第93話(水都氏サイド):黒竜の実力
大きく開いた足元の陥没。
巻き上がった粉塵に視界がさえぎられる。
素早く距離を取り、ビアードは飛びくる敷石の欠片を片手で払いのけた。
ビアードとドゼウスの騎士達による足止めは、想定以上の困難を極めていた。
というのも、黒竜の力が予想以上であり剣を合わせるどころか近づけもしないでいたのだ。
仕方なく素早く剣をふるって魔力を乗せた斬撃を飛ばしているのだが、これも全て弾かれてしまっている状態だ。完全にお手上げである。
足を鈍らせるくらいになればいいと、やけくその様に斬撃を飛ばしているとふいに視界のすみに大きな影が入り込む。
「っ!っぶねえ!!」
慌てて片手を伸ばし、飛んでいこうとしていた塊を手に掴む。
ぐんと腕にかかる負荷に歯を食いしばり、急ぎ踏み出した足で地をえぐるほどに踏みとどまり掴まえたものを傍らに放り投げる。
「っぐあ!」
「くっ、無事か神官?!」
「ぅう…、だ、大丈夫です…!助かりました!すぐに結界を張りなおします!」
「頼むぜ!」
飛ばされてきたレドは、転がりながら起き上ると素早く印を組み直し祈り始める。
すぐに自分の周りに幕が張られたことに気が付き、ビアードは息を吸い込み再び剣劇を飛ばした。
と、ぶわりと石畳を砕き黒竜たる男が大きく腕をふるった。
『邪魔をするナぁッ!!!』
唸りのような一喝と共にごうとなぎ倒すような猛風が吹き荒れる。
「あぶねぇッ!!」
とっさに前に出ていたモリモトに向け思わずビアードは叫んだ。
土くれに遮られ、視界からモリモトの姿が一瞬消える。
ひやりと肝が冷えるのも一瞬で、次の瞬間には風に揺らぎながら水の塊のような何かが自分たちの傍らに転がり込んできた。
ぶよぶよと震えたそれはすぐに弾けるように膜が割れて、中から刀を手にした黒髪の男が這い出てくる。
「無事だったかモリモト!」
「ギリギリでしたが…。助かったサカキ」
安堵して声をかけたビアードに、モリモトも何とか言葉を返す。
『…主。今ので大分力を削り取られた。すまないが私は帰喚する』
モリモトの足元に残っていた水たまりが、うぞりと蠢いてそう声を発した。
それが先ほどまで人の形をしていた者の声だと気づき、ビアードは油断なく前を見据えたまま傍らの気配をうかがう。
「わかった。ゆっくり休んでくれ」
『…武運を祈る』
そう声を発して、水たまりはしゅるりと渦巻くように空に吸い込まれて消え去った。
斬撃を飛ばし続けるビアード、結界を必死にはり続けるレドは薄くなった水の気配を感じ取りモリモトを見る。
モリモトは消え去った召喚獣を見送り、そうして相変わらず暴走気味の黒竜の男へと視線を向けると口を開いた。
「…よし、退くぞ」
「仕方ないな」
「助かる…!これ以上は無理だっ」
モリモトの言葉に、すぐさまビアードとレドが同意を示す。
もとより出来ることなど少なかったのだ。
どことなくほっとしたような表情を浮かべるレドに、ビアードは街に被害が出ないことを願いつつ後退するために隙をうかがう。
ぶわりと彷徨とともに、ひときわ大きく土煙が舞い上がる。
「いまだっ!!」
モリモトの声を合図に、ビアードとレドは一斉に踵を返すと全速力で駆け出した。
身を包む柔らかな結界が飛び交う石片から身を守ってくれる中、大急ぎで黒竜から距離を取る。
「…悪いジョージア…あとは頼むぞ…っ!」
日頃やる気がない同僚の身を案じながら、街の安寧を願うビアードは悔しげに顔を歪めた。
もしもこれが人のいない荒野であったのなら。
ビアードもジョージアも、命の危険があろうと嬉々として竜に立ち向かっただろう。
それが出来ないことがこれほど歯がゆいとは。
「あーあ…殺りあってみたかったぜ…黒竜、強そうなのによぉ…」
人知れず小さく漏れた言葉こそ、ビアードの本心なのかもしれない。
けれどもそれを聞いたものは誰もいなく、領主であるビアードがそれを誰かに話すこともない。
少しだけ、領主という地位が邪魔だと思うこともあるけれども、ビアードはこの港町を誰よりも愛している。
愛する街を守るためならば、己の欲求など二の次だ。
それは同僚であるジョージアも同じだと、ビアードは信じている。
巨大な魔力の気配が海の方へと向かうのを感じ取りながら、ビアードは先に行った仲間の無事を願いそっと目を伏せた。
息を吸い込み、声を張り上げる。
「…行くぞ!あの黒竜の後を追う!街に被害を出させるな!!付近の住人の避難を最優先に!!」
「「アイアイサー!!」」
周囲に散開していた海兵達がビアードの号令に威勢よく声を上げる。
すぐさま一丸となって動き出す兵達を見送り、ビアードはモリモトとレドの二人を振り返る。
「行くぞお前達!俺の街に被害を出さないように、死ぬ気で頑張りやがれ!!」
もともとはお前たちの問題だろうと遠巻きに言えば、二人は疲れた顔をしながらも頷きを返した。
「…これ以上何が出来るかは謎だがな」
「…精一杯頑張ります…」
これ以上二人が出来ることは無さそうではあるが、そう答えるほかない二人はくたびれたようにそう言った。




