人ごみに行って、バーゲンでもみくちゃにされたり、普通に恋愛したり、友達と先の見えない話をしてみたいのだと。


 栄子には人の想いが色として見えてしまう。確かに、相手の想いや気持ちが、事前にある程度分かってしまっては、恋愛に於ける醍醐味のどきどきとした感情は、急に無味乾燥なものへと変わってしまうだろう。そんなものは、始めから犯人の分かっている推理小説程にも面白く無い。でも俺には、栄子が選んだ道の理由がもう一つ有るのでは? と思えてならない。それはやはり、紗和や老婆の事では無いかと思う。栄子に訊いてもそんな事は無いと否定するのだが、慌てて照れた様に否定する仕草は、それが真実だと言っている様な物だった。


 栄子は、人の嘘はすぐ見破るくせに、自分が嘘を吐くのは苦手らしい。きっと、どんなに巧みな嘘でも、簡単に見破ってしまえるインチキな目を持っているせいで、栄子には、上手な嘘の吐き方と言うのが分からないのだろう。


「それが全然やねん。あのお婆さんがくれた、夢喰みの欠片の成分調べてもただの石灰みたいやし、ほんまに星砂と変われへん。いろんな文献調べても、結局夢喰みが何なんか、何処から来るんか全く分かれへん。これもほんまはただの星砂ちゃうか?」


 そう言うと栄子は、夢喰みの欠片の入った小瓶を振った。


「でも、効果は有るんやろ?」


「――まあな。試しにうちの『想い』食べさせたったら、活性化はしよる」


 俺はそれを聞いて一つ思いついた。


「じゃあさ、その活性化してる時に調べてみたら?」


 栄子は俺の事をチラリと見るとこう言った。


「それもやった。でもあかんかった。活性化させて、さあ今のうちやと思て観察しようとしたら元に戻りよんねんこいつ。まるで、シュレーディンガーの夢喰みや」


 栄子はまた夢喰みの欠片を振った。栄子の口から、まさかそんな冗談が飛び出すとはと、俺は少し驚いた。何となく瓶の中から、あの鈴の音の様な甲高い音が聞こえた気がした。


 あの老婆の店で見た黒く鈍く光る夢喰みは、栄子の目から『想い』を食べた後、七色に光りながら同じ様な音を立てていた。頭の中に老婆の言葉が蘇る。


「夢喰みはね『想い』を食べるんだ――あいつら亡者からしてみりゃ普通の人間なんてね、真っ暗な森の中に光る明かりみたいなもんなんだよ! 虫が集る様にして、あっと言う間に『想い』を喰われっちまう」


「――あれ?」


「どないしてん?」


 俺の中に、あるイメージが固まりつつ有った。あの原山の創り出した町に行く前に見た亡者。あいつは俺に迫って来ながら大きく口を開けた。そしてその口の中に黒く鈍く光る丸い玉を、俺は見た。


「俺分かったかも。――夢喰みが何処におるか」


「ちょっ何やねんそれ! 何であんたにそんな事が分かるんよ?」


 やはり老婆は嘘を吐いていた。頭の中に、老婆の「商売上がったりだよ」と言う声が聞こえた気がした。きっと夢喰みは、あの店にとって主力商品なのだ。営業妨害は、俺には出来そうもない。


 栄子が俺に詰め寄って来る。それを何とか宥めていると、遠くから声が聞こえてきた。


「おーい! 磯野! 栄子! 元気やったか?」


 例の如く町田は遅刻だ。それは気にしない。ただ、それは何だ?


 久し振りに見る町田の手には、全国津々浦々の土産物と、大量の林檎が有った。そして……。


「あんた、黒っ!」


 栄子が言っているのは、町田が日に焼けて黒いだとかそう言う事を言っているのでは無い。


「お前、その後ろのん何や?」


「おお! 見えるか! 俺も白痴になりたくて、全国の心霊スポット回って来たで! これぞ名付けて呪いのお遍路大作戦や!」


 町田の背後には、全国津々浦々から結集したであろう、栄子の言う所の『黒い』面々達が、百鬼夜行さながらに追随していた。


「お前それどうとも無いんか?」


「何が?」


「何がてお前……」


「もうええ! 磯野早よ行こ! アホ過ぎるわ!」


 栄子は町田から、出来るだけ距離を取り歩き始めた。俺もその後を慌てて追う。


「おい栄子、何怒ってんねん。待ってくれよ! ああ、そうか! 遅刻したから怒ってんねんな。チェリオおごったるから、待てって!」


 俺達三人の、騒がしい声や足音が、ビルの谷間に吸い込まれていく。でも、その騒がしい声や音が、初めから存在していなかった様に消えた事に、気付く通行人は一人もいない。何故ならそこは、俺達が普段生活している場所からは近い様で遠い、遠い様で近い、そんな時の狭間の世界なのだから。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

個人的にかなり思い入れのある話になります。

楽しんでいただけたのであれば幸いです。

また機会があれば他のものも読んでみてください。

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