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第75話(水都氏サイド):最短ルート

 夜の闇に包まれた街の一角、遠目に松明の明かりに照らし出されてそびえる大門を守るように建つ堅牢な建物を見上げる男がいた。


「…待っていろよ、二人とも。必ず助けてやる」


 日本から来た男、周二は囚われた仲間を救出せんと、強い決意で持って砦を見つめた。


 ただ、砦を前に険しい顔つきで眺めている周二のことを、門兵達もまた険しい眼差しを向けていることに彼はまだ気づいていない。


 と、その時詰所の扉が開き中から大柄な男が顔を覗かせた。

 いかつい顔つきながらもどこか人好きのする快活な笑みを浮かべて、カール大将軍の護衛兵である騎士のロックヒルは門番の兵士達に声をかけた。


「よお!どうだい、何か変わったことはあるか?」

「…それが」

「あの建物の陰に隠れている男が、先程から砦の方を見ていまして…」

「何…」


 兵士達の言葉に、ロックヒルはそっと気取られない自然さで街の方へと目を向ける。


 そうして闇に紛れるようにして立つ、一人の男を見つけ出す。

 兵士達が不審がるのももっともだろう。

 夜だというのに男は灯りも持たずに門のそば近くで立っているのだ。

 夜は警備の都合上、門は閉ざされる。

 そのせいで人の往来もなくなり、この辺りは昼間の賑わいが嘘のように静まり返るのだ。

 旅人が門をくぐり損ねたならば、門前で待つよりも目と鼻の先には旅人向けの宿場町がある。

 なおのこと男の存在は不可解でしかなかった。


(…今夜の砦にはたいそうなメンツが揃っている。それ狙いか、はたまた囚人の方が狙いか…?)


 わからないが、ひとまずロックヒルは落ち着いた様子で兵士の一人に言った。


「悪いが上の者に伝えてくれ。外門前で不審者発見と。一応、俺が確認に出る」

「了解であります!」

「ロックヒル様、自分も参ります」

「おう。お前達はしっかり門を守っててくれよ」


 素早く一人の兵士が飛び出して行き、槍を手にした兵士が前へと進みでる。


 それに頷きを返し、門前に残る兵士達に向けて激励の言葉をかければ、皆が頼もしい顔で返事を返す。


 息を一つすい、ロックヒルは呟いた。


「おっし…それじゃ、始めるか」




 ◇




 夜の静寂の中、大きく響いた音が聞こえた気がしてジェイノリーは足を止めた。


「どうした?」

「今、何か聞こえた気が…」


 足を止めた二人に気付いたのか、先頭を歩いていたシュヴィリスは傍近くにあった窓を開けると身を乗り出して下を見た。

 あけ放たれた窓からは、何やら男たちの怒鳴り声が聞こえてくる。


「…何か騒がしいな?」

「もめ事か…?この隙に逃げ出そう」


 今がチャンスかと顔を見合わせる明とジェイノリーだが、窓辺から下の様子をうかがっていたシュヴィリスがあわてて顔をひっこめて首をふるった。


「…追われているの、周二みたいだよ?」

「は?」

「何だと?」


 素っ頓狂な顔をする二人に、シュヴィリスはどうしたものかとため息を吐き出した。


「もう…何でこうなるかなぁ…。大人しくどこかで待っててくれればいいのに…」


 疲れたように漏らされたシュヴィリスの言葉に、我に返った明達はこれまた顔を見合わせた。


「どうするよ、これ」

「どうするも何も」


 ジェイノリーは言葉を切って、一つ嘆息してから口を開いた。


「逃げるんだ。その途中で周二を回収する手間が増えただけで、やることは変わらない」


 ジェイノリーの言葉に、明は一瞬あっけにとられた顔をしてから、すぐに「それもそうだな」とくつりと笑みを浮かべて頷きを返した。


 突然の事態に混乱したが、彼らがやるべきことはただ一つ。

 全員そろって、無事に脱出をすること。


 気持ちを入れ替え、ぱんっと頬を張り明は言った。


「さて、それじゃあ気付かれないようにまずは…」

「逃がすなっ!そっちへ回ったぞ!捕まえろっ!!」


 ひときわ声の通る掛け声が、窓から聞こえてきて明は苦笑した。

 どこか聞き覚えのある怒声に、ひくりと頬が引きつりそうになる。


「…騒ぎの方に行けば周二がいるはずだな」


 言葉を詰まらせた明に代わり、ジェイノリーも気乗りがしないという風に首を横にふるいながら呟く。

 気が進まなくても、そこに行かなければならない気鬱に始める前からやる気がそがれそうになるが、そうも言ってはいられない。


「…これでこの国とはおさらばしたいもんだぜ」

「同感だ」


 これ以上の面倒ごとはごめんだと言いたげな明の言葉に、ジェイノリーも否定せずに頷いた。

 シュヴィリスも一つ頷いて「早く地球に帰りたいー」とため息とともに呟いている。


 そうこうしている間に、外から聞こえてくる喧騒の声が段々と近づいてくる。

 周二が近くまで来ているならばちょうどいいと、明はシュヴィリスを見た。

 竜の優れた感覚なら、周二がどこにいるかもわかるかもしれない。


「シュヴィリス、周二の居場所わかるか?」

「んー…、騒ぎはあっちの方から聞こえてるね。距離は…近いね、六十メートルちょいってところかな」


 じっと窓から外を眺めて、そうしてシュヴィリスはすっと指先を左下へと指し示す。


「近いな」

「急ごう。この状況だ、すれ違って無駄な時間は食いたくない」

「うん、そうだね」


 明とジェイノリーがそう決断をすると同時に、シュヴィリスが頷きながらひょいと二人を担ぎ上げた。


「お、おい?シュヴィリス??」

「な、なにを…!」


 狼狽える男二人を気にも留めず、シュヴィリスは二人を抱えたまま窓辺へと歩み寄る。


「おい、まさか…」

「ちょ、やめ…」

「急ぎなら、最短ルートで行かなきゃね」


 ひくりと顔を強張らせる二人に、シュヴィリスはいい笑顔で笑いかけた。


「それじゃ、行っくよー!」


 声を上げると同時に、身軽にひょいっと窓辺に乗りあがったシュヴィリスはそのまま二人を抱え上げたまま大きく窓枠を蹴りだした。


 塔の上だけあり、高さは相当なものだ。

 小さく見える眼下の景色に、明とジェイノリーはそれぞれ息をのんで身を強張らせた。


「ひぎっ」

「っ!」

「あはは!急降下ー!」


 一人楽し気な笑みを浮かべたシュヴィリスの笑い声が、夜の闇に響いて消えた。

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