第85話(水都氏サイド):大説教と”死んだ”王子
遠征から戻ってきたビアードは、自宅兼海兵隊基地となっている丘の上の小城の客室にて、腕を組んだまま険しい顔で眼前に立ち並ぶ男たちを睨みつけた。
異国人といった顔立ちの男を含め、やたら青い男がいたり。
「…それで、竜の引越し手伝いだと?」
「はい」
即答するジェイノリーとか名乗った男をじっと見つめ、次いでビアードは青い男へと視線を飛ばす。
『うん、僕引っ越す』
こくこくと頷くシュヴィリスと名乗った彼からは、確かに人ではないものの気配が感じ取れる。
くわえて、ビアードの部下である騎士達も彼が竜であるということは目にしている。
ちらと視線をさらに横へとずらす。
「…」
「…お、おう。引越し。俺ら、手伝いだぜ」
周二と明、異国の響き漂う名の男が二人。
若干の落ち着きのなさはあるものの、彼らからは悪人といった雰囲気は感じ取ることはできない。
怪しい一行であるが、彼らは無害であろうとビアードの勘が告げた。
「…そんで、目的地は?」
「それは…」
ジェイノリーはちらとシュヴィリスを見た。
『…ちょっと中央大陸まで行ってみようかなー、なんて思って』
丸投げされたシュヴィリスは適当なことを言ったが、ビアードは特に不審にも思わないのか「そうか」とだけ答えた。
「今の時期にこの街に来たということはそういうつもりだと思っていた」
ふうっと息を吐き出したビアードは、立ち並ぶ面々に向けて疲れたように言った。
「…とりあえず、少し休ませてもらってもよいかな?外洋から帰ったばかりでね」
「それは気づかず申し訳ない」
「いや、これも仕事のうちだ。それから…」
謝罪するジェイノリーに気にするなと手をふるい、ビアードは大きく息を吸い込み、館へ向けて叫んだ。
「…ジョオジアァアアアアアアッ!!!」
びりびりと窓ガラスさえ震えそうな大声でビアードは叫んだ。
思わず肩をすくめてしまうほどの怒声にも関わらず、呼ばれた当人は気にした様子もなくひょいっと顔をのぞかせた。
「あー、呼んだ?」
「てめぇ、状況の聞き取りすらしてねえとは何してやがるッ!!」
ぶんっと振るわれた拳がジョージアの頭をどつく。
けれども直前でするりと拳をかわしたジョージアは、気だるげなまま答えた。
「えー、だって、ほら。ビアード帰ってくる予定だったし」
「あほぬかせ!俺が戻るまでてめぇが領主なんだよっ!働け馬鹿野郎!」
かわされた拳がそのままジョージアの胸倉をつかみ上げた。
大柄なビアードによってぶら下げられたまま、揺さぶられてジョージアはつま先だけを床に着けたまま「えー、でもぉー」などと余裕のある態度を崩さない。
そのまま大声でビアードが説教を始めると、すぐさまそば近くに控えていた騎士が進み出た。
「シュヴィリス殿とそのお付の方達は今夜はどうぞこの領主館にてお泊り下さい。部屋へご案内させますので、夕食になりましたら兵を迎えに行かせます」
「それはそれは…助かります」
この後どうなるものかと状況をうかがっていたジェイノリーは、騎士の言葉に面喰った。
まさか宿泊させてもらえるとは思ってもいなかったのだ。
明や周二も同様らしく、友好的な騎士の態度に喜色も露わだ。
「いえ、手続きに時間がかかりましたので、これくらいは。シュヴィリス殿のお荷物は庭へ置いておきますね」
『ありがとねー!』
怒鳴り続けるビアードの脇をぬけて、騎士の先導のもとに城内の客室へと案内をされたジェイノリー達は、久しぶりに柔らかな寝台で眠れそうだと安堵の吐息をつくのであった。
◇
トオカッタの街、南部にあるメルメ通りの片隅。
夜闇にまぎれるように裏路地へと続く道の入り口で、二人組の男が身を乗り出して通りの様子をうかがっていた。
「何故この街に…」
「な、なぁ、シザ。やばい奴かよ…?」
冒険者らしい様相の二人組は、通りを歩く一人の男の様子を探っているようであった。
斥候らしき軽装の男は、遠くから悟られないように通りを悠々と進む黒衣の男を見つめる。
「くっ、見間違いであって欲しいと願ったが…」
「だからっ!あれ誰なんだよ?」
斥候の男より路地の奥に隠れ、どこか挙動不審な剣士の男が小声で問う。
離れしていない様子から、どうやら冒険者としてはまだまだ未熟者らしい。
シザと呼ばれた斥候の男は、つめていた息を吐き出し、通りからは視線をそらさずに小声で言った。
「…恐らく黒竜だろう。以前に一度、ドゼウスの王城で見かけたことがある」
「げっ?!黒りゅ、もご!」
「しっ!気づかれる!」
声を上げかけた剣士の口をすばやく斥候の男が片手でふさぐ。
じたばたともがく剣士に、シザは困ったように息を吐き出した。
「…今更、お前のことを追いかけてきたってわけでもないだろうが…用心にこしたことはないからな」
そう言って、ゆっくりと手を離す。
暴れ疲れた剣士は、ぜいっと大きく肩で息をして、そうしてうなだれたまま呟いた。
「…ドゼウスからの刺客、とか?」
「デイン…それはない」
そう言って、シザは落ち込むデインの肩を叩いた。
「ドゼウスでは”デインケル王子”は死んだことになっているんだから」
「そうだけどよ…」
通りにはすでに黒竜の姿はない。
デインと名乗る彼は王位継承の争いに敗れ、冒険者に身をやつし故郷より遥か遠く。
この海洋国家にまでシザと共にやって来た。
何事もなければいい。
今となっては、平穏を何よりも望むデインにとって不穏な影を落とす一夜となった。




