第51話(水都氏サイド):修羅場へのカウントダウン
屋台で購入してきた串焼きや鳥の丸焼きにかぶりつく男の背後、そっと気配を殺して部屋に入ってきた男は山のような食べ物を前にほくほくと嬉し顔で食事をする男を見ると呆れたように目を細めた。
試合前にもかかわらず、あれだけ食べて大丈夫なのかとおせっかいながら心配にもなる。
もっとも、彼らを人と同じように考えること自体が間違いなのであろうが。
「翡翠」
本性は気性の荒い地竜である男の名を呼べば、緑の髪を背にたらした男が肉にかぶりついたまま振り向いた。
「ほぐ?ふごごっふ?」
「口に物を入れたまま話すな」
隣国ドゼウスから来たロズバンは、そういって己の契約した竜を半目で睨んだ。
翡翠という名の緑竜は、どうにも食い意地が張っており目を離すと何食でも食べようとするから困りものである。
…そのせいで空を飛びあがるのに腹がつかえたことがあり、ロズバンは翡翠の食事制限に目を光らせるのがここ最近の習慣となりつつあった。
「次の相手が棄権したぞ」
ロズバンの言葉に、もごもごと口の中のものを咀嚼するのに忙しい翡翠は首をひねる。
「…その相手と、標的がそろって闘技場から逃走を図ったようだな」
そう続いた言葉に、翡翠もようやく状況を理解したのかすっとその瞳が細まった。
瞳孔が引き絞るように縦に伸びる。
ごくんと大きく喉を鳴らし、丸のみにして平らげた翡翠は口をぬぐうと立ち上がった。
「そっかぁ。それじゃ、遊びはここまでってことだね」
「残念だが、ここからは仕事だ」
ロズバンの言葉に仕方がないと肩を竦め、翡翠はいまだにテーブルの上を占拠する食べ物の山をかえりみた。
「…これ持って行ってもい「駄目だ」……わかったよ」
ロズバンの即答に頷いて、肩を落とした翡翠はため息を零した。
◇
「将軍っ!」
武闘会が開かれている間は標的に動きはないだろうと、隠れ家でのんびりと早めの昼食をとっていたニルライン達の元に伝令が駆け込んできた。
「どうした?まだ武闘会は終わりの時間ではないはずだが…」
朝から闘技場へと出かけて行った標的の後姿を思い出しながら、ニルラインはフォークを置く。
向かいでは同じように手にしたパンをヘインズが皿の上へと戻して、立てかけていた矛へと手を伸ばすところである。
「それが、出場選手と共に目標が闘技場を出ました!現在は市街の方へ向かっているようでして…」
伝令の言葉が終わるかどうかといううちに、立ち上がったヘインズが控える兵士に指示を飛ばす。
「市街だとアランの班が張ってるな。すぐに向かわせよう」
「我らもすぐに向かおう」
ニルラインは伝令にそのまま城で待機しているはずのカールの元までの伝令を命じると、急ぎ足で外へと飛び出した。
祭りの喧騒賑やかな通りを抜けて、横道に入り人気がなくなったことを確認したジェイノリーは足を止めた。
「…この辺りならいいか」
そう呟いて振り返る。
無事に闘技場を抜け出せたことにひとまずの安堵を漏らして、明は笑顔で周二の背を叩いた。
「よお、会えて嬉しいぜ!」
「俺もだ」
小さく口元を綻ばせながら周二もそれに答えた。
知らないものばかりの世界で、仲間に出会えたことは何よりの僥倖である。
元より武闘会へも仲間たちの情報を集めるために参加していた周二にとっては、まさに満足のいく結果だと言えるだろう。
…少し、最期まで試合を楽しみたかったという思いがないわけではないが、今はそれよりも無事に日本へと帰れるのかどうかだ。
「シュヴィリス達もこちらに飛ばされてきたのだな」
『まったく困ったことにね』
嘆息するシュヴィリスに、周二も小さく頷いて同意を示す。
そうして互いにこれまでにあった経緯を話し合い、彼らは再会を喜び合った。
「…そうすると、俺たち以外もこの世界のどこかに飛ばされているのだろう」
「あと俺たちの持ち物も何故かこっちに来てるっぽいんだよな」
明は周二へと向き直ると、この国でそういった不可思議な物が降ってきたような話はないのかと尋ねた。
ここしばらくの間を市井で暮らしていた周二は、すぐに首を左右に振って否定を示す。
「この町は首都で国中の話が集まってくるが、街にはそんな噂も何も無かったな」
周二の言葉に、ジェイノリーは「そうか」と短く答えた。
「…この国には周二だけが落ちたのかもしれない。ザカタリスで聞いた時も関知していないようだったし」
「それじゃあ、これからどうすんだ?」
「そうだな…」
あれだけ一目も話題性もある大会に出場したのだ。
他に仲間がいればすぐにでも現れそうなものだが、その様子がないということは近くにほかの仲間はいないのだろう。
ジェイノリーはそう判断し、じっくりと思考してそして思い出した。
「明。携帯で連絡を取ってみるのはどうだ?」
「あっ…!そういえば!!」
慌ててポケットを探し始める明に、周二は二人が電話が繋がったことがあると言っていたのを思い出した。
「…あぁ、明達は電話出来たのだったな」
「いつも繋がるというわけではないようだ。周二も確認するといい」
そういいながらジェイノリーもスマートフォンを手に取りだした。
この中世のような環境の中で二人が現代機器を手にする姿に違和感で苦笑しながらも周二もまたポケットへと手を伸ばした。




