第67話(水都氏サイド):連行される者と逃げ切った者
「もう一人も捕まったのか?」
縛り終えた明を馬車に放り込んだアランは、報告にやってきた兵士の言葉に安堵して聞き返した。
「はい!大将軍閣下が捕縛なさり、現在城へ連行中とのことです」
明瞭な口調でそう報告する兵士の言葉にアランの目が僅かに見開かれる。
「城にだと?」
確認するために聞き返せば、伝令はその通りですと即座に答える。
黙り込むアランの傍らで右腕であるディールが顔をしかめて口を開いた。
「…大隊長、すぐに総大将に知らせを」
ディールの言葉はアランも考えていたことだったようで、すぐさま一つ頷きを返す。
「ああ、そうだな。おい、大将に大至急伝令を頼む」
「は、はいっ!」
アランの声に慌てたように伝令兵は背を伸ばした。
「不審者二名を捕縛、うち一名が城に連行中。至急確認されたし。残りは東城塞支部へ連行、と」
アランの言葉を復唱し、走り去る兵士の背を見送るアランは小さく吐息をつくと呟いた。
「…さて、もう以上の面倒ごとはごめんなんだがなぁ」
どうなることやらと胸中で嘆息し、アランは現場の撤収準備の為に歩き始めた。
◇
「総大将っ!」
呼ばれて振り返れば、軽装の兵士が汗だくで駆け寄ってくるところであった。
身軽な装備から恐らくは伝達役の兵士だろう。
そう判断したヘインズは振り返ると、兵士に向けて声をかけた。
「どうした。何かあったか」
「アラン大隊長より報告であります!『不審者二名を捕縛し、うち一名は城に連行中。至急確認されたし。他一名は東城塞支部へ連行』とのことです!」
「何だと、城へ…?ッニルライン!」
後方で部下の騎士達と言葉を交わしていたニルラインは、ヘインズの大声に何事かと振り向いた。
そうしてヘインズの元に立つ伝令兵の姿を見とめると、秀麗な眉根をしかめて騎士たちへ何言か告げてから足早にヘインズのもとへ歩み寄ってくる。
「どうした。何か問題でも」
歩み寄るなり告げられた言葉に、ヘインズも声を抑えて返す。
「あいつらのうち一人が城へ連行されたらしい。まだ竜が捕まっていない以上、城へ連行するのは危険だ」
「…竜は奴らの仲間らしいからな。収監場所を襲撃される恐れが高いと閣下に知らせてないのか?」
「ご存じないのかもしれん」
「…わかった。騎士団ですぐに東の市街地まで護送するよう言伝よう。ザッヘル!」
背後に向かい声を張り上げれば、髭面の騎士が前へと進み出る。
「お呼びですか、団長」
「すぐにカール閣下の元に。先ほど捕縛した男を東の城塞支部へ移動させる許可をとってこい。奴らの仲間に竜がいるために、襲撃の危険が非常に高いのだ」
「竜が…っ!ではドゼウスの…?!」
ニルラインの言葉に、ザッヘルの目に敵意が宿る。
それもそうだろう。
ドゼウス国との戦争があったのはついこの間だ。
あの戦役を経験した者ばかりである。兵士達の戦意はいまだに高いものであった。
ニルラインはザッヘルの反応に頷き返しながら、これはあまり大々的に公表しない方がよさそうだと胸中で試算する。
それほどに、この国の兵士や騎士達のかの国への敵意は看過できないものがあった。
そっと声を落とし、ニルラインは憤るザッヘルへと言葉を続ける。
「…その可能性が高い。今頃閣下も城で今回の事件について報告されている頃だろう。すぐに登城し、閣下へ今のことを伝えて囚人を引き取ってこい」
「すぐに参ります!」
威勢よく答え、ザッヘルは足早にその場を後にする。
その背を見送ってから、ニルラインは傍らに立つヘインズへと目を向けた。
「もう一人いただろう。そっちはどうなってる?」
「…警笛も聞こえない。捕縛の伝達もない、恐らくは見失ったか」
「…厄介な」
ただでさえ、逃げ出した竜という問題があるというのに、この場に及んで最後の一人が見つかっていないのは痛手である。
これだけの人員を配置してなお、逃げ出せる彼らの技量にも目を見張るものがある。
とはいえ、異国人であり土地勘もないはずの彼らが逃げ出せるとは到底思えなかった。
しばし考え込み、ニルラインは仕方がないと顔をあげた。
「どこかに隠れているのかもしれない。警備隊の方が街に詳しいだろう。そちらで捜索を続けてもらえるか。騎士団の方は検問を強化して不審者を洗い出そう」
「わかった。確かにお貴族様には街中の捜索は不慣れだろうな」
「口が過ぎるぞ、ヘインズ」
「すまんな」
悪びれた様子もなく謝罪の言葉を口にするヘインズを呆れたように見やり、ニルラインは小さく嘆息した。
生まれや育ちが違うと確かに合わないと感じることも多い。
けれど、その違いこそが国を守るうえで必要なのだとニルラインは学んだのだ。
◇
荷馬車の荷台にのせられた山のような稲わら。
その中に大きな体を縮めて身を隠す男の姿があった。
息を殺し、耳を澄ます。
先ほどまでは場所のすぐ横の道から、鎧のこすれるような金属音と多数の足音がひっきりなしに響いていたが、今はしんと静まり返っている。
「明達は逃げ切れたのか…?」
小さく呟いた周二は、この場所に隠れることになったきっかけを思い返していた。
あちこちから響き渡る警笛の音を避けるように、見知らぬ道を駆けつづけていた。
けれども地の利が追っ手にあるのは明らかで、やがて周二は次第に逃げ場をなくし追い込まれていった。
そうして細い道をすりぬけ、この場所に来た時だ。
走る周二の腕を、稲わらの中から伸びた腕が一瞬のうちに捕まえていた。
それは周二が反応する間もないほど一瞬のことで、そうして次の瞬間にはすさまじい怪力によって周二の体は稲わらの中へと引きずり込まれた。
咄嗟に腕を振り払おうとするも、それよりも早く何者かが囁いた。
「静かに」
直後、大勢の足音が今しがたまで周二が走っていた通りを駆け抜けてゆく。
稲わらの中に潜む周二に気が付かないのか、通り過ぎてゆく一団で足を止める兵士がいた。
「…おい、誰か人が通らなかったか?」
響く声に息を詰める。
言葉からして誰かに問いかけているようであったが、人など見当たらなかったというのにどういうことか。
馬車のすぐそばから、見知らぬ声が答えた。
「…ヒトキタ、ハシッテ。アッチ、アッチ」
「ふむ…協力感謝する。あーっと、何だったか、その、あれだ。ありがとう、感謝!」
「キシサマ、ガンバル、シテ」
「では、失礼する。どうか我が国を楽しんでいってくれ」
どこか片言でおぼつかない声が追っ手の騎士達と会話をしている。
身動きが取れない中、腕を捕まえる男はその黒い瞳で周二を見つめていた。
どうして彼らが助けてくれるのか。
さっぱりわからないまま、やがて荷馬車はゆっくりと動き出した。
目でどういうことかと訴える周二に向かい、稲わらに身を隠す男は囁くように言った。
「警備が厳しくなる前に東門から街を出る」
「仲間がまだここにいるんだ」
「…今は街を出ろ」
そう囁いて、男は周二の腕を放すと稲わらの山から身を起こした。
そうしてわらを整え周二の姿を入念に隠すと御者台へと飛び移る。
がたごとと揺れる荷馬車の荷台で、どうしたものかと周二は頭を悩ませていた。




