第83話(水都氏サイド):”八剣士”ベラルド
トオカッタ近郊の森の中。
のんびりと馬車が森を通る街道を走っていた。
周囲には五頭の騎馬が、同じような足並みでゆったりと進んでゆく。
木製の強固な造りの馬車の中、一人の男がため息交じりに呟いた。
「あー…面倒だなぁー…」
ぐでりと背もたれにもたれながら、男は口からため息とともに何度目かになる言葉を吐き出した。
向かいに腰かけた護衛の騎士が、男の言葉に呆れたように肩をすくめる。
「ベラルド卿はそればかりですな」
飽きるほどに聞かされた言葉に、騎士は首を横に振るった。
「だって面倒だしー…あー、帰って昼寝したい…」
「駄目です。ビアード様の代わりなんですから、しゃっきりなさって下さい!」
「えー…」
「駄目だこりゃ」
呻くような返答に、騎士は深々とため息を吐き出す。
このやる気のない男が、このトオカッタの領主であるビアード・ダンドーの代わりなのが納得いかない。
けれどもこの領主代行を務めるジョージア・ベラルドという男が正当な代行ということに変わりはなく、とある事情により職務を放棄しようがクビにも出来ないのは事実であった。
中央で何やら失敗をしでかしたジョージアは、更生の為にビアードの監視下におかれることになっていた。
このやる気のない男がしでかした不始末など、その態度からも想像するに易い。
監督も務めている騎士はだらけきったジョージアがさぼらないように見張るのが主な業務であった。
と、だらんと腕を床にまで垂らしていたジョージアがふいに顔を上げた。
「ん?…なんだ?」
「?どうされましたか?」
ゆるみきった顔つきが瞬時に険しいものへと変わる。
椅子の上へ身を起こし、小窓にかけられたカーテンを押し上げる。
「…止めろ」
ジョージアの小さく漏れた声に、騎士は慌てて背後の壁を叩く。
ほどなくして、馬車の進みが止まり周囲を護衛する騎馬達の歩みも止まった。
「…面倒だなぁー…」
ぼそりと呟きながらも、ジョージアは椅子の下に収納しておいた長剣を引きずり出していた。
その眼差しは、口では面倒だと言いながらも抜身の刃のような鋭さを放っている。
思わず、騎士は息を飲み込む。
瞬時に空気が変わっていたのだ。
やる気がなく仕事もこなさないこの男は、その剣の腕だけを見れば大国であるこの国の中でも十指に入る腕前を持っている。
それこそが男が不始末をしてもクビにならない理由であり、たやすく野放しに出来ない理由でもあった。
「森だ。ここから百メルほどいったところに何人かいやがる」
「ッ!ケリー!すぐに森へ向かうぞっ!」
すぐさま外へと向かい騎士が声を張り上げる。
馬車の戸を開けば、険しい顔つきの騎士たちが待ち構えていた。
声をかけた男は栗毛の馬にまたがる騎士に向けて、手早く指示を出す。
「この先百メルほどの森に何者かいるようだ。まずは偵察を…」
「俺が行く」
騎士の言葉を遮り、ジョージアがゆるりと立ちあがった。
「しかし危険です、ベラルド卿!」
「…面倒だけどよぉー」
慌てたように言い募る騎士をちらりと見やるジョージアは、気だるげに首元を撫でやりそして言い放った。
「お前らだけでいっても、やられちまいそうだし」
「なっ」
とっさに声を張り上げた馬にまたがる騎士を制するように、ジョージアの前に座る騎士がじっと見つめ返す。
「…では、ご足労願えますか。”八剣士”ベラルド卿」
不満そうな騎士達を抑えて、男はそう言って促した。
「面倒だけどしゃーないわなー…」
ため息交じり返すジョージアは、剣をつかんでひらりと馬車から飛び降りた。
◇
広大な国土はザラス大陸一の面積を誇る、ドルセニア海王国。
あまりに広い国土には人族だけではなく、様々な種族が入り混じる多種族国家だ。
その中には人とは違う理を重んじて生きる者たちもいるわけで、これまでにも数多くの衝突を繰り返してきた。
だからこそ、広い国土を補うようにこの国では王以外にも特別な権限を持ってそれらを調停する力を持つ者達が任じられている。
その一つが力の強さのみで決まる”八剣士”だ。
文字通り、八人の戦士たちからなり、前任者を打倒して初めてその座を譲り受けることが出来る。
その強さは他とは一線を画しており、一個大隊を一人で殲滅するほどだとも言われている。
要衝の地、トオカッタを治めるビアード・ダンドーもまたこの”八剣士”のうちの一人であり、王都で不祥事を起こしたジョージアとは同僚ということになる。
気力のない男ではあるが腕は確かであり、下手な相手では監督することも出来ないだろうとジョージアの面倒を押し付けられたのがビアードであった。
そんなすごい人物であったが、日ごろの態度から周囲で監視を務める騎士達からの評判は散々なものであった。
不満そうな顔の若い騎士を眺めやり、ジョージアと馬車に同乗していた隊長は苦笑を浮かべた。
「…お前もそんな尖ってないで、たまにはベラルド卿の動きをおとなしく見ておけ」
何よりも、何の変哲もない街道で遥か百メルも離れた場所の気配を察知出来るのだ。
それだけでも相当な技量であると隊長は理解していた。
同行している隊の誰もが、気配すら察知できずにいたのだ。
それだけ、彼の技量は途方もないということなのだろう。
中年の域にかかる隊長には、世の中には別格ともおもえる存在があることを経験で理解していた。
「…お前もトオカッタの騎士なら、このくらい理解しとけ」
「はい…」
何よりもトオカッタの領主こそが、その別格の存在であるのだ。
不承不承頷いた若い騎士を見やり、隊長は先頭を進むジョージアへと目を向けた。
馬車馬を拝借したジョージアは、迷うことなく森の中を進んで行く。




