第77話(水都氏サイド):異なる世界のドラゴンたち
行く手を遮られ、仕方なく森の中にと降り立ったシュヴィリスの前に、緑色の竜もどすんと地響きを立てて降り立った。
ぐるぐると牙をむき出しにしてうなり声を上げる竜の前には、騎士の姿がある。
曇り一つない煌めく刃を抜き放ち、ロズバンは声たかだかに竜の背に跨る三人の男達へ向けて声を上げた。
「不審者に告ぐっ!!ドゼウス王国は王城を損壊せしめた罪により、その青竜に損害賠償を請求するっ!!!」
「へっ?」
思ってもみなかった騎士の言葉に、明は思わず間抜けな声を上げた。
聞き間違いかとジェイノリーを見るも、彼もまた戸惑ったような顔で明を見返す。
「…なあ、損害賠償を請求するって聞こえたんだけどよ…」
「…俺もそう聞こえた」
明の言葉に、周二も難しい顔つきで頷いた。
しばし無言で見つめあい、三人の眼差しが下へと向かう。
すなわち、自分たち三人を背に乗せている竜のシュヴィリスを見た。
「…王城損壊って…ちょっとシュヴィリスさーん?何やってんの?」
『うぐ…あれは不可抗力というか…。落ちた先にお城があったんだよ。仕方なくない?わざとじゃないんだしさー』
不満そうなシュヴィリスの声が響く。
が、それを聞き咎めるかのように彼らと対峙している緑の竜がぐわっと牙をむいて吼えた。
「ガアアアッ!!」
『うわっ、君って気が短すぎない?!暴力反対っ!』
凶暴な顔つきでうなり声を上げる竜にシュヴィリスが嫌そうな声を上げ少しでも距離を取ろうと首をもたげて右へと曲げる。
揺れるシュヴィリスの背中から飛び降りた明たちも、凶暴そうな竜からは距離を取るようにシュヴィリスの側面に張り付くように地に立った。
竜と共にやってきた騎士は降りてくる明達を見つめたまま、背後でぐるぐると唸る竜へとちらと視線を向ける。
「…翡翠」
竜の名前なのだろうか。
酷く和風にも聞こえる名前の響きに、明と周二がおやと首を向ける。
二人の視線を気にすることもなく、騎士は竜へと声をかける。
「少し黙っていてくれ」
「グ……」
騎士の言葉に、竜は素直に沈黙した。
…どうやら、力関係は騎士の男の方が上のようだ。
静かになったその場で、騎士はこちらが敵対の意思がないことを見てとり剣を鞘へと納めた。
「…私はロズバン・レーセリア。ドゼウス王国の騎士である。我が国は竜族を保護してはいるが、損害を与えられてそのままでは今後の保護活動にも差しさわりがある。素直に支払いに応じるか、竜鱗を数枚納めよ」
明朗な声がその場に響き渡る。
整然としたその主張に、ジェイノリーはぽつりと呟いた。
「…一体何を壊したんだ」
『えー…たかだか天窓を一つだよ?それだけなのに、しつこすぎじゃない?』
シュヴィリスはこちらは悪くないとでも言いたげに不満そうにそう漏らした。
シュヴィリスの言葉に翡翠と呼ばれていた竜の目がぐわりと見開かれるが、ロズバンから命じられた言葉を守っているらしくぎりぎりと牙を食いしめていた。
シュヴィリスの言葉を聞いてジェイノリーはふむと腕を組む。
これまでに見てきた街を思い返すと、どうやらこの世界は地球よりも文明が進んでいないように思われる。
地球の歴史と照らし合わせてみると、昔は窓やガラスといった透明なガラス製品は大変高価であった。
もしかしたら、それがこの世界でも適用されるのではないだろうか。
現に、天窓一つ打ち破っただけで追手がかかるのだ。
シュヴィリスが破壊した窓は相当高価な品であったのだろう。
「…天窓か。ステンドグラスなんかだと、高価だったりするかもしれないぜ。しかも、城にあるやつだろ?」
明もそれに思い至ったらしく、声を潜めてシュヴィリスへと話しかける。
『あー…なんかキラキラいろんな色で綺麗な窓だったかなー』
「…それはすげぇ高い奴だな」
神妙な顔で明が頷いた。
ジェイノリーも周二も嘆息した。
故意ではないのだが、かといって故意でなければ何をしても許されるというわけではない。
情状酌量の余地くらいはあるだろう。
こちらを見やるロズバンと名乗る騎士の態度も、他の国で問答無用で剣を向けられてきたのと比べるとずいぶんと穏やかなものだ。
こちら側…シュヴィリスに悪意があるわけではないと、理解してくれているのかもしれない。
そういった点からすると、まだ話の通じる相手でありそうだ。
ならば、ここは穏便に話を収めるのが吉だろう。
そう結論をつけて、ジェイノリーは周二と明に目を向ける。
「…ここは相手の主張通りに、シュヴィリスの鱗を渡して許してもらった方がいいだろう」
『えっ?!やだよ、痛いじゃん!』
「シュヴィリス…」
子供のように駄々をこねるシュヴィリスに、呆れたようにジェイノリーはふうっとため息をつく。
そうして顔を上げロズバンへと視線を向けると、ジェイノリーは声を張り上げた。
「そちらの要件は把握した。支払いは鱗で頼みたい」
シュヴィリスの意見など総無視である。
きりっとした表情でそう言い切るジェイノリーに、慌てたように青い竜が首を仰け反らせた。
『ちょっとジェイノリー?!』
「大丈夫だって、一瞬痛むだけだって!」
「がんばれ、シュヴィリス」
ショックを受けたようにぱかっと口を開くシュヴィリスに、明と周二が慰めるようにその背を叩いた。




