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第46話(水都氏サイド):武闘会

 ゆっくりと東の空が明るんできた。

 建国記念祭、最終日。


 日が昇るのを遠目に眺めながら、マーレイは広大な自室の窓辺から朝日に照らし出される街並みを眺めていた。

 すでに着替え終わり、身なりを整えた彼は貴族の子弟といった風体だ。

 まだ少年らしさの残る顔は、今は険しく歪み甘さのない眼差しが遠く決闘場を射抜く。


 マーレイの背後、部屋の一角に設けられた客用のテーブルセットには、二人の男が腰かけている。

 昨夜からこの屋敷に詰めていたニルラインとヘインズ二名は、食後の紅茶を飲みながらマーレイの話を聞いていた。

 ぐいっと一息に紅茶を飲み干して、ヘインズは窓辺に立つマーレイへと目をはせる。


「…では、目標は武闘会を観戦しに行くのですな」

「うん、そうみたい。街の観光もするかもしれない」


 マーレイの答えに、ヘインズは了解ですと小さく頷く。

 二人のやり取りを見守っていたニルラインも、ゆったりと落ち着いた態度のまま口を開く。


「もとより、祭りの警備の関係上この時期は街に兵士があふれています。彼らを監視する人員を配置するのにはちょうどよい。殿下が不安がられるような事態にはさせませんよ」

「…そう?それならいいのだけど」


 自信を持って告げる騎士団長としてのニルラインの言葉に、マーレイはそれでも不安なのか僅かに眉をひそめて息を吐き出した。


 昨夜遅くに兄であるカール大将軍と連絡を取り合ったマーレイは、自分が思ったよりも兄が異邦人達を警戒して優秀な人員を回してくれたことに感謝していた。

 実質、最高戦力と言ってもいい将軍二名をマーレイの元に派遣してくれたのだ。

 いささか過剰とも言える配備ではあったが、何かが起こってからでは遅い。


 マーレイの危惧は、二人の異世界人に付き従っている人型をとるあの男だ。

 青竜であるシュヴィリスとかいう存在を野放しにするには危険である。


 どのみち、彼らがマイセンの街に訪れる可能性があるのなら、目の届くところにいてくれた方が何かあった場合に対処がしやすい。


 息を吐き出し、マーレイはぽつりと呟いた。


「…何事も起きないのが一番なんだけどなぁ」


 そう願ってはいてもきっと何かが起きるだろうという予感があった。

 何せ彼らにはこの国の、ひいてはこの世界の常識というものが欠如している。


 霊峰での雪精族との諍いからもうかがい知れる。

 同じようなことが起こらないとは、言い切れなかった。




 ◇



 朝もやが漂う市場を、旅人が歩いている。

 外套の下には一振りの長剣。

 騎士服こそ着てはいないが、竜の国ドゼウスから竜の姿を探し求めてやってきたロズバンは、闘技場へ向かう人の波に紛れ込みながら周囲を伺った。


 ちょうど運よく、年に一度の建国祭に間に合った。

 都合よく今日開催される武道大会の参加者や関係者達、腕に自信のある冒険者や傭兵などが街に集まっているために剣を持つロズバンも不審がられることもない。


「…さて、この国にいるのだろうか」


 ドゼウス王城を襲撃した犯人が現れるかもしれない。

 どこかにそれらしき人物はいないかと周囲を見渡したロズバンはそっとわずかに眉をしかめた。


「…おかしい、見回りの兵士が多すぎる」


 通りに割り振られた兵士の数の多さに、国こそ違えど同じ騎士でもあるロズバンはそっと呟く。

 やはり、何か起きているのかもしれない。


 ひとまずは、街中の人間が集まる闘技場へ足を運んでみよう。

 そう決めて、ロズバンは顔を隠すように前髪を片手ですくと俯き気味に歩き始めた。






 ◇





 軽くその場で飛び跳ねる。

 筋肉をほぐすように、ゆるゆると肩から腕を震わせて周二は素早く足を動かす。


 広い室内では同じように素振りをして体を動かす者、直前までゆるりと体を休める者など思い思いに出番を待っている。


 どの男たちも目つきは鋭く、これから始まる武闘会への意気込みと繊維に満ち溢れていた。


 鈍器のようなもの、バットのような金属製の金棒、棘の付いた鉄球など彼らが手にする武器は様々である。

 武器の見本市のような光景は、これぞ異世界という具合だ。

 彼らの中で無手である周二の存在は浮いていた。

 事実、ちらちらとこちらを伺い見る視線にさらされながら、我関せずという態度で黙々と準備運動に励んでいる。

 室内には選手同士の争いを防ぐためか、大会の運営を取り持っているこの国の兵士たちが待機している。

 にわかに彼らが騒がしくなり、そうして書類を手にした兵士が大声を張り上げた。


「一回戦第一組、第三試合の出場者の方!準備をお願いします!」


 その声に周二はぴたりと動作を止める。


 適度に体が温まっている。

 周囲の視線を感じながら歩き出すと、係りの者に何処へ向かえばいいのかと問いかけた。


「ああ、第三試合のシュージ・マツバラだな?控室に移動になる。ついて来い」


 幾分尊大な態度で答えた男は、それでも律義に道案内をしてくれるらしい。


 男の横柄な態度に僅かに眉を顰めながらも、何も言うこともなくおとなしくその後についてゆく。

 そうして通された個室は、先ほどの部屋よりはるかに狭かった。


 ここで呼ばれるまで大人しく待つように言われた周二は、出されていた椅子に腰かける。


 ふうっと息をつき、ぱんと一つ、頬を張ると気合を入れた。


 情報を集めるために出場したわけであるが、先ほどのほかの出場者を見る限り闘いなれた者たちばかりである。

 無事に戦い終えることが出来るだろうか、と後ろ向きになりそうな思考を振り払う。

 その疑念は行き着けば無事に日本に戻れるのかという答えの出ない問題にぶち当たってしまうから。


 きっと大丈夫だ。

 自らにそう言い聞かせる。


 震えそうになる拳を握りしめる。


「マツバラさん、出番ですよ」


 係りの声に、周二は立ち上がった。

 日本に帰る為に。周二は闘う。


 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「…今行きます」


 ゆっくりと振り返り、周二は歩き出した。


 薄暗い廊下を抜け、光の中へと足を踏み出す。


 とたん、わあっと鳴り響く人々の大歓声。

 急に明るくなったせいで僅かに目がくらんだ周二の視界には、ドーム状の観客席を埋め尽くす人の波であった。


 石舞台の上には長い棒のようなものを持つ壮年の男が立っている。

 その傍らには青いマントを羽織る騎士がいた。


 彼らの元へゆっくりと歩み寄る。


 騎士の手がゆっくりと掲げられ、大きな声で宣言した。


「それでは!一回戦第一組、第三試合、ドロン・ルータ対シュージ・マツバラの試合を開始する!」


 盛り上がる歓声が心地いい。

 こんな場所で戦えることに高揚を覚えながら、周二はゆるりと腕をあげて構えをとる。


「…開始っ!!」


 騎士の男の声が武舞台の上に高らかに響き渡った。

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