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第54話(水都氏サイド):それぞれの追撃戦スタート

 街の広場の警備を担当していた兵士をまとめる、アランという名の男は不意に感じた寒気に首をさすった。


「…何だ?」

「どうしたんですかい、大隊長」


 周囲を巡回する兵士たちから報告を受けていた部下が、そんなアランに向けて声をかける。

 それに気にするなと手を振るって、アランはぽつりと呟いた。


「…どうにも嫌な予感がしやがるな」

「何か問題でも?」


 傍らに控える副官であるディールがそう小声で話しかける。

 長年共に職務に励んできた仲であるディールは、アランの勘がよく当たることを知っていたのだ。


 当たらなければいいと願っても、大抵悪い意味でその期待は裏切られる。


「大隊長っ!大変です!!」


 そう思っていれば案の定、血相を変えた兵士の一人が慌てふためいた様子で駈けてきた。


「何事だっ!」

「闘技場周辺の警備に当たっていた班が襲われました!!相手は四人の男であるらしく…」


 息せき切って駈けてきた兵士の言葉に、傍らのディールの視線が鋭くなった。


「…大隊長」

「ああ、四人か。数はあっているな。恐らく通達にあった連中だろう」


 そう返し、息を吸い込んだアランは周囲で緊張してこちらを伺う兵士たちに指示を飛ばす。


「すぐに警戒態勢を!!男たちの様相は事前に知らせた通りだ!見つけたら知らせろ!奴らは強敵だ、一人で当たらず、必ず周りに知らせるんだ!!」


 周囲から返る了承の掛け声を聞いて、アランもまた近場にいた部下に声をかけると歩き出す。


「将軍閣下にも伝令を!いいか、気を引き締めてかかれよ!」


 アランの声を受け、慌ただしく場は動き始める。


 祭りの賑わいに紛れるように、すでに街には無数の兵士達が張り込みを行っている。

 どうやらこの街に不慣れであるらしい男たちであるならば、すぐにでも発見出来るだろう。


 アランがそう考えていると、すぐに甲高い笛の音が響いてきた。

 警笛の音色に、兵士たちが駆け足でそちらへと向かう。


「俺たちも行くぞ」

「了解です」


 副官であるディールへと声をかけて、アランもまた笛の聞こえた方向へと駈け出していた。






 ◇






「翡翠、今の音聴こえたか?」


 闘技場を出たロズバンは、かすかに聴こえた甲高い音に眉をしかめた。

 聴覚の鋭い竜でもある翡翠を伺えば、彼の新緑の瞳はじっと一方へと向けられている。


「笛の音、みたいな感じだね」

「おそらくは警笛か何かか。…まさか奴らが…?」


 じっと思案するロズバンに、翡翠はむうっと口をすぼめて言った。


「あー…、残念だけどそうみたい。音が聞こえてきた方から、竜の気配がしてるし」

「まずいな…」


 まさかカイザスタンの人間にも、彼らの正体が気付かれたのだろうか。

 だとするならば、彼らが捕まる前に何としても捕まえなければならない。


「陛下から青竜の鱗をはぎ取ってくるよう命じられているのに…っ!」

「…うん、僕の前でそんな恐ろしい言葉を呟かないで欲しいなぁ、なんて思うんだけども」


 拳を握りしめて言葉を漏らすロズバンに、翡翠はぶるりと身を震わせるとすりすりと腕をさすった。

 頑強な竜であっても、鱗をはがされるのは痛いものなのだろう。

 そんな痛みを想像してしまったのか、翡翠の端正な美貌は苦渋に満ちたように歪んでいた。


 しかしロズバンはそんな翡翠にも構わず、外套の下に隠した剣を確認すると翡翠を振り返った。


「行くぞ翡翠!カイザスタンの連中に先を越されるわけにはいかない!」

「…わかったよ。僕もその青いのには会ってみたいし」

「…喧嘩はするなよ?他国の首都を壊したとあっては、大問題になるからな」


 確認するように念押しされて、翡翠はぐっと息を飲んだ。

 怒るとすぐに我を忘れてしまう性質の地竜なのだ、それを出されるといいわけのしようもなかった。


 加えてこの国カイザスタンと翡翠たちの住むドゼウス王国は、つい数年前に大きな戦争があったばかりなのだ。

 竜でもある翡翠やロズバンが何か問題を起こせば、それだけで大きな騒ぎになる可能性があった。


「…お前は顔も知られている。兵士が来たらそこらへんに隠れているんだぞ」

「うぅ…扱いが酷い…」


 がっくりとうなだれる翡翠に、ロズバンは「さあ行くぞ」と冷徹に声をかける。


 仕方なしに顔を上げると、翡翠はまっすぐに雑踏の中を笛の音が聞こえてきた方角へと走り出した。





 ◇





「街の見回りに出ていた班が襲撃を受けましたっ!!」


 駆け込んでくるなり、そう声を張り上げた兵の言葉に待機していた男たちが一気に殺気立った。


「…やってくれる」


 ぼそりと、奥に坐していた大柄な男がそう漏らす。

 周囲の男たちの視線を浴びながら、立てかけられていた矛へと手を伸ばし警備隊総大将はゆっくりと立ち上がった。


 その茶銀の瞳は細められ、闘気すら立ち昇らせながらふうっと息を吐き出す。


警備隊(うち)のものに手を出すとは、よほど恐れ知らずと見える」


 低く地を這うようなヘインズの声に、伝令の兵はぞわりと背筋が凍える思いだ。

 震えそうになる唇を叱咤し、己の職務を果たすため気力を振り絞る。


「賊は異国人の男四人組だとのことでありますっ!」

「…閣下から通達の男たちか」


 頷いて、ヘインズは周囲で息をひそめて号令を待つ男たちに向かって声を張り上げた。


「人相は覚えてるな?奴らをこの街から逃がすな。喧嘩を売ったこと、後悔させてやれっ!!」

「「おうっ!!」」


 威勢よく男たちが返答するなり、手に手に武器を持ち飛び出すように詰め所から走り出てゆく。

 そうしてヘインズもまた、敵を殲滅せんと歩みだした矢先に背後からそれを咎める声が上がった。


「待て、ヘインズ」

「む…?」


 振り向けば、腕を組んで不機嫌そうに眉根を寄せた騎士団長がいた。

 ニルラインの顔を見て、ヘインズは怒りのあまり彼の存在は忘れていたことに気が付きうろたえたように視線を彷徨わせる。


 そんなヘインズを冷静に見返しながら、ニルラインは大きく吐息を吐き出すとゆったりとした動作で立ち上がった。


「少しは落ち着け、馬鹿者め」

「すまない、ニルライン…」


 素直に謝罪するヘインズを見返し、ニルラインはふんと鼻をならす。

 そうして戸口で立ち尽くすヘインズの脇を颯爽と追い越して、棒立ちになったままの総大将を振り返る。


「行くぞ、私達を敵に回した愚か者どもの顔を拝んでやる」


 冷笑を浮かべて、ニルラインは街へと足を踏み出した。

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