第64話(水都氏サイド):3人バラバラのチェイス(明編:警備隊員たちとの死闘)
笛の音が忙しなく辺りから聞こえてくる。
どうやら他の二人も簡単に逃げ切ることは出来ていないようだ。
そんな中、明は眼前に立つ騎士と対峙していた。
屈強な体つきの男と、細身の優男の二人組は、明を見つけるなりすぐさま優男が警笛でもって周囲に居場所を知らせている。
応援が駆けつけるのもすぐだろう。
一刻も早くこの場を離れてしまいたかったが、目の前に立つ二人の騎士は簡単にそれを許してくれそうにはなかった。
「一人だけか」
「他の奴らのことは捕まえてから聞けばいい」
「…それもそうだ。それじゃ、とりあえずこいつを捕まえるとするか」
二人でそう声をかわし、そろって剣を構える。
「ちいっ…」
二人を相手にするのは骨が折れそうだ。
時間も限られている中、明は舌打ちすると二人の男たちと向き合う。
「はっ!」
直後、動いたのは屈強な男の方であった。
アランは素早く踏み出すと上段から剣を斜めに振り下ろした。
相手が無手である以上、剣での攻撃を避けるという選択肢しかない。
先ほどからの逃走劇を思えば、相手の男もそこそこやるようだ。
この追手の中、こうも逃げ回るだけの腕は持っている。
案の定、アランの初撃を男は斜め後方に下がりかわす。
刃を恐れない態度から、格闘家の傭兵だろうと推察しながらもアランは男が振るう拳を左手で防ぐ。
小手越しに伝わる衝撃はなかなかのものだ。
衝撃吸収の付与を行っているはずなのだが、どうにもそれが機能していないようにも感じられる。
人の繰り出される技ほどなら、ほぼ無効化してくれるほどの小手であるのに、今の拳のダメージがそのまま通ったかのような感覚がある。
違和感を感じつつ、反対の腕で再度殴りにかかる男に向かい片手で剣を引き戻し横なぎに払う。
剣の持ち手を狙っていたらしい男は、直後アランから飛び退くように大きく後方へ下がった。
その眼はアランではなく、後方のディールへとむけられている。
そのことにわずかな感嘆を抱き、アランは逃げる男をそのままにする。
直後、男のいた場所を抉るように鋭い突きが刃を差し込まれていた。
男を追って動いていれば、アランも巻き込まれていただろう。
アランと対峙しながらも、アランの背に隠れていたディールの動きに気が付くとは、察しがいい男だ。
満足げなアランに、長年付き従ってくれる副官のディールは、上司が何を思っているのか察したのか嫌そうに眉根を寄せた。
それでも素早くアランの横手につきながら小さく小声で言葉を交わす。
「意外に素早いですね」
「ああ、切り捨てるには惜しいな」
「まったくそんなことを言って…。それならあなたが頑張って捕まえて下さい」
「人任せかよ」
「あなたが言い出したのでしょう」
武人らしいアランの言葉に、呆れたようにディールは肩をすくめる。
上司の気まぐれにも困ったものだと言いたげな態度に、アランも仕方がないと笑った。
「援護を頼むぞ」
「仕方ありませんね」
言葉こそ不本意そうではあるが、長くアランという男の副官を務めてきたディールはすぐに援護の為に脇に控える。
そうして、警戒してこちらを窺う男に向けて、先ほどと同じくアランがとびかかるように剣を振り上げる。
その後を追うようにディールも地を蹴り飛び出した。
「はあっ!!」
ぶんと風を切る刃が横なぎに繰り出される。
この距離ならばととっさに明は男の懐に向けて飛んだ。素早く剣の持ち手を右手で弾く。
「ふんっ!」
握った剣が宙を舞い、壁に突き立った。
そのまま組んで投げ飛ばしてやろうかと踏み込んだ明に向けて、アランの脇からぬうっと突き込まれるように白羽の刃が迫る。
「くそっ!」
やむなく後退しようと踏みしめた足を、今度は剣を飛ばされた男がにいっと笑みを浮かべて払い飛ばす。
軸足を払われ体勢が崩れる。
足払いを仕掛けた男はそのまま体勢を崩す明に覆いかぶさるように、繰り出された腕を捕まえ体重をかけてのしかかった。
「っ、」
「うっし!ディール!」
「動くな」
ぴたりと首の横に差し出された鋼の刃に、何やら冷たいものを感じて明は身動きを止めた。
息の合った連係は全く見事なものである。
隙のない二人の動きに、取り押さえられた明は参ったなと呟くと小さく吐息をこぼした。
◇
遠くから彼らの戦いを見つめる者がいた。
明が先ほどまで戦っていたロズバンである。
彼は遠く離れた建物の屋上からそれを眺めて、小さく言葉を漏らした。
「…厄介な。カイザスタンの連中の手に渡ったか」
ロズバンが姿を見せたのでは、両国の関係に軋轢が生まれるかもしれない。
ただでさえあの侵入者たちの一人が竜体を露わにしてしまったのだ。
これからドゼウスとは無関係だと証明するのに多忙となることが予想されているところへ、ロズバンがいることまで露見しては良くない事態になる。
最悪は戦争の火種にすらなりかねない状況で、ロズバンは口惜しげに連行されてゆく男を見送った。
彼らの一行に竜がいることが知られているのならば、連れていかれるのは城ではなく、東の外壁沿いに建てられた警備隊の支部であろう。
それならば、もしかしたら何とかなるかもしれない。
気持ちを切り替え、ロズバンはくるりと踵を返すと人目を避けるように目深くローブを羽織った。




