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第58話(水都氏サイド):拡大する追っ手たち

 警笛に集まってきた兵士達を見渡して、ヘインズは眼前でそれぞれ別々の方向へ逃げ出した男達が逃げ込んだ道へと目をはせた。

 脇道へと駆けて行った派手な髪色の男には、素早く付近に待機していた警備隊の兵士たちがその後を追って続く。

 こちらに視線を向ける指揮官に、ヘインズは無言で頷きを返した。


 第二警備隊の所属するアランの隊があちらを受け持ってくれるのならば、何ら問題はないだろう。

 日頃から帝都の警備をになっている部署だけあり、この街の道にも詳しい。

 手早く残る二人の後を兵士たちが追いかけてゆくのを横目に、ヘインズはニルラインへと視線をはせる。

 逃げ出した男達よりも厄介なものが残っている。

 問題なのは、この場より飛翔したあの竜の行方だ。


「奴はどこへ?」


 振り返った先ではニルラインがちらと視線を空へと向けて、そうして口を開いた。


「貴族街の方へ向かったようだ。恐らくは第三皇子殿下の邸宅に向かったのだろう」


 昨夜を過ごしたという第三皇子の邸宅には、彼らの荷物である鉄の箱もそのまま置かれていたのを思い出す。

 あれを取りに戻ったのかもしれない。

 その可能性に思い至り、ヘインズは素早く第三皇子の身の安全を確保しなければと思案して、そう言えばと殿下の今日の予定を思い出した。


「…殿下は今、自宅にはいらっしゃらないのだったな?」

「武闘会を観戦されているはずだ」


 ヘインズの問いにニルラインが素早く返答する。

 ニルラインもヘインズと同じく報告を受けている。

 あの竜と男たちが昨夜は第三皇子の屋敷に宿泊し、荷をそのままにしていることも知っていた。

 ならばおそらくは同じことを考えているだろう。

 そう思っていると、ニルラインがヘインズを見返しながら予想通りの言葉を放った。


「…あの不可思議な鉄の箱を取りに戻ったのかもしれない」

「厄介だ。街中で竜とやりあったのでは被害が拡大する」


 その言葉はヘインズも考えていたものであった。

 竜を阻止しようとして、どれほどの戦力が必要になるかと試算する。

 …いや、その場合周囲への被害が甚大なものになるのではないだろうか。

 森や荒野などとは違い、ここは街中であるのだ。

 竜がブレスでも吐いて暴れだしたら、大災害となってしまう。


 そのことに気が付き、ヘインズはやりにくさに眉根を寄せた。

 この場で戦うことは出来ない。そのような無謀を犯すくらいならば、目当てのものを探させて竜にはさっさと退散してもらった方がいいだろう。

 むざむざと逃がすのも癪ではあるが、捕まえるにしても準備も足りずに場所も悪い。

 やむを得ないだろう。


 ため息を吐き出し、ヘインズはニルラインへと目をはせる。

 彼の方も同じ結論に達したようで、悔しげに眉根を寄せて肩を落としていた。


「ちっ、手出し出来ないとはな」

「ああ、まさか竜が出るとは予想していなかった」


 そう零して、二人はゆるりと視線を前へと向ける。


「…あちらは放っておくとして、逃げ出した三人だけでも捕えるぞ」

「そうだな、早く捕まえよう」


 ニルラインの言葉を聞くなり、ヘインズは矛を掴むと駈け出した。

 その勢いにニルラインは呆気にとられ、仕方がないと肩を竦めると走り出したヘインズの後を追って駈け出した。


「おい、一人で突っ走るな!馬鹿者め!!」







 ◇






「あ」


 空に舞い上がる青い竜の姿を遠目に見つけたマーレイは、ぽつりと声を落とした。


「そういえば、竜がいるって兄上に伝えるの忘れてた」

「ちょっ、ばっ…!おまっ!!」


 隣で武闘会を観戦していたゼキは、マーレイの言葉に瞬時に顔を青ざめさせる。


「それ、一番重要な情報じゃないか…っ!」


 ぶるぶると震えるゼキに、マーレイは「んー」と唸って、そうして「まあいっか」と明るく言った。


「知らなかったことにしとこっと!」

「えー…」


 ゼキからの冷やかな視線も気にせずに、煌めく笑顔でそういい切ったマーレイは空へと向けていた視線を武舞台へと戻す。


「さ、次は決勝戦だよー!どっちが勝つのかな、楽しみー!」

「えぇー……」


 すでにそんな話は忘れたと言わんばかりに、わあっと盛り上がる歓声に身を任せ手を振り上げてはしゃぐマーレイと、彼を見守るゼキの姿は正反対だ。

 喜ぶマーレイを見つめながら、ゼキは本当にいいのだろうかと自問する。

 気のせいだろうか。人であることを辞めた時から無縁であった胃の痛みが戻ってきたような気がして、しくしくとする腹を押さえる。


「うぅ…でも、俺だけじゃどうにも出来ないし…。閣下、すみません…」


 小声でマーレイの兄であるカールへと謝罪の言葉を口にして、真面目なゼキは一人うめき声を上げて嘆いた。




 ◇






「…なんか嫌な予感がしやがる」


 がしがしと乱暴に首をかきながら、カールは空をふり仰いだ。


 軍部を統括する大将軍でもあるカールは、第二皇子という身でありながら自身も歴戦の強者だ。

 そんな彼が感じた直感に、側近でもある護衛騎士のシュナイダーとロックヒルはそろって嫌な顔をした。

 彼らは知っていた。

 カールの獣じみた直感はよく当たることを。


「おいおい…面倒は勘弁してくれよ…」


 嘆息し、ロックヒルはそうもらす。

 萎れたように項垂れるロックヒルを見やり、シュナイダーは表情を変えずにカールへと顔を向ける。


「…急ぎましょう。先ほど警笛の音が聞こえました。すでに事件が起きているやもしれません」


 騎乗したまま、シュナイダーは馬足を急かすとカールの馬に並ぶ。


「走るぞ」


 街中であるために緩やかに進んでいた足並みを、カールは緩やかに馬の腹を蹴り合図を送る。

 走り始めた馬の背から、遠く男たちの怒号のような騒ぎが聞こえ始めてくる。

 軽やかな音を立てて三頭の馬は街中を駆け抜けていった。

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