第40話(水都氏サイド):これからの目的とカイザスタン帝国
ほこほこ笑顔のマーレイはいまだに青い顔のゼキにご機嫌で話しかけている。
「すっごい面白かったーっ!」
「…あぁ、そう…」
それに答えるゼキの顔色は悪い。
返事もどこか投げやり気味で、真面目そうなゼキの不調具合をよく表している。
楽しんでもらえて何よりだと明も満足げにそんな二人を見守っている。
ジェイノリーは我関せずといった態度のシュヴィリスと隠すには大きすぎる車を見やってから、明に向けて「これからどうする?」と口を開いた。
「どうするっても…、なんだ、他の奴らとそれから俺たちの持ち物か?それを集めていくくらいしか、当面の目的はないしなぁ」
「…そうだな。帰る方法についても不明だが、ともかく俺たちと一緒に飛ばされてきた物を集めるしかない。案外、すべて集めると帰れることもあるかもしれないしな。ほら、日本にそんな話があっただろう?すべてを集めると願いがかなうという…」
「あー、まあ有名な話ではあるな」
おそらくジェイノリーが言うのは、ボールを集めて龍を呼び出すあの漫画のことだろう。
現実は漫画とは違うとは思うが、他に頼りになるものはない。
「…えっと、ここは確かカイザスタンとかいう国だったか。それなら、その首都に行けば何か情報があったりしねぇかな」
「一理ある。他に目指すべき場所もない。大きな都市ならば人も情報も集まるだろう」
明の言葉にジェイノリーも頷いた。
そうして二人の視線は賑やかに騒ぎ立てるマーレイと元気のないゼキへと向かう。
「…あいつら、この国の人間なんだよな」
「…そうだな」
明とジェイノリーはどちらからともなく目を合わせ、そうして互いに頷きを交わした。
「…案内人は必要だ」
「俺たちじゃ首都がどっちかもわからねぇしな!」
あとはどう言いくるめるかだが、それについては名案があった。
明はくるりと振り返り、物珍しげに周囲を見渡していたシュヴィリスを見た。
『……何さ』
「へっへ、頼みがあるんだけどよ…」
『…もう、嫌な予感しかしないよ…』
大きくため息を吐き出す竜に、明は快活に笑いを返した。
◇
山裾にある小さな村で一泊をした明達は翌日、車を隠した森の中へと五人で戻ってきていた。
そうして村で入手した温かそうな魔物の毛皮を車体を覆うように上から被せる。
大きな毛皮はなんと一枚で車一台を覆い隠せるほどであった。
さすが銀貨五枚という高値だっただけのことはある。
もちろん現地通貨を持っていない明達に代わり、支払いをしたのはゼキである。
苦々しげに財布を取り出していたゼキの顔がふとよぎる。
マーレイとゼキの二人はこの国の首都であるマイセンへ戻る予定であったらしく、シュヴィリスと共に空路を行く対価にと車の隠ぺい工作に協力してくれたのだ。
これではた目には何を運んでいるのか、こちらの人々にはわからないだろう。
村からはほぼ東へ向かって飛べば首都マイセンに着くという。
その言葉を頼りに、シュヴィリスは再び空へ飛び上がると東を目指して翼をはためかせた。
「速い速ーい!!」
風を切る車の上、ロープに掴まりながらはしゃぐマーレイの傍らではゼキが今にも死にそうな顔で必死にロープにしがみついている。
広大な森林と天を衝く銀箔の山並みを遠くに、ジェイノリーは緑豊かな大地を見渡して感慨深く吐息を吐き出した。
このような状況でなかったのなら、ゆっくり観光を楽しみたいほどの絶景である。
「…スノボしたかったなぁ」
ぽつりともれた呟きに明も同じ思いを抱いたのだろう。
せめて次の街ではゆっくりと観光する事が出来ればいいのだが。
不本意ながら異世界まで来たのだ。
この世界のことを、少しは見ておきたいと思った。
「…マイセンというなら、陶磁器が名産だったりするのだろうか」
異世界とはいえ、音の響きが同じだと期待してみたくもなる。
ジェイノリーがそう呟けば、風の音によく聞き取れなかったらしい明が大声で聞き返した。
「あ?掃除機がなんだってー?」
「…何でもない」
ジェイノリーは疲れたようにそう言い返して、眼下に広がる広大な原生林を視界に収めるために目を向けた。
◇
カイザスタン帝国、首都マイセン。
その中央にそびえる白亜の宮殿のとある一室。
積み上げられた書類を手早く目を通し、サインを加えている青年がいた。
さらさらと流れるように動くペン先が唐突にぴたりと止まる。
薄金の髪を切りそろえた青年のアイスブルーの瞳が、部屋の片隅にある薄暗がりをじっと見つめている。
ゆらりと、何もないはずの影が揺らめく。
『…』
その様子を眺めていた青年はゆるりと顔を上げた。
部屋の片隅に控える騎士へと目を向けると、冷ややかな口調で命じた。
「…ロイス。カールを呼んでおくれ」
「かしこまりました」
礼を返し、素早く退室する騎士を見送る。
カイザスタン帝国の皇太子、ダルニコフはじっと何かを考え込むように執務机の上に手を組んだ。
「異邦の者、か…。面倒を起こさなければ良いのだが」
この国の軍事の担う弟である第二皇子のカールには話を通しておかなければならないだろう。
ただでさえこの街は今、年に一度の建国記念祭を前に浮き足立っているのだ。
帝都に出入りする人々が増えるということは、それだけ不審者の侵入も多くなる。
加えて剣術大会と武道大会の二大大会が開かれるのだ。
国内や近隣諸国から腕に自信のある者たちが集結し、名を上げようと気が立っている。
これ以上の厄介ごとはごめんだと思いながら、己以上に軍務をつかさどる弟の苦労が増えるなと苦笑を零す。
「…民が喜ぶのはいいのだが、この仕事の多さは何とかならないものか…」
賑やかな喧騒がこの城まで届きそうなほど、活気にあふれた街並みを窓から見下ろしてダルニコフは笑う。
ちょうどよく、扉をたたく音がする。
来訪を告げる弟の声に、ダルニコフは「入れ」と短く返答した。
「兄上、お呼びとお聞きしましたが」
「喜べカール。厄介ごとが増えたぞ」
生真面目そうな顔で口を開いたカールへ向けてそう返せば、男らしく屈強な顔がくしゃりと歪んだ。
人前では決して見せない情けない弟の顔に満足するダルニコフだが、言われた当人は困りきった声で言った。
「…兄上、もうこれ以上の仕事はご勘弁を…」
仕事に悩殺されているのは、皇太子であるダルニコフだけではない。
大将軍の位につくカールもまた、すでに祭り前で多量に増えた治安関係の仕事に忙殺されているのだ。
「私ではない。マーレイが厄介ごとを引き連れて帰ってくるぞ」
「マーレイが帰ってくる…でも厄介ごとが…」
末弟であるマーレイを猫かわいがりしているカールは、その報告に喜んでいいのか悲しむべきかわからず困惑気味だ。
祭りは賑やかな方が盛り上がる。
苦悩する弟を視界に収めながら、ダルニコフは今年の祭りはどうなるのやらと口元に笑みを浮かべた。




