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第4話(水都氏サイド):古の神秘が宿る国に現れた男

 王城のある一室。


「…そうか、ではあの竜は西へ向かって飛んだのだな」

「はい。王城から西へ飛び去る青い竜体を確認しています」


 報告を受け、ライゼンはふむと考え込んだ。


 宰相であるオベールも報告を読み上げながら意見を述べる。


「…珍しいですね。ただでさえ数の少ない青竜が何の用だったのでしょうか」

「青龍であるアサギを訪ねてきた……というわけでもなかったな」


 何せ広間に現れた男は、周囲のことなど何もわかっていないかのような態度だった。


 ここがどこなのかもわかっていない様子だったのを思い返し、ライゼンはふうっと大きくため息をつく。


「…何が起こったのか、聞いてみなければわからん。何か厄介ごとに巻き込まれているとも限らないしな。兵を出したのだろう」

「ええ。ゴトーが自分が行くと言って聞かなくて困りましたが、モリモトを付けたので問題ないでしょう」

「そうだな、モリモトならば青竜の扱いにも慣れていそうだ」


 満足そうに頷く王に、オベールはちらりと視線をやった。


「……もしあの竜が困っていたのなら、手助けなさるおつもりで?」


 宰相の鋭い眼差しに、ライゼンは苦笑するしかない。

 元からライゼンの答えなど決まっているのだ。そう咎めるような目を向けないでもらいたい。


「我が国は竜の国ドゼウスだぞ?困っている龍がいるのに、放っておくわけにもいかないだろう」


 はっきりと断言した国王に、宰相であるオベールはわかっていたのだろうが小さく笑った。


「慈悲深いことです」

「そうやっかむな」


 どこか険の残るオベールの物言いにそう言い返せば、満面の笑みを浮かべて何かの書類を差し出してきた。

 この宰相がこれほどいい笑顔を浮かべるのだ、よくないことに違いがない。


 ライゼンは警戒しながらその書類を手に取った。


「…あの竜が壊した天窓ですが、修復費用がこれほどになります」


 優しい王の手元が震えた。

 王の蒼と金の瞳がふっと遠くを映した。


「……あの竜から鱗の一枚でももらうか」


 被害額を目にした王はポツリとつぶやいた。


 その言葉を聞いた宰相の笑みはさらに深くなる。


「どうせなら三枚くらいはぎとっておいて下さい。床の修繕費も別途かかりますので。あ、あとシャンデリアも砕けました」

「…おい、トルク。すぐに青竜の居場所を探せ。そして鱗をもらってこい」


 そう声を掛ければ、カーテンの後ろからひょろりとした青年が顔を出した。

 情報部に所属しているトルクは、隠密らしく今日は隠れて王の警護を担っているのだ。


「うえ、俺がっすか?」

「ただでさえうちの守護竜どもが城を破壊するんだ、これ以上無駄な修繕費用に予算を割くわけにはいかない…!」


 嫌そうに顔をしかめるトルクに、ライゼンは鋭く黄金に輝く竜の眼を細めて命じた。


 王の背後では金勘定には誰よりも厳しい宰相閣下が腕を組んでこちらを見つめている。


 ぱちっぱちっ、その手が何かを弾くしぐさをしているのを見て取り、トルクは深く嘆息した。

 あれは暗算をする時のオベールの癖だ。

 それをしているというのなら、すぐさま被害額の総額も弾き出されてしまうだろう。


「わかったっす…。期待しないでいて下さいよ?」

「ええ。楽しみに待っていますよ」


 にっこりと笑みを浮かべるオベールに、トルクは仕方がないと肩を落として窓から飛び出した。


 手ぶらで帰ったらどんな難癖をつけられることか。

 深いため息を漏らして、トルクは上司に報告するために城を走った。






 ◇





 ザラス大陸。

 ドゼウス王国から東に位置する、大陸の中央を割るようにそびえたつ精霊の棲む雪に閉ざされた山脈地帯がある。通称リースレイン山脈。

 その中央にそびえる霊峰リースレイン。

 雪と氷に覆われたその場所からさらに西。

 広大な湿原や魔物の棲家を越えた大陸の最西部に、その国はある。


 古の神秘が宿る国、陽明。


 高松家が治めるその小さな国は、独自の文化と黒髪に黒目の同一民族のみで作られた大陸でも珍しい国である。


 その陽明国の首都である、都『斉羽さいは』。

 大殿である高松家の居城があるその街の一角。

 何やら声を潜める男達がいた。


 丸鼻の小太りな男が、窮屈そうに膝を折り小さな紙箱を向かいに座る紋付き袴の男に差し出した。


「お代官様、こちらが今月分でございます」

「おぉ、確かに、確かに」


 男は大仰に頷くと、差し出された菓子箱をちらりと開く。

 中にはまんじゅうらしき包みが入っており、黒染めの着物を着た初老の男はぐふりと笑いを受かべた。

 包みの一つを取って開けば、中からは黄金の輝きが現れる。

 ざっと確認しただけでも二十両はあるだろう。


「くっくっく、大越屋おおごえや。お主も悪よのぅ…?」

「いえいえ、金井様にはかないませぬよ…」

「くくく、言うではないか」

「…どうぞ、今後ともご贔屓に」

「わかっておるわ」


 そうして、二人はそろって含みのある笑いを浮かべた。


 そしてまた、そんな彼らの話を聞いていた男が一人。


「うわぁー…やべぇな。今出て行ったら確実に捕まるよな…これ?」


 六本木の街からこの陽明に飛ばされてきた男が、ここにもいた。

 名を稲本明。戦うパチンコ店店長である。


 まるで時代劇でも見ているかのように繰り広げられる光景に、先ほどから屋敷の中庭の茂みに隠れた明はぼりぼりと頭をかいた。


「参った…これからどうしたもんか」


 灯篭の明かりがぼんやりと漏れる室内からは、悪そう笑い声が響いている。

 いわゆる決定的瞬間を目の当たりにしてしまったために、これが知られると明の身も危ういだろう。


 簡単に言ってしまえば、死人に口なしだ。


 まずはこの屋敷から逃げ出すことから始めよう。

 状況把握は二の次にして、明はそろそろと移動を開始した。

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