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第79話(水都氏サイド):ドラゴンたちの災難

『っくそう!本当に三枚も鱗をむしりやがった!!』


 があっとばかりに怒声を響かせるシュヴィリスの視線の先。


 空に小さくなってゆく一人と一頭の竜影がある。

 ぐるぐると不機嫌に唸り声を上げて彼らを見送るシュヴィリス。

 その背を叩いて、明は仕方がないと肩をすくめた。


「まあ、これで許してくれたみたいだし。結果オーライだろ」

『他人事だと思って…っ!』


 ぐうっと牙をむき出しにするシュヴィリスに、明は「こわっ」と声をあげて後ずさる。


「…追手が減ったことは喜ばしい。協力に感謝する」

「もとはシュヴィリスがまいた種だけどもね」


 周二の言葉にジェイノリーが小声で続く。

 二人の言葉に、不機嫌そうな顔もそのままにシュヴィリスは大きく鼻息を吹きだした。


 シュヴィリスの機嫌はしばらく治りそうもない。

 ジェイノリーと周二は顔を見合わせた。

 そんな二人に、ばしばしと慰めるようにシュヴィリスの背を叩いていた明が振り返る。


「まあ、これで落ち着いて…何だっけ?トオクマデ?だっけか?そこを目指せるな」


 近くて遠い答えに、ジェイノリーは首を横に振った。


「…トオカッタだ」

「ああ、トオカッタ!覚えやすそうで覚えにくいなぁ」


 頭をかいてそう答える明に、周二も小さく頷いて同意を示す。


「…何にせよ、トオカッタまで行けば後は船に乗るだけだな」

「これ以上の騒動は勘弁したいもんだな」

「…無事に乗船できることを祈ろう」


 顔を見合わせて、そうしてふっと三人はそろってため息を吐き出した。


『…はぁー。とりあえずこの荷物を運ばなくてもいいなら僕は嬉しいや』


 ぐるりと長い首をめぐらせて、シュヴィリスはロープで繋がれた大きな荷物へと目を向ける。

 仲間の大事な物であるからこそ、傷つけないように運ぶのは骨が折れるのだ。


「もう少し頼むな、シュヴィリス」


 明の言葉に、シュヴィリスはその瞳を明に向けてゆっくりと目を細めた。


『…仕方ないなぁ。トオカッタについたら、何か美味しいものでも奢ってよね』

「おうっ!任せとけ!」


 胸を叩いて答える明に、ジェイノリーは小声で周二の顔を寄せると呟いた。


「…あいつ、こっちの通貨を持っているのか?」

「…」


 無言で黙り込む周二。ジェイノリーは頭をふるう。

 どうすればいいか、そんなものは着いてから考えればいいか。

 最悪、港町と言うからには仕事にもあふれているだろう。

 日雇いの仕事でもして、船賃を稼ぐことも吝かではない。


「…最悪、シュヴィリスの鱗を売ろう」

「…それはいいな」


 きっと彼は烈火のごとく怒るだろうが、それが一番いい手段のように思えてならない。


「早く帰りたいものだな…」


 周二から疲れたように洩らされた言葉に、ジェイノリーも反論もできずに深く頷きを返した。







 ◇





 ザカタリス王国、首都ボンベック。

 疲弊した顔をした街の人々と街並みを見下ろす二つの影があった。


「…遅かったか」


 今は騎士ではなく旅の剣士といった風体のドゼウス王国騎士マルスは、その鳶色の瞳を細めて眼下に広がる街並みを見つめた。

 教会の鐘塔の上で街を見下ろすマルスと、彼の契約竜である黄呀は乾いた風を受けて小さく嘆息する。


「…すでに異変の兆候は消えている。もうこの国にはいないのかもしれないねぇ」


 人の姿を模し、古ぼけた外套とつば広の三角帽子を深くかぶりこんだ黄呀がやれやれといった具合にそうもらした。


「無駄足になったな」


 そう呟いたマルスに、黄呀はゆるりと首を巡らせてにっと口元に笑みを浮かべた。


「…そうでもないみたいさぁね」

「…」


 マルスの瞳がすっと細められる。


 カツン、二人しかいないその場に、床を叩く硬質な音が響く。


「…やれやれ、竜とは何故高い場所を好むのか。まったく骨の折れる」


 しわがれて掠れたような声が空気を震わせる。

 びりっと振動する魔力の強さに、マルスはわずかに眉をしかめる。


 ゆっくりと振り返れば、そこには一人の男が立っていた。

 足が悪いのか、身体を支えるように杖を突いている。

 杖を持つ腕とは反対の肩から先は、中身のない空虚な袖先がゆるりと風に揺られてはためいていた。

 腕だけではない。男の片目は落ち窪み一つだけ開かれた瞳が、まるでガラス玉のような空虚な輝きでこちらを映していた。

 見た目だけならば傷つき朽ち果てそうな男だが、その存在が発する力の圧力が異質すぎた。


 男が肩から羽織るコートの衣装に目を向け、マルスは傍らの黄呀を見やる。

 気のせいでないのならば、あれはこのザカタリスの騎士が身に着けるものに酷似している。

 ちらと見やれば、黄呀もまた険しい顔つきのままマルスを見た。


「…」


 苦々しいものを含んだ眼差しは、目の前に立つ男が厄介な相手であることを物語っている。


 その痩せぎすの身からあふれている魔力、このザカタリス国の騎士が纏う衣装を肩から掛けた姿からも、この国の要人であろうと想像するに易い。

 この鐘塔に登るためには長い梯子を使わなければいけないはずなのに、杖を付いて足も不自由な出で立ちの男にそれは無理だろう。

 だとすれば、この男は見た目通りの”人”ではない。


 ゆるりと、目の前に立つ男の口元が哂った。


「…思わぬ客の多いこと。一体ドゼウスの竜が、私の庭(ザカタリス)に何用か」


 ひび割れるような低い声が空気を揺らす。

 まるで地の底から響くようなその声は、到底人の出せる音ではない。


 くいと目深に帽子のつばを引き下ろして、黄呀は男へと答えた。


「なに、用は済んだとこさ。これから帰るとこだよ」


 いつもと変わらぬ飄々とした声に、マルスはわずかに冷静さを取り戻す。

 じりっと緩やかな仕草で黄呀の側へと移動してきたマルスを見つめ、黄呀もまた小さく安堵の息を洩らして男へと向き直った。

 男は歪な笑みを浮かべたまま、杖を突きながら身を翻す。


「くく…竜よ、そう帰りを急ぐこともあるまい」


 小さく肩を揺らし、男は首だけを振り返らせて言った。


「せっかく来たのだ。我の茶会に招待しよう」

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