第44話(水都氏サイド):騎士団と警備隊の仕事
祭りの華やかな喧騒が窓の向こうから漏れ聞こえてくる。
楽しそうな笑い声や客引きの声を聴きながら、仕事に埋殺されている騎士たちはうっそうとしたため息を漏らしていた。
彼らにとってこの時期は祭りを楽しむどころではない。
祭りの観光客に紛れて他国からやってくる密偵や、暗殺者の類に対する警戒、情報の整理に休む暇もないのだ。
やつれた顔でひたすら目の前の仕事を片付けている彼らをよそに、奥まった席に向かい合って腰かけた男が二人。
一人は優雅にティーカップから立ち上る紅茶の香りを楽しんでいる。
柔らかそうな金髪にふせられた瞳は森の木々を思わせるやわらかな緑色。
足を組んで椅子に腰かけたその姿だけで、ここが修羅場の事務室とは思えない優雅さを醸し出している。
対する向かいに腰かけた男は、筋骨たくましい偉丈夫だ。
男らしく整った眉をよせ、腕を組みじっと瞳を閉ざしている。
その傍らに立てかけられている矛はこの男の武器なのだろう。
長柄の武器を扱うに相応しい体格である。
何かを待つかのように、微動だにせず動かない姿は瞑想する僧侶のようでもあった。
言葉もなく、ただ対面に座ったまま思い思いに時を過ごしている彼らこそ、この国が誇る二つの騎士団の長である将軍達であった。
侯爵家の嫡男である護衛騎士団団長ニルライン・カイネルと、無数の荒くれどもを束ねる国立警備隊総大将ヘインズ・ラスタットの二名は昨夜からこの詰所の一角で待機を言い渡されていたのだ。
そんな二人の前に、街の警備を担当している警備隊に所属する兵士の一人が、そっと静かな所作で焼き菓子を差し出す。
「お茶のお代わりでしたらお気軽にお申し付け下さい。お口に合わないやもしれませぬが、菓子でございます」
穏やかな声音に、ニルラインの視線がその男を映す。
「…悪くない味だ。お前、名は?」
「…ディール・クラムでございます、騎士団長閣下」
「覚えておこう」
節度をわきまえた物腰に、兵士にしては礼儀のかなった男だとニルラインが感心をよせる。
平民が主な構成要員である警備隊は、えてして上流階級における作法などに疎いものが多くなる。
そのせいで貴族出身者ばかりの騎士団とは反目し合うことが多いのが、この国の抱える悩みの元であった。
警備隊にもこのような男がいるのかと思うニルラインの横で、うっすらと目を開けたヘインズがディールと名乗った兵士を見た。
「…気にかけてやってくれ。そいつはガドリウスんとこの異母弟だ」
「何だとっ」
僅かに目を見張り、静かに立つ兵士を振り返る。
同じ騎士団に所属するガドリウスという騎士は、公爵家の嫡男であり気位の高い平民嫌いの男であったはずだ。
それ故に警備隊との不仲を解消したいニルラインの働きを無にしてくれる不遜な物言いが多く、手のかかる印象の強い男であった。
そんな彼に、まさか警備隊に弟がいるとは思わなかったと嘆息して、ニルラインは眉を寄せた。
友人であるあの男に、兄弟がいたという話はついぞ聞いた覚えがない。
となると彼はもしかしたら、存在を認められていないのかもしれなかった。
それならばヘインズからの言葉も理解が出来る。
将軍であり貴族位を持つニルラインならば、何かあれば手助けが出来る。
ヘインズが頼みたいのはつまり、そういうことなのだろう。
ディールという名の兵士のことを頭に刻み込みながら、ニルラインは鷹揚に任せろというかのように頷いて見せた。
それを確認したヘインズも、小さく頷きを返すと再び目を閉じると瞑想にふける。
だが、その瞑想もすぐに打ち止めとなる。
もくもくと事務仕事を進める音、と彼らの話し声しか聞こえなかったその部屋にバタンと大きく戸を開く音が響いたのだ。
勢いよく事務室の扉を押し開けてやってきた人物は、そのまま室内を見渡してカウチに腰かけたニルライン達に気が付くと急ぎ足で彼らの元に歩み寄ってきた。
大柄で腰には長剣を佩いた野性味あふれる騎士は、日に焼けたその顔に人懐っこい笑みを浮かべて口を開いた。
「お待たせしましたな。無事に目標が弟殿下の屋敷に入ったと伝えに来ましたぜっ!」
「…ロックヒル殿、不審者が殿下のそば近くにいるというのに無事というのは違う気がするのだが」
カール大将軍の専属である護衛騎士のロックヒルの言葉に、ニルラインは苦い顔つきで言葉を挟んだ。
ヘインズはそんなニルラインの肩を叩く。
細かいことを気にしても仕方がないと首を振り、そうしてロックヒルに向かい合うと口を開いた。
「すでに屋敷内には配下を潜り込ませているのでご安心を。ニルライン、俺たちも移動しよう」
「……そうだな」
何かがあればすぐにでも突入できる位置につくため、ニルラインはゆっくりと腰を上げた。
詳細な情報こそないが、カールより下された指令は第三皇子が連れてくる者たちの監視と場合によっては拘束と排除だ。
この国でも屈指の実力を持つ将軍二名を同時に配していることからも、カールがその人物を酷く警戒していることが伺える。
…これは滞在場所が弟の屋敷ということも多分に影響しているのだろうが。
上の命令には逆らえない哀れな軍属である彼らは、気持ちを入れ替えると次の潜伏場所へと移動を開始した。




