第81話(水都氏サイド):港町トオカッタの日常
きれいに整備された街並みと石畳の通りがまっすぐに海へ向けて続いている。
風は潮の香りを運び、街の上空を南へ向かって飛んでゆく海鳥たちに人々の快活な声が響き渡る。
北の大陸の玄関口として名をはせる、港町トオカッタ。
街の入り口がある北区は商人や観光客で賑わい、物を売り買いする威勢の良い掛け声は満ち溢れている。
住居の並ぶ閑静な東区、貴族の邸宅や別荘が建ち並ぶ西区は通りの喧騒とかけ離れて静かな空間が広がっていた。
対して港のあるトオカッタ南区では、大海原を越えて鍛えられた荒くれどもが集うためか日々喧嘩の声が絶えない。
航海を終えて海から陸へとも帰って来た男達は、報酬を受け取り懐も暖かくなるせいか気も大きくなり諍いも増えるのが常だ。
「オラァッ!」
「くそったれ、やったなぁ!!」
巨体を揺らし、日に焼けた男二人が道の真ん中で殴り合いの喧嘩をするのもトオカッタでは日常の風景である。
酒場「ハネウオ」の前では、酔っ払いたちが大声で騒ぎだしていた。
「いいぞぉ、そこだ!」
「ぎゃはは、負けるなよー!」
「がんばれーい」
仲間だろう、昼間であるが相当酒を飲んだ様子の男達が周囲からやんやと歓声を張り上げる。
荷を運ぶ人も道を行く船乗りたちも、そんな騒ぎを気にした風もなく当たり前のこととして通り過ぎてゆく。
喧嘩を止めずとも、彼らは知っているのだ。
この街には治安を守る者たちがいることを。
「いたぞ!またサンマリア号の連中だっ!」
喧騒から離れた場所から、鋭い声が上がった。
通りゆく街の人々は、新たに現れた男たちを見とめて足を止める。
五人ほどの鍛え抜かれた屈強な男達は、そろいの制服に身を包んでいる。
紺碧に身を包んだ男たちは、喧嘩をする男たちの前で足を止めた。
「やべぇ、警備隊だっ!」
野次馬だった男から焦ったような声が漏れる。
トオカッタに常駐している海兵隊の警備部隊は、この港街の治安を守る兵士たちだ。
船乗りの喧嘩の仲裁がもっとも多い仕事なのは悩みの種ではある。
街の見回りをしていた班のリーダーは、先日も仲裁をしたはずの見知った顔に大きくため息を吐き出した。
「またお前らか…。とっ捕まりたくなきゃ、喧嘩は今すぐやめなっ!」
何度言っても聞かない喧嘩っ早い男たちに向けて、それでも仕事だと班長は声を張りあげた。
「あんだとぉ~?!」
「お、おいよせ…!海兵隊に睨まれたと知ったら、船長に船から下ろされちまう…っ!」
すっかり酔っぱらった男が挑みかかろうとするが、すぐさま仲間の男に取り押さえられる。
海兵隊ともめごとを起すと、トオカッタ港に寄港を拒否されることもある。
街だけではなく、海の上にも海兵隊の監視の目が光っている。
海路の安全を守る彼らがいるからこそ、トオカッタの発展があるわけだ。
「あまり飲みすぎるなよ。喧嘩はやめて…」
取っ組み合う男たちの間に入ろうと兵士たちが足を進める。
その背後で、ギイッときしんだ音と共に酒場の戸が開いた。
「…おー?なんだ、喧嘩か?」
酒場から出てきた男が一人。
鍛え上げられた上背に、日に焼けた顔に走る無数の切り傷。
無精髭の生えた顎をぞろりと撫でて、男はにやりと笑みを浮かべた。
「よお、おめぇら。喧嘩はいけねえなぁ?」
男の言葉に、喧嘩をしていた男達だけではなく警備隊の兵士たちも慌てて身を正して直立した。
ゆるりと酒場の入り口に立ち、肩からコートを引っさげた男は彼らを見て「そう固くなんな」と口を開く。
そんな男に向けて、班長が緊張にこわばった顔で敬礼を一つして声を上げた。
「ビアード様!!お疲れ様です!外洋からご帰還されておりましたか!」
「おう。久しぶりの陸地だからなぁ、まずは腹ごしらえさ」
かかっと笑う男の背後で、再び扉が開く。
そろって肩や腕にコートを下げた男たちがぞろぞろと酒場から顔を出した。
「大将、なんか騒ぎっすか?」
ぼりぼりと腹をかきながら尋ねる男の目つきは鋭い。
思わず悲鳴を上げる船乗りたちを見やり、ビアードは笑って首を振った。
「大したことじゃねえよ。なあ、お前達?」
ビアードの言葉に喧嘩をしていた船乗りと仲間たちは威勢よく首を縦に振って、そうしてそそくさとその場から逃げ出していった。
彼らの背を見送り、見回りをしていた兵士たちもそろって敬礼を返して巡回を再開する。
「あー、陸に戻ったなぁって気がするぜ」
静かになった酒場前で、ビアードがぽつりともらす。
その背後では部下である兵士たちが小さく笑いをこぼす。
「明日からは休暇だしなぁ…。久しぶりに、城に帰るか」
そう言って町の西に見える小高い丘の上、そびえる小城へと目を向ける。
トオカッタを守る海兵隊の基地にして、この街を治める領主の住居でもある小城の主がビアードであった。
街の領主にしてこの地の海兵隊のトップを務める男は、長い航海を終えてようやくトオカッタの町に帰還したばかりであった。
「ゆっくり休みてぇなぁ…」
久しぶりに揺れないベッドの上でぐっすり眠るのもいいだろう。
思いをはせるビアードに、騒動は着実と忍び寄ってきていた。




